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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
九話目
146/159

年越しが波乱な理由Ⅱ



「俺が?」



 受け取ってちら、と中を見ると、やはりその手の書物だった。三冊ほど入っている。



「どうせエロ本なんだろ?見せてみろよ」



 雫が俺の手元からそれを奪い、大胆にも封筒から出す。



「うわぁ……」



 紬は顔を赤らめ、、口を手で覆う。



「いやまあ、そうなんだけどよ」



 エロ大明神はまるでそれに全く動揺せずに答えた。もう彼の二つ名は教師にまで知れ渡っている。



「ほぉん、こんなのがねぇ……」



 雫は興味深そうにそれらを眺めた。二冊は実写だが、一冊は漫画のようだ。



「なんだって俺に?」



「そう言いながら、晴彦が頼んだんじゃねぇのかぁ?」



「そうならもうちょっと周囲には気を遣う」



 雫にそう答えると、まあそうだなぁ、と雫は笑った。



「外聞もあるから、さっさとしまえよ」



 章彦が雫を嗜める。



 雫は紬に、ほれ、と本を見せると、紬は必死に顔を横に振った。



「これはなー、俺が必死に集めたコレクションの一つだ。実用性もともかく、あと数年すれば価値もでるかもしれない一品よ」



 章彦は唐突に語りだす。



「そもそも、俺の母ちゃんはこういうのに潔癖でな。エロ本なんてとんでもない、みたいなタイプだ。俺と兄貴がこうなったのも、ある意味では母ちゃんのせいなんだが」



 俺も裕翔も、雫も紬も、しらけた瞳でその告白を聞いていた。



「オヤジもまあ、見て見ぬふりしてくれてたんだが。年末になると恒例の、大掃除ってやつがあってな。俺のいない時に無理やり部屋を掃除させられる可能性があるわけだ。で、俺の秘蔵のコレクションがばれると家族会議ものだ」



 というわけで。



 なにがというわけなのか。



「俺のコレクションをどこか別の場所に移さないといけないわけだ」



「で、俺か」



 ため息がでそうだった。



「そう!頼むよー、年明けまででいいから!」



「別に構いやしないが……。なんで俺なんだ?」



 そう言うと、ふふん、とエロ大魔神が胸を張る。



「別に晴彦だけじゃないぞ。他にも協力者は大勢いる。俺のコレクションは膨大だからな。それに、きっちり保存したいから信頼できる人間にしか任せたくないしな」



 章彦は裕翔に、お前みたいな馬鹿には任せられん、と言い放ち、裕翔も呆れた顔でそれをスルーした。



「それは光栄なことで」



 俺の返事もついおざなりになる。



「つーわけで、よろしく頼みたいんだが、いいだろうか?」



 しかし、その表情は真剣そのもの。いかがわしいのはどうかとも思うが、まあ今時の男子にしては微笑ましい方だろう。



「正月だけならな」



 俺が答えると、章彦は大仰に頭を下げた。



「流石このクラスのゴッド!理解がある!」



 ゴッド?いつから俺はそんなものになったのか。苦笑が漏れる。



「年末年始は大変そうだな」

 


 章彦は大仰に身振り手振りをつけて反応した。



「そうなんだよ。エロ本の一冊や二冊くらい普通だよなぁ?見つかったら捨てられんだぜ?後々価値も出でくるかもしれないってのに!」



 この様子では一冊二冊ではすまなさそうだけれど、大切なものを勝手に捨てられるのは確かに辛いだろう。それがたとえエロ本であっても。



 返せよ、と言って雫から奪ったそれを、改めて包みに戻し、俺に渡してくる。



「じゃ、頼んだぜ!」



 そう言ってエロの使い魔は去っていく。年末はどんな人でさえも忙しそうだ。それは大人だけの話ではない。俺たちだって俺たちなりに忙しいのだ。



「……いいの、高瀬くん」



 紬が聞いてくる。



「別に預かるだけだろ?俺の家は大掃除とかないし」



「明日音ちゃんはいいのか?」



 裕翔が俺に尋ねる。



「明日音?別に明日音は関係ないだろ」



 俺がエロ本を預かることと、明日音とのことは全く関係のないことのように思える。



 俺以外の三人が視線を合わせた。



「高瀬くんってどこかズレてるよねぇ」



 紬がそう言って笑った。



 変わっているだとか、そういうことは明日音からもよく言われる。



「晴彦はほかの男子と違ってエロくないもんな。なんでだ?」



「俺はどうなん?」



 裕翔が雫からの印象を気にして声に出す。そんなことを聞いても、雫が良い答えを言わないことはわかりきっているのに。



「お前はむっつりだな。ちらちら見てんだろーが」



 図星を刺されて裕翔がうなだれる。女子というのはまあ敏感にそういう視線をキャッチするものだ。



「ほかの男子はそういうことばっか考えてそーなイメージだけど、晴彦は何考えてんのかよくわからん」



 それは褒め言葉なのかどうなのか。雫の直感的な印象なのだろう。



 雫が再び、俺の手から袋を奪い、その中身を俺に見せつける。



「お前はこういうことあの影が薄い彼女としたいとは思わないのか?それかもうしたから興味ないのか、どっちだ!」



「お前は放課後の教室で何を言うんだ……」



 テストが終わり、そうそうと皆は帰るが俺たちのように無駄話をしている奴もいるのだ。



 というより、やはり雫の印象では明日音は影が薄いらしい。



「雫、それ閉まって!」



 紬はどうもこういうのに耐性がないのか、顔を少し赤らめる。



「明日音ちゃんと晴彦ならまあ、有り得ない話ではないか……。俺もまあ、気にならないことはないぞ?」



 裕翔はどうやら雫に抗うことをやめたようだった。



「で?どうなんだ?どこまで進んでるんだ?」



 雫が詰め寄ってくる。



「どこまでって……。まあ、ここまではやってねーよ」



 所謂エロい行為はしていない。声を抑えて言う。



 そう告げると、雫も紬も、裕翔さえも意外そうな顔をした。



「なんだよ……」



 こういった話は苦手ではないが、別段好んでやることもない。



「いや、意外だなって」



 素直に言ったことか、それとも言葉の意味か。紬が言う。



「毎日いちゃついてんだろ?他のガッコではもうやったとか捨てたとかいうのを聞くぜ?」



 あながち、初体験には早いのだが、大人であることがステータスな子ども時代にとっては勲章の一つなのかもしれない。俺には理解できない。



「なんつーか、好き合ってるのによく我慢できるよな」



 裕翔も色を知ったということか。



「んーまあ、やろうと思えばやれなくはないんだろうけどな。明日音も押しに弱いし」



「そうか?前の歓迎会でめっちゃ拒否られたけど」



「あれはお前が無理やり言うからだろ」



 雫の言葉を裕翔が嗜める。そうやら色々あったらしい。



「まあでも、早川さんも高瀬くんなら押し切られちゃうかもね」



 紬は冷静に判断する。なんだかんだ言って、紬も興味がないわけではないのか、やや身体を近づける。



「でもなんつーの?ちょっと怖くないか?」



 俺の真意はこれである。



「怖いって、つまりその、初体験が、ってこと?」



 紬がまさに意外そうな顔で俺を見ていた。



「まあ、言っちゃえばそうだな」



 正直どういった感情かははっきりとしていないが、怖い、というのが正しいのだろう。だから、まだ最後の一線は超えないと決めている。



「怖いって何がだよ?責任を取るのがか?つまり、結婚をする度胸はないってことかぁ!?」



 雫がよくわからないという顔で不躾な質問をしてくる。



 というより、雫の価値観はお付き合いと結婚というのがどうもイコールで繋がっているようだ。頭の中は以外に古風なのかもしれない。



「結婚は別にいいけど。学生のうちに子どもができたりとかしたらヤバイだろ」



 俺の言葉に、三人の動きが止まり、また機械のように視線を合わせ出す。



 その間が、怖い。



「いや、避妊はしろよ……」



「百パーセント妊娠しないって保証はないだろ?」



「っていうか、結婚はいいんだ……」



「明日音はともかく、俺はな」



「……そうだな!!」



 しかしそこで、雫が急に生き生きとした表情で立ち上がる。



「そうだよなぁ、男なら責任とってなんぼだもんな!そこらにいるチャラチャラした男とは違って、晴彦はきっちり責任取るもんな!」



「大声で言わないで欲しいんだが……」



 その声は廊下にまで響く勢いだった。悪い悪い、と雫が俺の肩を強打した。



「男ってのはそうでなきゃならないよな!全く今時の男って奴は女なら誰でもいいとか、とりあえず童貞捨てたいとかそんな奴が多すぎるんだよ!」



 そうではない、と断言することはできない。それほど、高校生で破局を迎えるカップルというのは多い。今現在、陸上競技会と文化祭で付き合った即席カップルが別れたという報告は女子のあいだを飛び回っているのだとか。ここから傷心した傷を埋め、新しい関係を得るための駆け引きが始まるのだとか。



「雫はそう言う奴がタイプか」



 裕翔へ塩でも送ってやろうか。素直に言葉にする。



「タイプって訳じゃないけどな。やっぱ真剣になってくれるやつがいいだろ、女としては。なぁ?」



 紬へ逃げるところを見ると、本心のようだ。



「そうだね。将来まで考えてくれてるってのは、ちょっとやり過ぎかもだけど。大事にしてくれる人に越したことはないよね」



 紬はどうやら少し違うらしい。あまり重い気持ちを好まないのかもしれない。



 将来を考えるのはやはり少し重いのだろうか。一緒の大学へ行くことも?



 実際、明日音がどう考えているのかを聞いたことはない。漠然とそんなことを考えた。



「だってよ、裕翔」



「な、何で俺に言うんだよ!?」



 矛先を逸らすが、紬に察せられてしまったのか、言葉を付け加えられる。



「ま、女の子がどう思うかはそれぞれだからね。私は高瀬くんと早川さんはお似合いだと思うな」



 そうなのか。俺と明日音が似合っているという感覚は未だわからない。客観的に俺と明日音が並ぶところを見ることができないから、当然なのかもしれないが。



「でも、早川さんからしてみれば、高瀬くんがそーゆーの持ってるの、早川さんは気に食わないと思うな」



 エロ本のことだ。これに関しては、紬だけではなく、雫も一言あるようだ。



「だなぁ。仕様がないところはあるとは言え、いい思いはしないだろうな」



「そんなものか」



 そうだよ、と紬は告げる。



「だって、要は別の女の子のこと考えてるってことだもの」



「俺は常に明日音のことを考えてるわけじゃないぞ?」



 んなことわかってるよ、と雫も言う。



「異性の中で一番近くにいたいって思うのが普通だろうが!それが雑誌であれなんであれ、そういうものは敵なんだよ」



 なるほど、と裕翔と顔を見合わせる。



「それに、早川さん思いつめるタイプだと思うし」



「確かにそうだけど、明日音は嘘と平静を装うの下手だから大丈夫だ」



 そんな話をしていると、雫が背伸びをする。



「あー!なんか惚気聞いてたら彼氏欲しくなってきたな」



「なんだよ唐突に」



 雫は照れくさそうに笑って答える。



「幸せそうなカップルを見てると、そう思うんだよ!」



 その言葉に、俺と紬の視線が裕翔に移る。



「……ん?な、なんだよ?」



 恋話になると途端に口数の少なくなる裕翔の視線は、基本的に雫に向けられている。



 俺が裕翔の耳元でセリフを教える。



「『俺と付き合ってみるか』とか言ってみたらどうだ?」



 どうやら雫はもっとコテコテのシチュエーションを好むような気もするが、意識させるには十分だろう。部活動で会うことも多いし、裕翔の一番いいところを見れる場所でもある。考えれば可能性はなくもないのだ。



「バ、そんなんじゃねーっての!」



「んだよ急に。大声出すなって」



 多いに慌てた裕翔に、意味不明だと雫が突っ込む。



「雫の声より小さかったよ」



 紬が可笑しそうに笑っていた。こうしてみると、やはり雫と紬は色々と違うんだな、と思う。それでも、似合っていると思う。こういうことでいいのだろうか。



「つーかさ、それ、俺が持って帰ろうか?」



 裕翔が袋を指差す。



「あ、今日のおかずにする気だろ?むっつり裕翔め」



 雫がジト目で裕翔を馬鹿にする。



「ち、ちげーって!ほら、裕翔の部屋って明日音ちゃんが掃除してるらしいし、晴彦もバレたらいいことないだろ?」



「そうなんだ。でも、隠しておけば大丈夫じゃない?」



「俺の部屋は、隠すような場所あんまないんだよ」



 基本的に余り部屋には籠らないので、物もないのだ。



「だから、俺が持ってれば安全じゃね、ってことだよ」



 決して俺が見たいからとかそういうんじゃねえぞ。



 そういう後付けを言うから胡散さく見えるのだ。ここは思い切って下心を惜しまない方が自然だった。



「気持ちは嬉しいが、俺が頼まれたもんだからな。俺が持って帰るよ」



「責任を取るべきとはいったけど、こんなとこで責任感をもたなくても別に軽蔑はしねぇぞ?」



 雫の言葉に、そんなんじゃねーよ、と小さく笑う。



「気になるんだよな、こういうの。借りてるゲームを他人に又貸しするみたいで」



「あー、何かわかるかも」



「全く、しょうがねえな。真面目にも程があるぜ」



 雫と紬は、納得したように笑っていた。



「読みたいんなら、章彦に連絡して許可を貰ってからな」



 俺が裕翔に言うと、



「別に読みたいわけじゃねーよ。俺はそういう雑誌にあんま興味ねーし」



 と裕翔は強がるように言った。



 これは結構本当で、裕翔は好きになった女子にしか興味がない。が、なんとも裏側を推測してくれと言わんばかりの物言いと言動を何故かしてしまうので、素直に受け入れて貰えない。特に雫には。



「まーまー、後でこっそり貸してもらいな」



 結局、この件で暫く教室は騒がしかった。



 明日音に言うべきか言わないべきか。俺は年末にあるかもしれない波乱の予感を感じていた。

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