生徒会が不人気な理由Ⅲ
「では、次は生徒会長立候補者のスピーチになります」
司会は淡々と話を進める。
長谷川美紅と町田光陽。どちらも、生徒会を改革しようと思うような人間ばかり。場の空気もアウトローに偏り、正直に言って、菊池昴元生徒会長に勝ち目があるとは思えない。
それでも、彼の瞳には謎の自信が満ちている。それは借り物であるのだと、気づくのはいつのことか。
美紅先輩も、光陽先輩も、自ら何かを積み上げてきた思いがある。しかし、彼にはない。今積み上げても無駄だとおざなりにしてきたものが寂しげに転がっているだけだ。そして、永峰英哉という人もまた、彼が戯れに拾ってきた路傍の石に過ぎないのだろう。
光っていたわけではない。手に馴染んだか、それとも良く水に跳ねそうだったのか。とにかく、使い捨てであることは明白だった。
可哀想な人だ。他の拠り所を見つけられなかったのか。それとも、一人で飛び立つ力もなかったのか。弱い人なのだろう。抱いた感想はそれだけだった。
「では、永峰英哉くんの推薦人、菊池昴元生徒会長から」
はい。
今までにない凛とした声が通った。
先の二人が無法なら、彼は正しくこの学校の元生徒会長なのだ。尊敬できるかは別にして、生徒という形にしてみれば、この人以上に正しい生徒はいないのだろう。悪いことをせず、勤勉で、教師を敬う。
彼はステージに立つと、こちらに軽く礼をした。
「生徒会長というものは、どうでもいいように見えてその実大層な役職だと私は思います。生徒会に入ったことのない人はわかりにくかとも思いますが、歴代の生徒会長から受け継いである歴史を、生徒会は抱えている。それこそ、今までの全ての慣習を作ったのは生徒会とも言えるのです」
なんとも壮大な話だ。
だがしかし、一理あるのかもしれないとも思う。
私たちは、どんなに理不尽なものであれ、それが慣習だと言ってしまえば受け入れてしまう。日本ならではの固定観念を完全に抜け出すにはまだ世代を重ねる必要がある。私が料理をするのも、言ってしまえばその一つ。
「勿論、変えていかなければいけないものもある。しかし、変えてはいけないものもある。変わらないほうがいいものもある。生徒会長に必要なものは、それを慎重に取捨選択することができる能力だと思われます。無闇矢鱈に革新を推し進めるだけでは伝統と歴史が失われていくだけ」
伝統と歴史。
あるのだろう、生徒会にも。この学校の何もかもに。
「私が推薦する永峰くんは、私から見てもおとなしい男子だ。しかし、彼はそういったものを遵守し、しかし彼らのよく友人たちの声を聞くこともできる、柔軟な思考を持っている」
物は言い様だ。
確かに、彼は自らで何かを独裁的に決定する度胸もなければ、過去を一新する何かをやるほどに革新的でもないように見える。一人では何もできないのだ。
間違った事は言ってはいないのだろう。しかし、春風先輩の一件があると思うと、どうも嘘くさいというか、きな臭いというか。ないはずの下心が丸見えで、やはり嫌悪感が湧き上がる。私はもう、彼のことを真っ直ぐに見ることはできないのかもしれない。
「生徒会長に相応しいかという意味では、僕だって相応しかったのかどうかわからない。そんなことを考えることは間違っているのだとさえ思う。しかし、誰もが自由に生徒会長になってもいいというわけではない」
その言葉に、私、そして全生徒は違うけれど、同じような思いを抱いたに違いない。
彼の悪い癖だ。自分を好きすぎるというか、愛しているというか。
もう、永峰英哉の推薦はしていない。彼の言葉は、彼自身をひたすらに賞賛する。
「単純で、難しい役柄です。何もしていないようで、その実全生徒の代表であらねばならないのですから」
そこから先は、聞いても聞かなくても同じような言葉が出てきた。如何に自分が生徒会長として有能だったのか。選ばれるべくして選ばれた生徒会長だったか。永峰英哉にかけたことばといえば、『私が期待する人』という一節のみであった。
言葉が耳を右往左往するうちに、いつの間にかスピーチは終わっていた。
結局わかったことは。
「あいつ、自分の事すげー好きだな」
茉莉が呆れた顔をする。
菊池昴の自分自慢は留まることを知らず、美紅先輩と光陽先輩の時間を足した以上の時間喋っていたように思えた。
「自己愛ってやつなのかも」
「それにしても過ぎるぞ。自分自慢を何分も聞いてたら飽きる」
見苦しい、とまではいかないが、自分に対する愛を語る彼の姿はなんとも滑稽であった。
私も、人から見ればああ見えるのだろうか。愛とは、行き過ぎてもいけないものなのかもしれない。そう思わせる。
手抜きだが盛大な拍手に送り出され、彼は壇上を後にする。満足げな表情が、どこか場違いだった。
「では次に、生徒会長立候補、永峰英哉くん」
はい、というか弱い返事が響いた。
壇上に向かう足取りさえどこか頼りなく、腰巾着、と呼ばれているのも納得の腰の低さである。
こいつが生徒会長になるのか――。
誰もがそう思っただろう。卒業式や入学式で同じ場所に立って挨拶をする姿が想像できない。
永峰英哉という男子は、それはそれはごく普通の、生徒会長に立候補など思いさえしない人間だったのだろう。
しかし、どんな石でも磨けば光る。それだけで生徒会長に相応しいとは決して言えないけれど。
「僕が生徒会長になったのなら――」
先ほどより遥かにつまらない演説が続く。面白くもなく、興味も持てない話。
どれも妙に現実的で、頑張ればまあそのくらいはできそうな気がしないでもない話が箇条書きに脚色を添えられて並べてあるだけの話。
結局、誰一人として惹きつけることもないまま、ただただ無難で、よくできたスピーチを披露しただけで、彼は壇上から降りた。
茉莉は感想を言わず、欠伸を二回した。私もそれに釣られそうになって、慌てて口元を抑えた。
有難うございます。
進行の言葉も実に蛋白に聞こえる。
「それでは、小野風華さんの推薦人、高瀬晴彦くん」
はい、と軽いいつもの声が響いた。
「さて、ついに晴彦の出番だな」
茉莉もどこか楽しそうに見える。
「そうだね」
その表情には緊張の色は見えず、いつもの飄々とした雰囲気が漂っていた。