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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
九話目
144/159

冬の訪れが恋しい理由



「おっそろしーわね。こーゆーやつが良く小説で犯人だったりするのよ」



「一件、犯人と思えない奴が犯人ってのはよくあるパターンだよな」



「なんで責められてるんですかね……?」



「でも、これで全てが丸く収まった、ってわけだな!」



 茉莉は嬉しそうに言うが、現実はそうでもない。



 まず、菊池昴先輩は敗北を知ってもなんら変わらない。生徒会選挙に関しても、自分が負けたわけではないから、彼が反省をしたという事実もない。



 春風先輩への執着はやんだだろうが、その矛先はまた別の誰かへと向くだけ。それに関しても、俺が少し小言を添えた。



 永峰先輩の今後はもうわからない。今後見かけることがあるのかどうかさえ不明だ。



 丸く収まった、とは言うが、確かに千切れたような傷がある人は確かにいて、自分たちの世界だけが何事もなかったかのように丸く転がっていく。



 少しの変化もあるだろうけれど、決して止まらない丸い世界。



「いいんじゃない、それで。あんたが二年三年の世話までする必要ないわよ」



 風華は俺の心の内を察したのか、そう呟く。



「そうだな。やれることはやった、気がする」



 俺の世界は狭い。風華の広い部屋でパーティをしても収まる程度の人間関係だろう。その中で、大事なものをより分けて、それを大切にしていくことしか俺にはできない。



「あんたはそのままでいるのがあんたらしい」



「小野風華生徒会長の有難いお言葉?」



 俺が言うと、ふふん、と風華は意地悪い目でこちらを見た。



「その通りよ。生徒会では私に絶対服従ね」



 とは言っても、次の生徒会の大きなイベントは三年の受験を祈願しての壮行会のようなものと、卒業式で、準備期間は長くある。



 そこに、雫と紬の間から逃げるように明日音が戻ってきた。足取りは少しふらついている。



「二人共、タフ過ぎるよ……」



 二人というのは雫と裕翔である。



「あいつらは理屈で物を言わないからな」



 数秒前には仲良く話していたと思えば、すぐ喧嘩腰になり、そして喧嘩が始まるかと思った時にはもう別の話題に移っていて、そしてまた楽しく談笑をはじめる。



「あの紬って子は、なかなかやるわね」



 紬は三組でも良識高く、それでいて奴らと波長も合わせられる。教師からすれば宿題をやってくるだけで有難い三組の癒しの一人。



「佐々木くんと渋谷さんは、波長が合うんだろうね……」



「二人共スポーツ馬鹿だしな」



 バレーとバスケット。同じ不満を何かと抱えているのだろう。二人の中は急接近しているように思える。



「私も身体動かすのは好きだぞ?」



「茉莉は馬鹿じゃないからじゃないか」



 そうだな!と、茉莉は嬉しそうに笑った。



「あんたホント子どもの世話上手いわね」



 ああやって他の女を引き込むのよ、と風華が明日音にぼそぼそと喋る。



「変なこと言わないでもらえますかね……」



 明日音は何かを含んだような、困った笑いを見せていた。



「そう言えば、あのスピーチってだいぶアドリブめいたことやってたけど、どこまでがアドリブなの?」



「私もコイツも、九割アドリブよ。コイツに至っては紙もなにも持ってなかったしね」



「アドリブかぁ。凄いな!」



「全くだ。アドリブであそこまでスラスラと嘘を思いつくのは、まさに常日頃の読書量の賜物だよな」



 風華のあの言葉は、思い返して恥ずかしくなったのか、嘘という風華の言葉で、尚更小野風華の黒幕感を募らせた。



 俺の言葉は八割がた本心であるといえたが、突っ込まれると恥ずかしいので風華に話題をそらしているに過ぎない。



「あんた覚えてなさいよ?」



 それによって風華の殺意が増していくことになるのだけれど、まあこの黒幕は優しいので大丈夫だろう。



「やっぱ向いてないな」



 壇上に上がることは久々だった気がする。緊張もしたけれど、やっぱり俺がいる立ち位置は違うのだと思った。



「お疲れ様」



「おー、疲れた疲れた」



 明日音がコップに注ぐお茶は変哲のないペットボトルのお茶であるけれど。



 それこそ、変哲のない俺の日常が戻ってきた。五月蝿い三人のクラスメイトの騒ぐ声を傍目に見て、俺はそう思う。



「もうすぐ、雪が降る季節だねー」



 囁かなパーティが終わり、冷たい風の中を二人で帰る。気温はもうめっきりと下がり、吹きすさぶ風も痛みを伴うかのように鋭く冷たい。



 日照時間が見る目にも減り、街が暗く見える反面、空は夏よりも高く、綺麗なほど青い。



「そうだな。今年はインフルエンザも気をつけなきゃいけない季節が来た」



 流行病にことごとくかかる俺にとって、インフルエンザは正しく強敵とも言える。今までに三度ほどかかっている。予防接種も効果は薄い。



「三年になって、受験の時にかかったら悲惨だね」



「それこそ笑えん……。常に一定の気温の国が羨ましい」



「私は冬も好きだけど」



「明日音は冬じゃなくて炬燵が好きなんだろ」



「夏に炬燵入っても意味ないでしょ?冬が好き、っていうのと炬燵が好き、っていうのは矛盾しない」



 明日音は早く雪が降らないかとばかりに、空を見上げる。



 黒く重い雲からではなく、この青い空から雪が降ればそれはそれは幻想的なのだろうけれど、現実はそうではない。



「また風華みたいなことを……」



 雪が降れば歩きにくいし濡れる。北の豪雪地帯ではないとはいえ、そこまで楽しみにする理由もない。ウィンタースポーツをするならまだしも、俺がやるのはみかんの早食いが関の山だ。



 外出するのに厚着をしなければいけないのも嫌いだ。純粋に重い。



 ところで、と話を変える。



「今年のクリスマスはどうする?」



 俺の言葉に、明日音は素朴な瞳で首を傾げる。



「毎年、家でパーティーじゃないの?」



 クリスマスの日は、毎年奈美さんが腕を振るってパーティーをする。今年は終業式が終わってすぐだ。



「いやまあ、そうだけどさ。じゃあイヴは?」



 クリスマスが本番なのか、それともイヴがメインなのか。何をすると決められたわけではない、よくわからない風習である。



 何かを祝うように食卓は豪華になるが、何を祝うのか知らないし、祝ったことがない。



 メリークリスマス。その意味も分からず俺たちは使う。



 街並みはもうハロウィンからクリスマスへと向かっている。人の流行り廃りは非情ほど早い。



「イブ?予定はないけど。休みに入ってるよね。どこか行きたい?」



「いや、俺はともかく、明日音は行きたいかな、と思ったんだけど。初めてだし」



 今年のクリスマスは、俺たちが恋人になって初めてのクリスマス。



 女子というのは、そういう祝い事に五月蝿い。ちゃんとプレゼントを買えよ?



 そう雫にやたらと説教をされた。



 面倒くせえな、と裕翔が宣うと、だからお前はモテないんだよ、と雫は古傷を容赦なく抉った。



 あの率直さは茉莉とよく似ているが、雫の言い方は悪意的だが的を射ていて言い返せない。茉莉の言い方は悪意がなくて尚更傷つく。



 その会話を聞いていたのか、明日音が小さく微笑む。



 長所と短所は表裏一体だという。俺の長所も短所になるのだろうか。そもそも、俺の長所はなんなのだろうか。



「別にいつもどおりで構わないよ。テレビ見て、勉強して、ゆっくり過ごそう」



 寒さに背中を押されるように早足で歩く人の中を、いつもと変わらないペースで歩く。人よりちょっとゆっくりな歩みを、急かしたことは一度もない。



「何か欲しいものとかないのか?」



 いらないと言われたが、プレゼントくらいはあったほうがいいかもしれない。そんなことを思う。



「いいよ。お返し選ぶのに困るし。私ほら、センスないから」



 未だに一人では衣類を買うことができない明日音は、風華や茉莉、春風先輩と綾瀬先輩にも買い物に付き合ってもらっているらしい。



 冬には見たことのない服が増えた。どれも似合っている。まあ、余り着飾ることはしないので別人のように変わるということはないけれど。



「明日音が欲しいっていうのは、たいてい実用品だからな」



 包丁を往復させるだけで切れ味アップ!特性包丁研ぎ!



 そんなテロップと映像に、『へぇー、凄い』と感心していた姿を覚えている。



「ああいうのって、テレビで見ると凄いな、って思うけど。買おうか、って思うとちょっと胡散臭いよね」



 明日音が笑う。通販の番組の胡散臭さは、確かに拭えない。明日音もよく反応はするが、決して欲しいとは言わない。いつも欲しそうな雰囲気でそれを見てはいるだけだ。



「じゃあ、今年も何時も通り過ごしますか」



「うん。もう今年も終わりだね」



 時の流れというのは実に早いものだ。特に夏が過ぎ去るのは早い気がする。



「まだ期末テストが残ってるけどな。ここでも成績悪かったら容赦しないぞ?」



 う、と明日音が弱気な顔をする。



「頑張ってる、と思う。自分ではだけど……」



 相変わらず、炬燵の魔力に勝てない明日音の勉強効率は良くない。家でやれといっても嫌がるものだから、結果いつもより長い時間俺の家に入り浸ることになる。心配した奈美さんが来て、そのまま母さんが帰ってきてなし崩し的に夕食が開かれるパターンも増えた。



「結果に期待だな」



 明日音も力強く頷き、やる気をアピールする。厚着では動きにくいのか、ややもっさりとした動きになったのがおかしかった。 



「結果次第では罰ゲームもあります」



「罰ゲーム!?」



 突然の罰則に、狼狽える明日音。



「バツは罰ゲームが決まったら考える」



「もー、びっくりした。でもそれだったら、晴彦が点数低くても罰ゲームだからね」



「いいぜ。明日音の罰ゲームほど怖くないものはないからな」



 その言葉に、明日音はやや頬を膨らませる。



「わかった、何か考えておくから」



「考えても無駄だと思うけどー」



「そんなのわからないじゃない?解答欄がずれてるかもしれないし」



「マークシート式じゃないのにそんなことするかよ」



 木枯らしが吹く道を二人で歩く。今年の冬も、暖かすぎず、寒すぎず。相応の寒さにきっと今年もなるのだろう。


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