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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
九話目
142/159

生徒会が不人気な理由Ⅳ



 周囲には、どう見えるのだろうか。カリスマ性というものは、きっと菊池昴元生徒会長に劣るだろう。自信だって、そんなにはないはず。なんとなく言葉にするのなら、やっぱり胡散臭く映るのかもしれない。



「なんかしっくりくるけど、違和感はあるよな」



 茉莉も多方同じ想いなのだろう。あそこにいるのは間違いなく高瀬晴彦である。しかし、私たちの知る高瀬晴彦は、決してあの場所に立ったりはしないのである。



 晴彦は壇上で一礼をして、周囲を見渡した。まるで絶景だと言わんばかりの表情は、明らかに何かを楽しんでいる。



「えー、小野風華の推薦人の高瀬晴彦です」



 声の震えもない。何を話すのか、彼を知っている人はそれを期待さえしている。私もどこか、わくわくしている。




「一年二組の小野風華は、成績が良く、運動神経もよく、教師受けもいい。生徒会長になるのに必要なのが成績であるというのなら、いかなる二年生を差し置いても、きっと彼女が相応しいのでしょう」



 軽いジョークのような言葉は、二年生含め誰も馬鹿にしていない。晴彦がバカにしているのはたった一人。



「しかし、小野風華という人物は、ただそれだけです。成績が良くて、運動神経がよくて。おとなしく問題も起こさないから教師からも信用されてる。ただそれだけの、高校一年生。暇な時間は本を読み、放課後だって図書室に入り浸り、人を寄せ付けず本を読む。きっと家に帰ってからもそう。何か不満でもあるのか、それとも興味がないのか。クラスメイトや友人というものに非積極的で、むしろ人を避けているようにも思えます」



 どうですか、みなさんと晴彦は問う。答える人は誰もいない。



「人間味がないといいますか。どうにも味気ない人物でしょう?クラスは一緒なのに、よく知らない、知れない、近づけない。人が嫌いなわけではないし、たまに弱音を吐きもする。でも、決して大勢の前には出ようとしない」



 彼女の真意を、何をしたいのかを、皆理解できない。晴彦はそう言った。



「俺は違いますが――、俺の周囲も、彼女の知り合いも、彼女に対して同じような不服感を感じていました。小野風華は、十分に学校生活を楽しむだけの素質があるのに。率先して人の前に立つ素質があるのに、彼女はしない。まあ、クラス委員でもやっていれば皆納得したんでしょうけれど」



 不服だと思う気持ち。そうなのだろう。



 本気を出さない人になぜ出さないのかと、問いただしたくなるような部分は確かにある。それを聞かれるのが嫌だったからこそ、風華はあまり人付き合いをしないのだと思い込んでいた節もある。



「そもそも、俺は今回、小野風華を生徒会長にしようなどとは正直思ってもいませんでした。なぜ、と聞かれれば当然一年だからでもあり、彼女も生徒会に興味を抱いていなかったからです。生徒会長に一年でもなれると思ってはいなかったし。生徒会にはなんとしてでも入れる予定でしたが、それにしてもここまで事を大仰にする予定はなかった」



 風華が今更何を、という瞳で晴彦を見つめていた。




「しかし、とあるきっかけで、この引き籠もりをこの壇上に引っ張り出すことができた。というか、そういう話になってしまった。ある人を利用してしまった感じはありますが、そこは利害の一致があったということでご勘弁を」



 晴彦は多分、春風先輩と目を合わせて笑った。



「俺は正直に言えば、彼女が生徒会長になるかどうかなんてどうでもいい。慣れる素質はあるし、なった後だってやるべきことはきちんとやるでしょう。だけど、俺には関係のないこと。推薦人だって、俺がやらなくても十分だ。成ろうと思っているのならなるし、そうでないならそうでなくていい」



 推薦人が、立候補者を非難、というわけではないが、蔑ろにしている。



 それも、わりかし本気で。面白おかしく話してはいるが、これは本気の言い合いだ。私たちに伝えるスピーチではない。風華に伝えるスピーチだ。




「こんな彼女がなぜ、何もしようとしないのか。その力を、能力を、なぜ別のところで生かそうとしないのか。それ以外にも小野風華という人間の謎は多いけれど、それでも風華がそれでいいというんであれば、俺はそれに何も言うつもりはなかった」




 それは優しさなのだろうか。きっと違う。けれど、その気の使い方を優しいと勘違いしている人は多い。



 高瀬晴彦は、決して優しくはないのだ。晴彦は、本人の意思を尊重しているだけ。



 必要だったのは――。



 晴彦の声が、不意に優しくなったような気がした



「きっかけです。正直に言って、生徒会に入れようと思ったのは俺ですが、生徒会長にしようと考えるようになったきっかけは別です。ただ、色んな、本当にいろんな偶然が、本当に都合よく重なって。そして今、彼女がここに居て、俺がここに立っている。俺もその何かに動かされている」



 俺は、そういう考えをよくします。晴彦は笑った。



 長いものには巻かれろ。要するに、その場のノリ、というやつ。



「どうでしょうか。一年はやはり生徒会長に相応しくないでしょうか?その考えを、古いと否定することはしません。正直に言えば、風華が生徒会長になったといっても、何かが劇的に変わるとは思っていません。けれど、何かは変わるかもしれない」



 良い方に、それとも悪い方に。



「変わる時なんだと思いました。この学校がじゃない。俺がでもない。一年二組の、本ばかり読んで腐ってるただの女子生徒が」



 変わるべきなのか。あの、小野風華が。



 二年や三年にはわかるまい。変われと真正面から彼女に言える人間がどれほどいるのか。同学年で、一番優秀な風華に真っ向から異を唱えられる生徒は少ない。



「俺は正直に言って、自分の意見もあまりない、他人の言葉で動く人間です」



 晴彦が自分語りをはじめる。珍しいことだ。



「自分で決めたことは少ない。けれど、そんな俺が信じた人間が、小野風華が変わるべきだと思っている。人任せな判断だと言われるかもしれませんが、俺はそれを信じるだけ」



 確かに、晴彦は自分の意思というより、他人の頼みで動いていることが多い。

ゆえに、晴彦が何を思っているかが今ひとつわかりにくいのだ。




「小野風華を、首輪をつけてでも生徒会長の席に座らせるべきなのです。彼女のために。俺は、そう思います」




 晴彦はそこでマイクから離れ一例をし、何か忘れたように。そしてすぐに戻ってくる。



「ちなみに、俺も普通の生徒会員として表に乗ってます。ついでに丸でもつけてくれると嬉しいです」



 そうして、晴彦のスピーチは終わった。



 拍手はちらほら上がり、そしていつしか大きくなっていた。



「晴彦らしくて、面白かったな」 



「そうだね」



 確かに、とても晴彦らしい言葉だった。どこが、とはいえないが、不可思議で、捉えどころのないところとかはそうだろう。



 晴彦は椅子に戻る際、風華に睨まれたのかやや遠回りをした。風華は不思議な瞳で晴彦を見ていた。怒っているような、諦めているような。優しい表情、に見えないこともないが、やはり何かを睨んでいるだけかもしれない。



「晴彦と風華って、なんだか親友みたいだよな」



「確かに、そう言う感じあるかも」



 風華も晴彦も、どこか変わっていて。その変わっている部分を認め合っているような気がする。




 佐々木くんとの友人関係とも違う。例えるなら仕事での利害関係の繋がりだろうか。



「では、最後に小野風華さん、お願いします」



「はい」



 思ったより力強い声と共に、風華が立ち上がる。立ち上がってなお低い身長。上から押せば潰れてしまうそうなだが、風華はそう簡単に地面に埋もれないことを私も茉莉もよく知っている。



 壇上に立った彼女は、辛うじて首から上が見えている。マイクの首を忌々しそうに下げる姿は、いつもの小野風華だった。




「えー、今回なぜかわからないですか、いつの間にか生徒会長に立候補していた一年二組、小野風華です」



 のっけから、笑っていいのか良くないのか、反応に困る言葉が飛び出した。皆が事情を理解しているわけではないので、戸惑うような声が上がる。




「私は確かに、彼、高瀬晴彦くんに、生徒会に入ってもいいということを仄めかしはしました。しかし、それでこのようなことになるとは、正直私も全く思ってはいない、というわけではなかったのですけど。まさか、私とは全く関係のない別件が絡んでいるという事実は、少しだけ腹立たしいと思わざるを得ませんでした」




 台本があるのかないのか。そもそも、晴彦もなにも見ていなかったような気がする。



 小野風華の生徒会長立候補に別件が絡んでいる。皆は理解できずに首を傾げる。知っているのは料理研究部と晴彦と元生徒会長だけ。



 風華は晴彦に反撃するような口調で続ける。



「私が生徒会長に相応しいかどうかはともかく、当選したら最善を尽くすことだけは確かでしょう。その時は、忠実な部下が必要でもあるので、どうぞ高瀬くんにも丸を書いてあげてください」



 この戦いを受けた風華の瞳は、挑戦的だった。



「さて、先ほど述べられた私の特徴ですが、生憎、十割方そのとおりといってもいいでしょう。私は日頃本ばかり読んでるし、こういった責任のある何か、それこそ部活動にさえ所属することを拒んでいます」



 拒んでいた。その言葉を、はっきりと風華から聞くのは初めてだった。それでも風華は笑顔だった。



「そもそも、私は人と接するのが上手くなかった。いえ、人見知りではないし上手い、というより、好きではなかったのかもしれません。私自身、それはよくわかりません。人が嫌いなのかもしれないし、人と人のつながりが億劫なのかもしれない。深く考えたことはないけれど、一人で読書をしている時間が好きだった」



 そう、風華は一人が好きなのだろうなと思っていた。だけど、私や茉莉といるときも楽しそうだった。あれも本当の風華であると思うのだ。




「良くも悪くも、ああいう奴が友人――と呼んでいいのかわからないけれど、無駄に世話を焼きに来てくれるようになった。他にも、クラスでは普通に話して、休日に遊ぶ友人もできた」



 それでも、と風華は言う。



「どれだけ成績が良くても、他人が何を考えているのかはわからない。だけど、本の中は安全だった。傷つくのは主人公だし、読書好きからは邪道だとも言われるけれど、先に終わりを見てしまうこともできる。現実と違って、本の中は始まりと終わりが明確で、私からしてみればとても楽な世界でした」



 本の世界の住人が自分たちの未来を知ることができるかどうかはわからないけれど。もう決まっている未来を読み進めるように歩くことは簡単なのだろう。




「正直な話、別に生徒会に興味があるわけではないです。ただ、私は人と極力関わらず、私が傷つかず、学校生活を限られた空間で穏便に過ごしたい。それだけでした」



 ですが、と話は続く。



「どうやら、何もしないことは、別に問題を呼ばないわけではないと、先ほど指摘されました」



 薄々は気づいていたのだろう。風華の表情は、決して笑わないが柔らかかった。



「変わるべきなのでしょうか。しかし、私自身に変わる力はないと知っています」



 だから、生徒会長の立候補を取り下げなかった。取り下げなくとも、この場で辞退するといえばそれでカタがつく。



 風華は力強く前を向いた



「自分で変わろうと思いはしませんでした。でも、変われと無闇矢鱈に背中を押してくるおバカな仲間がいます。私は、それに応えてみたい。私が生徒会長になって、私がどう変わるのか。それを、私自身が一番知りたい。今は、そう思っています。一年のみで不躾とは思いますが、よろしくお願いします」



 風華はそうして一礼をする。



 小さかった拍手は、よくわからない熱を帯びて大きなものとなり。それが風華の背を押すかのように風華はステージを降りた。



「うーん、風華にも色々あるんだな」



「そうだね……」



 二組の面々の反応は様々だった。これからどう付き合って行けばいいのか、大半が戸惑っていた。



 何事もなかったかのようにスピーチは終わり、私たち二組のメンツは不思議な気持ちで教室への道を歩む。



 誰もが少なからず感じていた言葉を、直接言われた衝撃がまだ体の芯に残っているような気がした。



「よう」



「疲れたわ……」



「お疲れ様」



 それから教室に戻る途中で、風華と晴彦と合流して歩く。茉莉さえも珍しく気を使ったのか口篭る。



「っていうか、あんた散々言ってくれたわね」



 風華が早速晴彦に突っかかる。



「いい感じにアピールしたろう?」



「なんで普通に言わないのよ。やりにくいったらないわ」



「でもこれで行けるだろ。流石にあそこまでやったらな」



「全く、要らない芝居を打つ羽目になったわ」



 へ、と茉莉が素っ頓狂な声を上げる。



「あれって芝居だったのか?」



「流石にあんな小っ恥ずかしいこと往来で言えるわけないでしょ?」



 あれだけのことをして、風華の表情はいつもと変わらない。むしろ、悪巧みが上手く嵌ったときのような悪い顔をしていた。



「なぁんだ、あれが風華の本音かと思ったのに」



 私が残念そうな声を上げると、晴彦が笑う。



「風華は頭いいから、何が本当なのか上手く煙に巻くぞ」



 そう言った瞬間、肘鉄が晴彦の脇腹に食い込んだ。風華は背が低いのでそう言った急所によく手が届く。力も強いので男子とも渡り合える。



 おおお……。



 呻く晴彦をちらと見つめ、風華は楽しそうに教室への道を歩いていった。



「こわっ……」



 茉莉が本心を言葉にして、私はいつものように笑った。

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