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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
九話目
145/159

年越しが波乱な理由



 十二月に入って、期末テストも終わった教室でのこと。今年は二十二日に終業式があり、運良くクリスマスを教室で迎えることはない。三年は補修というものがあり、二十七までは学校に来なければいけないらしいが。



 チャイムとともに、様々な声が響いた。ようやく全種類のテストが終わり、一年三組では安堵の声が響く。



 平均点が良くない我がクラスで、テストの出来を気にするものは少ない。なぜなら、悪いのが基本だからだ。嘆く声より、ようやく終わったという声が圧倒的に多い。



「終わった終わったーっと」



 佐々木裕翔もまたそのうちの一人だ。



「今年も終わったねぇー」



 俺たちの席に近づいてくるのは保科紬である。彼女は三組の中でも勉強ができるほうで、よく女子に宿題を見せろとたかられている。



「全く、テストなんてメンドくせえよなぁ?」



 バレー部で友人の渋谷霞も一緒だ。霞は出来ない子筆頭であり、不良でこそないものの、そのガサツな言葉遣いもあって教師から注意も心配もされている。



 裕翔のようにスポーツで大学に行こうと決めているわけでもなく、進学という言葉を本人からも匂わせたことはない。これもこれで、色々と事情があるのだろう。



 紬も同じく将来のことを語らない。二人の間になにか決めゴトがあるのかもしれない。二人は小学校から仲がいいとだけ聞いたことがある。



 雫が来ると、やはり裕翔の態度が変わる。それを横目に応答する。



「面倒くさいのはそうだな」



 だが必要だとか、そういう話は雫でもわかっているはずなのだ。だから言わない。



「お前らは進学とかどうするんだ?」



 だが、そこで空気もなにも読めない男が一人。まあ、雫が気になっているのなら仕方ないのだろう。こいつは話題を作るのが下手くそだ。好意を寄せる相手だと尚更それが顕著になる。



「あたしの頭で大学なんていけると思ってんのか?」



 雫がおもむろに喧嘩腰になる。その様子に裕翔は焦る。



 俺も正直、こう言われてどう返すのが正解なのかはわからない。



「私の家、自営業で蕎麦屋やってるんだ」



 そこに、紬が割って入る。



「両親も歳だしさ、今は二人でやってるんだけど、アルバイトとか募集しても来ないんだよね。そこまで時給高いわけでもないし、当然なんだけど」



「へぇ、初耳だな。どこの店?」



「駅から結構離れたところにある蕎麦屋だよ。特に店の名前はなくて、暖簾がかかってるだけ」




 古風な店なのではなく、本当に古い店なのだろう。行ったことはきっとない。俺の家からも遠いし、その辺りには用もない。



「後継がいねーんだと。まあ、紬も一人っ子だしな。だから、卒業したらそこで蕎麦打ちの勉強するって決めてんだ」



 あたしは力も強いしな、と雫は両腕を組んで言う。



「紬もか?」



 俺が聞くと、紬も頷く。



「なんだかんだ、育った家だからね。無くなるのは少し寂しいし」



 裕翔を見ると、なんと言葉を発していいのかどうかわからないといった様子で二人を見つめていた。



 プロのバスケット選手と、蕎麦屋。釣り合っているかどうかはともかく、裕翔と雫では決定的な未来に対する意識の違いがある。



「いや、でもそれは保科の家の都合だろ?」



 それに気づいたのか、焦るように裕翔は返す。紬もわかってはいるのだろう、返答に困る顔で俺を見た。



「いいんだよそれで。もし紬が結婚できなくても、あたしが結婚できれば後継が出来る訳だろ?あたしは別にやりたいことねーし」



 友達思いなのだろう。それでいて、勉強をする気もない、やりたいこともない。更に言えば、例え大学に入ったとしても就職までこぎつけられないと、雫はある意味で悟っている。



 だからこそ、後継のいない友人の蕎麦屋に永久就職、ということなのだろう。



 渋谷雫は、未来に毛ほどの期待も抱いていない。



「ゆ、夢がねえなあ」



 裕翔の声は力がなかった。



 高校生になって、進路というのは就職か進学の二つである。それに対して未だに『宇宙飛行士』だとか『プロの選手』だとかに拘れるのは、相応の才能を持った人間だけで。



 そう言う意味では、佐々木裕翔という人間は、この学校の九割九部を占める普通の人間と相容れない。



「二人共結婚したら人手は足りそうだな」



「ま、そんな予定はねーけどな」



 あっけらかんと雫が笑う。裕翔は微妙な顔で、何か言葉を探していた。



「ま、まあ、結婚も就職も、まだ先のことだし。もしかしたらうちに弟子入りするような奇特な人がいるかもしれないしね」



 紬が忙しなくフォローに回る。彼女も裕翔のことをなんとなく察しているだろう。



「そうだな。蕎麦屋を今すぐ継がなきゃいけないわけでもなし」



 そうそう、と紬が言う。



「そうか、そうだよな」



 裕翔もどこか納得したように頷いた。裕翔がプロを目指すのだとしても、いつまでも現役でいることはできないだろう。現役を退いたあと、蕎麦屋という道もまああるだろう。



「私は別に、雫の好きにしたらいいって言ってるんだけどね」



「それはこっちのセリフだ。紬は頭いいんだから大学に行くべきだろ。蕎麦屋は私が継ぐからさ」



「それは流石に悪いよ……」



 二人の話はどうやら解決の目を見ない。別段、俺が口を挟むことではなさそうだったが、彼女らもなんだかんだ事情を抱えているのだろう。あと二年の間に何かを変えるような出来事が起きればいいが。



「紬、蕎麦って、別に売ってるよな?」



「へ?そりゃあ蕎麦屋だからあるけど……。あ、もしかして年越し蕎麦?」



「そう。数人分いいか?」



「全然いいよ。毎度あり」



 やはり商売人の娘なのか、紬は愛想良く笑った。



「お前、売上の計算とか出来んのかよ?」



「うっせーな、レジくらいやれるっつーの。かけ蕎麦四百円だから簡単だしな」



「料理はどうだ?明日音は結構細かく分量測って作ってるぞ」



 一部に嘘がある。適当なこともある。



「慣れれば簡単だっての!全く、お前らは余計なちゃちゃ入れんな!」



 そんな感じで笑っていると、俺たちの前に珍客が訪れる。珍客といっても、クラスメイトだが。



「おーう、テストどうだったよ」



 そう言って気安く混じってくるのは、遠藤章彦えんどうふみひこ、サッカー部。別名、一年三組のエロ大魔神。通称エロ彦である。



「なんだよエロ彦。珍しくテストの出来なんか気にしやがって」



 雫が皮肉そうに笑い、紬が一歩引いて笑みを浮かべている。



「うっせーぞ男女。男子がエロいのは当たり前なんだよ。男はみんなエロいんだよ。宇宙の法則なの。女にはわかんねぇんだよ、エロスを求める知的探究心って奴がな!」



 なぁ!と俺と裕翔に賛同を求める。適当に笑って流す。



 遠藤章彦は、このクラス、いや、一年全体で頼りにされているエロ兄貴である。彼の兄がコンビニでアルバイトをしているため、本来は買うことができない十八禁の雑誌などを購入できるのだとか。他にも、レンタルビデオ屋に知り合いがいて、これまた密かに十八禁のDVDが借りれるだとか。本人ではなくその周囲が性に関して寛容だというだけだが、彼を介してそういったものが一年に流通しているわけである。その手法は意外にも緻密で、今まで教師にバレたことはない。



「で、エロ大明神がなんのようだよ」



 彼の二つ名は適当にコロコロと変わる。ついでに言うと女子ウケも悪い。流石の内のクラスでも、引かずに話をするのは雫くらいではなかろうか。



「そうそう、ちょっと高瀬に頼みがあるんだよ」



「俺に?」



 彼を利用して何かを得たことはない。



「お前が頼むってのは珍しいな。まあ、どうせいかがわしい事なんだろうけど」



 雫が小さく笑いながら聞く。彼女はそういった男の性質に寛容だが、紬は違うようだ。



「その通りなんだけどな。これさ、ちょっと預かっててくんねえかな?」



 そう言って章彦はくたびれた大きな茶封筒を取り出す、中には何か入っているらしく、それなりの厚さだ。本で言えばハードカバーのお堅い書物が入っていそうなものだが、生憎それは幻想である。

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