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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
九話目
148/159

兄弟が同じクラスにならない理由Ⅱ

 中学から四年ほど続いた弁当作りも今ではかなりの効率化を果たし、正直に言って一人分作るのと大差ない手間で晴彦の弁当は作れる。



 というよりも、晴彦の弁当がメインで、私の弁当がおまけ的扱いだというのは言わないでおく。どうせ惚気だと嘆息されるのだから。



「でも、晴彦には色々もう買ってもらってるし」



 晴彦は、私の買い物に付き合ってくれる。というより、晴彦が積極的に私を着飾ろうとしているようにも思う。



 化粧品だって姉さんに多少聞いている。面倒くさいし手間もかかるので時間はかけないけど。



 その費用は私が出すこともあるが、晴彦が出すこともある。



 まあ、実際には晴彦ではなく奈美さんの財布から出ているに等しい。なぜか私たちの両親は、相手への投資を厭わない。私の母さんは晴彦の好物なら高級品でも躊躇わず財布を出すのだ。それ以外は非常にケチくさいくせに。



「明日音の服は可愛いよな。晴彦と一緒に選んでるんだっけ」



 晴彦のセンスは一般的らしく、晴彦が「いいんじゃないか」といったものを貶されることはない。



 それでほいほい買ってしまう私もどうかとは思うのだが、やはり好きな人が好む格好をしたいというのは普通のことだろう



「なるほどね、じゃあ、明日音がプレゼントをしてみるってのはどう?」



 私がプレゼント?



「……そう言えば、私って貰ってばっかりかも」



 食事と、高瀬家の家事をそこそこ請け負っているけれど、それは私が好きでやっていることだ。弁当だって正直ついでみたいなもの。それで対価を得ているのは、正直なところどうなのだろうか。



「いや、晴彦はそう思ってないと思うけどね」



「この二人は本当によくわかんないなー」



 風華と茉莉は互を見合わせる。



「プレゼントかぁ……」



 ぽそりと呟く。思えば、何か特別な、形に残るものを晴彦にプレゼントしたことはなかった。 



「晴彦なら何が喜ぶかな?」



 尋ねると、風華も茉莉も同じように渋い顔を見せた。



「そもそも、晴彦って何か趣味とかあるのか?」



「ゲームだとか、普通は色々ありそうなものだけどね」



 晴彦は特定の漫画を集めてはいるが、ゲームは持ってない。他に部屋にあるのは小説だとかだ。名作映画やアニメの原作などをよく好む。部屋にはポスターなど何もなく、ただただ白い壁に囲まれた色のない部屋である。



 晴彦も自室で何かをやるということは好まないらしく、読書をするにしても居間かどこかであるし、服の置き場所と勉強道具、または数少ない娯楽品、つまりは本の保管庫でしかない。



「でも、それってある意味で明日音がいるからそうなるんだよな」



「まあ確かにそれはあるわよね」



「えっ、私のせい?」



「せい、ってことはないけど。あんたら何時も二人だし、そうするとやれることって限られてくるじゃない?」



 そうなのだろうか。私は別に晴彦が一人でゲームなりなんなりをしていても気にはしない。



「あんたも晴彦に合わせて、晴彦もあんたに合わせた生活になってんのよ。なんか趣味でも見つけないと若さが失われていくわよ」



「そーだなー。私も兄妹に合わせてるから自分の時間はあんまりないけど、ランニングくらいはやってるし」



 周囲を見渡せば、休み時間をそれぞれに有効利用する若者たち。いや、私もそうなのだけれど。でも、時間を忘れて趣味に没頭するとか、休日を使うとか、確かにそんなものは私も、そして晴彦も持ち合わせていない。



「りょ、料理は趣味ってことでいいよね?」



「いいんじゃない。実利にもあってるし。問題は晴彦よね」



「晴彦の趣味ってなんだろうなぁ。裕翔だったらバスケなんだがなぁ」



 晴彦が喜ぶものが、わからない。何でもいいような気もするが、何でもいいというのはやはり味気ない。それは料理も同じだ。



「この際、全く関係ないけどペアリングでも買ってみたらどうだ?」



 茉莉の突飛な意見に、風華も笑う。



「まあいいかもね。お似合いだし」



「え、でもそういうのを私の方から用意するのって、ちょっと重い、とか思われないかな?」



 風華は瞬時に呆れた表情に切り替わった。



「今更何言ってんのよ」



「そうだな。異性に弁当を作ってあげるのは、かなり重いと思うぞ」



「そうなの!?」



 驚愕の事実に、教室の中の数人が振り返った。 




 結局、晴彦に良さげなプレゼントの案は保留となった



『あいつは実用的な物が好きだけど、別に実用的じゃなくても「良い物」は喜ぶんじゃない?』



 という風華の言葉は、実に良く晴彦を言い表しているようだった。



 それが例え観賞用だったのだとしても、作りが良ければ晴彦は喜ぶ。



 思い返せば、晴彦はテレビや映画を『作り物』として楽しんでいる。決して感情移入はせずに、『役者の演技の度合い』だとか、『セットのリアルさ』だとか、そういうものを見て楽しんでいるように思える。



『だから、質の良いものであればなんでもそこそこ喜ぶわよ』



 最終的にはやはりこうなるのである。しかし、今の日本には質のいいものなど探せばきりがなく、最高品質を追い求めればお金は幾らあっても足りない。



 そこで無理をしても晴彦はきっと喜ばないのだ。



「難しいなぁ」



 放課後、鞄に教科書などを入れながら呟く。今日は部活もない。晴彦と帰って、勉強をする。



「……もしかして、勿体無い?」



 皆、もっとなんというか、青春っぽいことをしているんじゃないだろうか。



 そう思うと、確かにイヴに何もしないというのは、勿体無いよなうな気がしないでもない。



 何かをしなくては。そんな焦燥感に駆られる。普通の恋人は、それぞれ大事な時間を送っているのだろう。何をするべきなのだろうか。クリスマスイヴに。



「うーん……」



 何かをプレゼントするべきなのだろうか。だが、なんといって?イヴだから?続々と教室をでる人の中、私の手は一向に動かなかった。



「なあ」



「うん」



「帰ろうぜ?」



「……うん」



 聞きなれた声にふと顔を上げると、いつの間にか晴彦が前の席に座ってこちらを眺めていた。



「わっ、びっくりした」



「ぼーっとして、珍しいな。今日の夕飯か?」


 

 いや、珍しくもないか?と晴彦は笑った。



「そ、そんなところ」



 素早く持ち物を整理して立ち上がる。風華も茉莉も、もういつもの場所へ向かってしまったのだろう。



 まだ残っているクラスメイトや、通用口までにすれ違う知り合いに別れと再会の挨拶をし、いつものように二人で学校をでる。



 もう冬だ。寒い。この冬新調したコートを着る。晴彦は紺色のダウンジャケットを買っていた。あまりかっこいいデザインではないが、やはり見た目より機能性重視なのか。



「寒いな」



「そうだねぇ」



 吐く息はまだ白くないけれど、夜になるともうはっきりと見える。



 晴彦はなんの気なしに歩いているようで、結構私に気を使っている。歩く速さが私と一緒だ。歩幅は全然違うはずなのに。



「……何だよ?」



 じっと晴彦の顔を見ながら歩いていると、不審に思ったのか、私の顔を覗き込む。バス停まであと少し。



「何でもない」



 晴彦のことは、わかっているのだと思っていた。



 だけど、考えてみると私が知っているのは晴彦が嫌いな食べ物とか、嫌いな番組とか、そういう話で。



 晴彦は私に結構な頻度で『好き』と言ってくれて、それは嬉しい。けれど、私は晴彦が他に何を好きだとか、そういうことを知ろうとはしなかったのだな、と今更にに思う。



 直球に言えば、晴彦が私を好きだということに、私はもうそれで満足してしまっていたのだ。



「……晴彦が好きな食べ物ってなんだっけ?」



 四年間弁当を作ってきて、それすら知らない。思いつかない。



 何だよ急に、と言いつつ、晴彦は悩みながら歩き出す。



「嫌いな物以外は大抵食うぞ?」



「そういうんじゃなくて。好きなもの。好物。フェイバリットフード」



「好物なぁ……。肉とかそういう大雑把な奴じゃダメ?」



「ダメー。牛か豚か、それとも鳥、羊とかもあるし、部位だって違うし、それによって美味しい調理法とかあるんだから」



「この頃本当に凝ってきたよな。俺にはもう自分ちの台所に何があるか全く把握してないぞ」



「ちゃんと整理してあるから大丈夫だよ」



 と言いつつも、確かに調べない限りあまり使いようもない調味料が多々あることは認める。



「もう母さんだって台所に立てない」



「それは大丈夫。恭子さんのスペースはノータッチだから」



 私が自信満々に言うと、



 ああ、カップ麺とかね……、と晴彦は肩を落とした。



「逆に聞くけど、明日音の好きな食べ物って何よ?」



「え、私?」



 好きな食べ物、好きな食べ物。



「うーん、前作ったラザニアは美味しかったかな」



 ちょっと作るのは大変だったけど、美味しく出来た。材料を揃えるのも苦労したのだ。



「そうじゃなくて、好きな食べ物だよ」



「え?これじゃダメなの?」



「美味しいのが好きなんだったら簡単だろうが」



「そっか……。難しいね」



「一日に一回食べても飽きないって奴じゃないとな」



「それなら……お米?」



 いつもと変わった話をしようと思っても、なぜかいつもの感じになってしまう。雰囲気に飲まれるというのだろうか。この空間が決して嫌いではなく、心地いいのがまた厄介なのである。



 知ろう。晴彦を。



 知ってもらおう。私を。



 恋人でいるための努力というのは、いつもの道を、いつものように歩くことなのかもしれない。



 冷たい冬の空気は、よりはっきりと晴彦の息遣いと体温を伝えてくれていた。外にいると否応なく感覚が冴える。晴彦との距離は変わらないが、より近くにと自然に体が動く。



「そう言えば、テストはどうだった?」



「大丈夫。帰ったら見せる。罰ゲームとかの心配もないよ」



「そっか。そうそう、小夜さんの二十三には帰ってくるって」



「え?」



 冬は雪とともに、要らないものまで運んでくる。もし私と姐さんが同じ学年だったらどうだろう。確実に毎日苦労するだろう。それは火を見るより明らか、と言ってしまっていい。

 


 なぜ双子が同じクラスにならないのか。宿題や予習復習をまる写しできだとか、そういう意図は確かにあるのだろうが。家では否応なく一緒なのだから、学校くらいでは離れていたい。そんな意見をくみ取ってくれる人がこの世にいたということなのだろうか。


 きっとその人も兄弟中は良くなかったのだろうな。無機質な帰り道、そんな邪推が思い浮かんだ。

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