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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
九話目
147/159

兄弟が同じクラスにならない理由



「よしっ」



 十二月の鬼門、期末テストの返却日。



 暖かい教室はいつもより倍に眠気を誘うけれど、そこをなんとか耐えて授業をきっちり受け、いつも以上に気合を入れたて臨んだ。



 あれから部活の方は忙しくはなかったので、勉強をする時間はあった。けれど、いつの間にか何かを作らないと落ち着かない自分もいたりして。



 土日に無駄に豪華な食事を作って、晴彦や母さんに『どうしたの?』と心配されることも多々あった。



 それらの日々を超えて、得た点数は上々である。主要五科目平均八十以上、九十点代も少なからずある。



「今回は頑張ってたみたいじゃない」



 授業終わりに風華と茉莉がやって来る。



「私も結構良かったぞ」



 一学期は勉強というものがてんでダメだった茉莉は、ここに来て異様な伸びを見せていた。もともと、やり方さえ覚えてしまえば伸びるタイプだったのかもしれない。



「風華はもう点数で遊んでるしな」



 小野風華には、テストなどというものはもう遊びでしかないらしく、全テスト九十五点キッチリを目指すという意味不明な目標を立てて今回のテストに臨んでいた。



「やっぱり数学が鬼門ね。減点式だと上手く調整できなかったわ」



 どうやら目標は果たせなかったらしい。贅沢な遊びである。



 皆もテストの結果に一喜一憂している中。



「なんか、男子は騒がしいな」



 何か、教室の中をひっきりなしに男子が行き交っている。いや、忙しそうなのは一人だけか。



 どこかで見たことのある男子だが、あまり記憶にはない。



「サッカー部の奴でしょ」



「部の連絡事項か?」



「まさか。上原はサッカー部じゃないし、運動部でさえないわ。それにあれって、三組の遠藤でしょ」



 どこかで見た、とは思うが、晴彦と同じクラスだったのか。三組はみんな印象が強すぎて、逆に覚えきれない。



 遠藤君はまた、忙しなく教室をあとにする。何かを頼んでいたように思えた。



「……今度抜き打ちで荷物検査とかやるのもいいかもしれないわね」



 風華が悪そうな視線を男子に送る。



「げ、それはちょっとやだぞ」



「変なものは持ってきてないけど、持ち物検査は私も嫌かな」



 鞄の中身を公開してもいいけれど、別に見て面白いものがあるわけでもないし、見せたいものがあるわけでもない。勿論違反物もないが、何より、検査というのがやはり絶望的に受け入れがたい。



「そうよね。まあ、見逃してあげますか」



 風華が男子を睨みつけるように視線を送った。



 晴れて生徒会長になった風華は、放課後生徒会室にいることもあるが、基本的には図書室にいる。一応、何らかの仕事はあるらしいが、それを図書室に持ち込んでいるのだとか。



 晴彦の生徒会入りしたものの、下っ端なのでそんなに忙しくはないようだ。生徒会の話題もあまりない。



「三組は変な奴が多いよな、雫とか」



 茉莉が去っていく男子の背中を見ながら言う。



「茉莉も十分三組でやっていけると思うけど?」



「あんな疲れそうなクラスはゴメンだ」



「保科さんはいい人だったけど」



 保科紬さんとは、前の打ち上げの時連絡先を交換した。



 彼女はなんというか、私に近いような気がした。言ってしまえば、数少ない普通のお友達。 



 口に出していいのかわからないが、茉莉も風華も少し変わっていて、特殊な魅力がある。春風先輩や萌々香先輩もそうだし、ほかの先輩方だってそうだ。



 気づいてみれば、私基準で、普通、だと思える人は少ないのだ。



 そんな中、保科さんとだけは、同じ普通、という概念を共有している。



 彼女の考える普通と、私の考える普通は、僅かにしか違わない。そう感じた。決して、価値観が同じというわけではない。ただ、何が普通か、という話においてのみ、私のと彼女が近いというだけだ。



 普通という価値観を共有することは難しい。それはスタンダードという意味ではなく、どのように世界を見るかという事柄であるような気もする。



 そう言う意味では、同じ世界に生きる人間というのは、かなり限られる。私と晴彦でも、何が普通かという概念は違うだろうから。



「教師も三組のメンツがこんなに濃ゆいとは思わなかったんでしょうね。二年に上がる時にクラス替えで散り散りになるわよ」



 二年に上がる時に、文理のクラス分けが行われ、それに伴い七クラスの再編成が行われる。



 二組は理系で、残り五組は文系。



「風華は理系に行くのか?」



 理系の方が将来的には色々いいらしいという話は聞く。



「まさか。文系よ。数字に興味ないもの」



 もはや風華にとって勉学とは興味というか、趣味の一つなのだろう。



 というより、学びの本質はそれなのだ。私たちのように、就職や点数を気にして何かを学ぶという方が間違っているのだと思う。



「私も文系かな。理系はちょっと合わないかも」



 数学があまり得意でもないということもあるが、きっちりと答えを導き出したいという願望が薄いのだ。曖昧なものは曖昧でいい。数字に心があったのなら、バツがついた数字が睨み叱咤してくるだろうと思う私は、文系なのだと思う。



「んー、私は理系にしようかとも思ったけど、皆が文系なら私もそっちにしようかな」



 茉莉は数学に興味を抱いているようだった。数学は答えがきっぱりと出る。そこが好きなのだと言っていた。



 ある意味では、努力を一番裏切らない科目は数学なのかもしれない。



「理系に行きたいなら理系にしときなさい。別にクラス変わっても勉強くらいは教えてあげるから」



 理系と文系ではカリキュラムが多少違うが、そんなことは風華の前では些細な問題なのだろう。



「悩む時間はあるからね」



 文理選択の時期は、三学期の中間テスト後になる。



「うーんそうだな。明日音は晴彦と一緒にクラスを目指したりするのか?」



「え?うーん、晴彦も文系だと思うけど。一緒のクラスになれるかなれないかは運じゃない?」



 それに、一緒のクラスになりたいというのなら、無理をしてでも二人共理系を選ぶのが確率は高い。



「あんたたちが付き合ってるってのは教師にも知れ渡ってるしね。そういうのは一緒のクラスにはされにくいと思うけど、あんたたちは二人共成績も素行も悪くないし、一緒になる可能性は普通のカップルよりはあるわね」



 双子の兄弟が同じクラスにならないように、そういった関係だと同じクラスになりにくいらしい。



「どうして恋人同士だとそうなるんだ?」



 茉莉も不思議に思ったのか、風華に尋ねる。



 よくよく考えれば、私もよくわからない。



「明日音と晴彦は違うけど、普通カップルってのは無駄にイチャイチャしたがるもんなのよ。授業中でも携帯イジってたりね。教師も仕事。進学か就職させるのが仕事なわけ。恋愛にうつつを抜かして生きていけるほど現実は甘くない。だから引き剥がして授業くらいは真面目に受けさせようってことじゃないの?」



「そうなのかなぁ。でも、同じクラスに晴彦がいても、別に私は変わりないけど」



 授業中に連絡を取る理由も要件もない。



「それはあんたたちが家でイチャイチャしてるからでしょ。普通のカップルは高校一年生で両親公認状態まではいかないもの」



「い、イチャイチャなんてしてないよ……」



 多分、と言いたいけれど、あの様を人から見たらどう見てもそうなのだろうな、と思う。



 私と晴彦の距離は、二人の時が最も近い。普段、長方形の炬燵の、狭い一辺に二人で入って勉強しているとは流石の風華も思うまい。



「学校以外でするのはいいのよ。学校でするから隔離されるの。だから、二人共文系なら、一緒になる確率はあるってことよ」



「確かに、明日音は学校では晴彦とあんまり話さないよな」



 それは中学時代のトラウマが尾を引いているのもある。



 あの頃は何かと世間体を気にし、付き合ってもいないのだからあまり接触するのはマズいとお互いを避けていた。今ではそんな決まりはないけれど、やはり多少目立ってしまうので用がない限りは会いには行かない。会おうと思えば、家で会えるし、そちらのほうが遠慮せずに居られるということも大きいだろう。



「学校じゃちょっと恥ずかしいしね」 



 そう言葉を濁す。別に恥ずかしくはないけれど、落ち着かないのだ。



「じゃあ、双子の兄弟とかはなんで同じクラスにならないんだ?」



 茉莉の素朴な疑問に、風華はさも興味がなさそうに答える。



「教師が見分けつかないからじゃない?それはどうでもいいとして、明日音。そもそも、あんたらって二人でいるとき何してんの?」



 風華の珍しい突っ込んだ質問。



「確かに、気になるぞ。他の人にそういうこと聞いても、皆『普通に喋る』とかしか言わないからな」



 二人の時何をしているのか。改めて考え直しても、特別なことはしていない。



「うーん、勉強しながら夕食が何がいいか話して、テレビ見ながらご飯食べて、そのテレビについて話したりはなさなかったり。学校のことはあんまり私は喋らないけど、面白いことがあった日は晴彦が結構よく話して、私はそれを聴いて。勉強が終わったら適当にテレビ見ながら話して、眠くなったら家に帰る、って感じかな」



 途中母さんの突撃があったり、恭子さんが帰ってきたりと色々あるけれど、基本的にはこんな感じだ。



「あんた、眠くなるまで家に帰らないの?」



 風華がおかしな人を見る瞳で私を見ていた。



「う、うん……。私の母さん、家にいないこともあるし。晴彦のご両親も仕事忙しいし。そういう習慣がついちゃってるというか」



 基本的に起きているときは晴彦といることが多い。反比例して一人の時間は少ない。一人で何かをしていても楽しくない。



「恋人っていうより、兄妹のが近いのかもな」



 そう言われてみればそうとも言える。私たちはずっと一緒だ。



「あんたらが付き合ってないって言ってた時期が懐かしいけど、茉莉の言うとおりなんでしょうね」



 近すぎるというのは、家族より過ごす時間が多いからこそ悩むのだと思う。その壁を、私と晴彦は乗り越えたと言ってもいいだろう。



「世間はクリスマス一色だけど、あんたたちはプレゼント交換とかするの?」



 風華の俗っぽい話は珍しい。よほど機嫌がいいのか、からかっているのか。



 良くも悪くも、善意的には受け取れない。



「しないよ。クリスマスにパーティするけど、今のところ予定はそれだけかな」



 えー、と茉莉が不服そうな声を上げる。



「イヴは恋人の日だろ?大事な日なんじゃないのか?」



 日本には、なぜか二十五のクリスマスより、イヴの方が本番という雰囲気がある。



 意味的にはクリスマスの前、まあつまりはキリスト生誕前というような、奇跡が起こる直前という意味合いなのだろう。けれど、聖書にある人類最初の二人の名前がアダムとイヴということもあるし、日本人には覚えやすくキャッチーな語感。なぜかイヴという名称の方が特別であるように思わせる。



 本番では緊張感を持って行わなければならない言わば式のようなもので。イヴ、つまり前日には形振り、形式を問わずはしゃげるという意味では、イヴの方が庶民に親しみやすいと考えれば確かにそうなのかもしれないけれど。



「そうねえ、明日音はいつも晴彦に弁当を作ってるわけだし、その対価をせびってもいいんじゃない?」



 確かに、晴彦の弁当を作ってはいるけれど、それは自分の弁当の『ついで』だ。



 その他に関しても、自分の夕食であったり昼食であったり。決して、『晴彦だけ』に、ご飯を作っているわけではない。のではあるけれど、どうもこれは一般的ではないようで、あまり理解されない。



 一人分の弁当を作るのは大変だが、一人も二人も正直大変さは変わらない。スーパーで買う食材を使い切るのに、一人では苦労する。



 結果的に、料理というのは、人数が増えれば増えるだけ効率化していくのだ。鍋や焼肉なんかはその最たるもの。鍋に入れて煮るだけとか、食材を用意して焼くだけとか。所謂、料理をしてもらうスタンスもあるのだから。

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