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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
九話目
149/159

少し距離を置いた人と仲良くなれる理由



 冷気を纏った体育館に、凛とした声が響く。皆、寒さを耐え凌ぎながら、二時間ほど続く最後の苦行に身を投じる。



 十二月二十三日。二学期の終業式。ここから年を超え、一月の七日まで冬休みとなる。



 半月ほどの長さではあるが、明日はクリスマスイヴ、そして年越し、正月と、夏休みとは違い忙しい。



「今年ももう終わりを迎え、新たな年を迎えようとしています。年を開ければ受験もあり、学生としては気の抜けない休暇になります。無理に根を詰めず、健康第一で、努力をする。そして、迎えるべき春には、大いな喜びをともに、新たな年度末を迎えたいと、そう願っています」



 新生徒会長、小野風華の挨拶は、生徒会選挙の時より形式的で、面白くはない。



『最低でも五分は喋れって言うのよ?面倒くさいったらありゃしないわ。別にいいじゃない、適当に問題なく過ごせってだけで』



 今日の朝に、風華はこんな愚痴を言っていた。



 余りに短過ぎると、後の校長の話などが余計苦痛になるからなのだそうだ。



『苦痛で苦痛を紛らわすって、拷問に慣らすための方法っぽくない?』



 最後まで不満を零しきった風華は、きっちりと七分間喋り続け、ステージを降りた。



 面白みはなく、形式的な拍手が送られる。生徒会長といっても、所詮は生徒。学校行事に破天荒な何かを企画することはできない。長谷川未来先輩はともかくとして、せめて一年の間は大人しくしているつもりらしい。



 ちなみに、生徒手動で好き勝手やれるイベントは、陸上競技会、文化祭、そして修学旅行、また運動部と、受験生の壮行式くらいだろうか。他にも色々とやっているらしいが、地味なものなのだという。



「では、次に校長先生、お願いします」



 式の手綱を取るのは生徒会副会長の町田光陽先輩。美紅先輩の相方だが、先輩はこういう形式ばった司会も立派に努め上げる。



「えー、寒さの増してきたこの頃ですが――」



 当校の校長の話は、別段面白くもなく、有り難くもない。



 校長先生、という肩書きだけで、何をしているのか私たちにはさっぱりわからない。



 いや、偉いのだろうが、何がどうして偉いのか。ほかの先生と比べて何が優秀なのかということが全く理解できない。それは私が子供だからなのだろうか。



 しかし、私の父さんも、どこぞの企業の副社長らしいけれど、全く威厳というものを感じない。仕事も出来そうに見えない。



 この世の中は、見た目ではよくわからないもので回っている。



 難しい言葉を使うと、経済だとか、社会だとか、そういうもの。



 自分の能力ではなく、昔からの慣習と、少なからずの努力、そして何より運。



 アインシュタインは、一パーセントの才能と、九十九パーセントの努力という言葉を残したが、その実何より必要なのは運なのではないかと私は思う。



 才能があるのかないのかは、一パーセントしか関係ないのだから。要するに、努力した上で、運良く目立ったものが勝者なのだ。努力とは宝くじに似ているような気もする。宝くじを買う努力をしている人に必ずしも一等と前後賞が当たるわけではない。



 死んでからその作品が評価されたという話はよく聞く。



 詰まるところ、その当時の権力者が認めるかどうかなのだ。ただの市民が一人燥いだところで、皆が認めるわけもない。努力とは、運である。という意味不明な理論を暇すぎて考えた。風華に話したら鼻で笑われそうだ。



「それでは、皆さん、よい休みを」



 校長の話が終わる。



 こんなことを思うのも、私の姉、早川小夜が原因である。



 夏になんといっていたかわからないが、今年二十になり、来年就職活動をしなければならない私の姉は、どうやら読者モデルというバイトをしている、というか始めたらしい。



『可愛い服買って、写真撮られるだけよ。カメラマンもプロだし、まー綺麗に撮れてるわよ?』



 晴彦から姉さんが帰ってくるという話を聞いて、その日になんとなく連絡して、その事実を知った。



『バイト代も結構いいのよ、これが。真面目にモデルにならないかって話も来てるし』 



 夏休みにちょっとギャル系だった姉さんは、黒髪で清楚系な女に変貌していた。



『そっちのほうが受けいいんだって。こういうのって、女が観るわけじゃない?男に好かれるならともかく、女が女に好かれるのって難しいのよ。わかるでしょ?受け付けない人間は絶対拒絶みたいなところあるでしょ、女って』



 わかるかもしれない。



 許容か、崇拝か。それとも拒絶か、嫌悪か、否定か。



 女子というのは、私ですらよくわからない生き物だ。



 前の日まで仲の良かった男子を、次の日には『キモイ』と言っていたり。一時期流行っていたアーティストを『マジ好き!』と崇拝していながら、日の目を見なくなった途端に『そういえば最近見ないね』と切り捨てたりする。



 私は、はっきり言ってそういう女子が苦手だ。



 主義主張がコロコロ変わるということはどう付き合ったらいいのかわからないし、常にご機嫌取りのような態度で接するのも疲れる。 



 中学時代は誰とも仲良くしようと努力をしていたけれど、結局上手くいかなかった。



 どんな私でも、晴彦は傍にいてくれた。だから、私も晴彦の傍にいるのが楽だし、暖かいし、自分であると思う。



 そう、晴彦の傍にいる自分が、一番自分らしい。



『ただまあ、仕事なだけあって、滅茶苦茶疲れるし気も使うけどね』



 そういうものなのだ、と思う。



 自分がそうありたい自分とは別に、『世界が望む役割としての自分』に時間を割くことで、お金を得る。



 人間だけに通じる『世界』というものを作ったその結果、『世界を役割を担う自分』を作り出す必要があって。その対価として、賃金を貰い、生きていく。



 それはつまり、人間が『世界』という『幻想』の中に生きているような感覚。



 世界とはつまり、『人間が作り上げたシステム』であり、所謂『労働=賃金』という経済的システム。

『働けば賃金が貰える』更に言えば、『他人の物を奪うのは罪』という法律。そして、『お金がなければ生きていけない』という現実も、人間が作り出した『幻想』である。



 お金がなくては生きていけないと思うから、働かねばならないと思うのであって。人のものを奪ったりするのは悪いことであると思うから、そして事実、罰を受けるから人は犯罪を犯さないのであって。



『なんていうのかな。やっぱ仕事は仕事。私生活は私生活よ。オフの時と仕事の時とは違うじゃない?』



 お金の絡む全ての事象が『幻想』であるとするならば、私にとっての真実は、やはり晴彦しかいないのである。



 例えお金がなくても、赤貧な生活だろうとも。私は晴彦さえいればなんとかなる。例え三食メインの食材がもやしだろうとも、色んな味付けをしてご飯にしてあげる。その『幻想』こそが、私が晴彦を好きだという『現実』なのだ。



 とまあ、よく分からない言葉を頭の中で繰り広げる。理解はきっとしなくていい。夢の中で思い描いた世界だ。脈絡も何もない。



 とどのつまり、私は寝ていた。



 瞼を持ち上げると、瞳が光を認識し、肌が寒さを脳に伝える。朧な瞳で時間を確認する。数分の間だと思ったけれど、現実は着実に進行していて。もう式の内容は半分を過ぎていた。



 そのまま順当に式は終わりを迎え、皆暖かさを求めるように手際よく退出していく。晴彦ら生徒会は後片付けがあるので、まだしばらくここに残る。



「珍しく寝てたな、明日音」



 教室への帰り道、茉莉が話しかけてくる。確かに、授業中でも寝たことはないので、珍しいだろう。



「うーん、ちょっと長電話してて、寝るの遅くなっちゃったから」



 別段、眠かったわけではないと思うけれど、目を瞑っていたら寝てしまっていた。精神状態が寝ているときにおかしくなるのは誰にでもあることだと思う。



「晴彦とか?」



「ううん、姉さんと」



 欠伸をこらえる。

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