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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
九話目
140/159

生徒会が不人気な理由Ⅱ


 それでは、と司会が速やかに進行する。



「生徒会書記に立候補する、長谷川美紅さん。お願いします」



 そう呼ばれると、美紅先輩は迷いなく立ち上がり、クラスの皆にウィンクをする。



 いつもは回るように変わる表情も、今ばかりは精悍さを強め、真っ直ぐ前を向いた強い姿勢で壇上に登る。



 壇上には、校長が長い話をするときの一式が揃えられていて、私たちを見下ろすことができる。私はきっと、あの場所にたってこちらを見下ろすことは卒業式までないのだろう。特に羨ましくはないけれど。



 マイクを前にして、ふ、と息を吐いた彼女の表情は、陸上競技会で見たあの表情だった。



「生徒会書記に立候補した、長谷川美紅といいます」



 応えるものはいない。寒さで音がよく伝わる、



「私は前年度生徒会長との知り合いで、去年から生徒会に、言ってしまえば少しズルをして、生徒会という組織に参加していました」



 一年でも入りたいといえば入れるのだろう。ズルかどうかは微妙なところだが、正規の手続きを経ていないことは確かなのだろう。



「そもそも、前生徒会長が心配性だったんです。あと、副会長に立候補した町田光陽くんもそう」



 何かあるのだろうか。いや、何かあるのだろうな。そう思わせる。



 いつものテンポで、面白おかしく。愉快痛快に。



「私は中学時代からこんな性格でした。おしゃべりで、遠慮なしで。思ったこと直ぐ言っちゃって。今だってそうですけどね。学校生活って、楽しくなきゃ損じゃないかって思って、いっつも全力で人を振り回してばかり。落ち着きがなかったんですよね。楽しいものっていうのを、常に落ちてないか探し回っていました。でも、探しても探しても求めてた何かはなくて。結局、私のテンションにドン引きして、皆遠目から私を見るようになった。イジメって訳じゃないですけどね。まあ、距離を取られていたというか。そんな感じ」



 一言で言ってしまえば、『ウザイ』という奴だったのだろう。



 彼女は一息ついて、こちらを見据えた。



「私は、楽しい学校生活を送りたい」



 真摯な言葉だった。



 中学三年間は失敗した。



 高校も、もうあと半分を切った。



 大学はまだわからない。けれど、高校を卒業したら、もう二度と高校生になることはない。



 時間は有限である。彼女は相変わらず、一分一秒を楽しく生きるために必死だ。それはどこか、悲しい姿勢にも見えた。



「でも、私一人が楽しいって思うものを押し付けるだけじゃ、楽しくないってことを知った。皆と楽しいって思って、初めて私も楽しいんだなって思った。生徒会に入ることを勧められたのは、そういうものを作る場所だよ、って言われたから。一年の癖に、かなりの無茶を言ったし、やってきた。二年の時だってそう。でも、皆だって、今みたいにこんな堅苦しいスピーチを聞くだけのイベントをさ、毎回やりたくないでしょ?楽しくないでしょ、こういうの」



 詰まらないのだ。皆、確かにそう思っている。興味がない。どうでもいい。



「私は、どんなことも面白くしたい。学校がどうこうじゃなく、この先が、この後がどうこうじゃなく、今を楽しみたい。それは別に、言っちゃえば生徒会じゃなくてもいいんだけど。この場所は私の尊敬する先輩が便宜を図って招いてくれた場所だから、私は最後までこの場所で楽しいことを探していきたい。でもさ、生徒会長とか柄じゃないし。つーか皆もわかるっしょ?ぶっちゃけ無理。副会長とかいう小っ恥ずかしいポジションも無理。でも、三年の癖に雑用係ってのはちょっと癪でしょ?だから書記。実際に書記の役割を果たすかといえば微妙なところだけどね」



 二年から小さな笑いが起きる。



 温かい気持ちが芽生えるようだ。巫山戯ている言葉遣いだけど、決して巫山戯ているわけではない。



 彼女は今まさに、持ち前の明るさで、つまらないと皆が思う生徒会選挙を楽しもうとしている。



 誰一人として考えても見なかっただろう。生徒会選挙を楽しもうなどとは。始業式や終業式のような、恒例行事にしか過ぎない。



「今年はね、面白いことが起きたよ。一年が生徒会長に立候補してくれた。今までにないことだけど、だけど、一年だというだけで彼女の言葉を否定しないで欲しいとは思う。あ、別に贔屓してるとかじゃないよ?」



 これは春風先輩のことを心配しての布石なのだろうか。いや、そんな卑怯なことはしないだろう。



 風華は相変わらず冷えた目で壇上を見つめている。晴彦も意外そうだが、楽しそうに先輩の話を聞いていた。



 逆に菊池先輩は不快そうだ。彼からしたら理解不能な人間の一人だろう。



「生徒会にそんな大層な権利はないけどさ。なんかこういうのがあったらいいなとか言われたら、先生方と話し合って考えてみるしさ。ただ、毎年恒例のイベントの、準備をするだけの委員会じゃないんだぞってさ。仮にも生徒会なんて大層な名前持ってるんだからね。有効活用しなきゃいけないと思うわけです。無論、できないことはあるよ。でも、努力はする。つーわけで、私のとこに丸つけんの、忘れないで下さい!」



 最後に深く一礼をし、長谷川美紅先輩のスピーチは終りを迎える。



 二年女子から始まった拍手は、二年男子、一年、三年と移っていく。



 調子に乗って投げキッスを連発する美紅先輩に、



「そこの痴女は早く戻ってください」



 と冷静な司会が更に追い討ちをかける。



 遠くで春風部長が、『痴女仲間ですね!』と静かになる前に言葉にしていたのが印象的だ。結構大きな声で響いた。どうせ雨宮先輩をからかっているのだろう。



 どうでもいい話だが、今まで自分がからかわれてきた立場にいた春風先輩は、雨宮先輩が同じところに落ちたのが非常に嬉しいらしく、事あるごとに弄っている。



『痛いです!』という声が小さく響いた。ちなみに、雨宮先輩と春風先輩は同じクラスで、五十音順に並んでも、身長順に並んでも近いので、逃げることはできない。萌々香先輩が呆れているだろう。



 十分に拍手の雨を浴びたところで、美紅先輩は席に戻った。



 晴彦と何かアイコンタクトを交わしているように思えたが、一瞬過ぎてよくわからなかった。



「では次、生徒会副会長に立候補、町田光陽くん」



 はい、と落ち着いた声で壇上に登るのは、いつも美紅先輩の横にいる冴えない男子。しかし、意外なことにトークスキルが高く、会話の話題も多彩であるとか。正直、先輩から聞いた話ばかりで、光陽先輩に関してはさほど思い入れもない。



 先輩はまた訪れた静寂の中、とても気だるげな声で話し始めた。



「えー。生徒会副会長に立候補しないと殺すぞってさっきの痴女に脅された町田光陽です」



 開口一番から、男子が笑い出す。



 この二人の夫婦漫才は二年でも有名で、なにげに光陽先輩のところに美紅先輩が毎回通っては喧嘩をして帰るというのが日常らしい。



「そもそも、俺は当初生徒会に入る予定ではありませんでした。正直に言うと怠かったし、美紅のような、学校を楽しもうという気概も俺にはなかった。どちらかといえばそっちに座っているはずの人間です」



 美紅先輩とは違い、暗く、現実めいた空気。それゆえに、皆理解を示すことができているように思えた。美紅先輩の先では受け入れられなかった言葉だ。



「そんな俺がなぜ生徒会にいて、なぜ今回副会長に立候補した、いえ、させられたのか。まあ、八割がたさっき美紅が理由は言いました」



 三年で雑務はなんだか嫌だから。



 しかし、自分が書記で、彼氏を副会長に指定するあたり、美紅先輩は意外と尽くす派なのかもしれない。



「生徒会長という手段もありはしましたが、まあ普通の人間には役不足ということで」



 それはきっと、生徒会長が菊池昴であったということへの、囁かな反抗なのかもしれない。



 彼女は性格上、彼にさんざんお小言を言われたはず。それを彼氏である彼が良く思っているはずはないのだ。



「元々雑務だったし、副会長というのは実質、雑用のトップじゃないですか。今までの仕事と、やることはなんら変わりない。正直、生徒会に残らなくとも良かったような気はしますが」



 でもまあ、と彼は気だるげに続ける。



「見ちゃったものを見なかったことにするのは心苦しいし、毒を食らわば皿までという言葉もある。なにより、一度始めたものを最後までやり遂げないのは男らしくない、と苦言を呈されまして」



 皆が小さな声で笑っている。誰がその言葉を言ったのかはもうわかりきっている。



「男らしいかどうかはともかく、まあ、必要とされるならやろうということです。何ができるのかは、あまり良くわかりませんが」



 力なく、面倒くさそうに、しかし楽しそうに、彼は言った。



 彼にとって、生徒会にいるということはあまり重大ではないような気がした。しかし、ならばなぜそこにいるのか、などという愚かな質問をするのは、菊池昴元生徒会長くらいだろう。



 彼はまた、別の理由からその場所を選んだ。



「俺が言いたいのはこれだけ。あんまり立派な理由じゃないけれど、やるからにはきっちりとやる。以上です」



 町田光陽先輩のスピーチは簡潔に終わった。生徒会に関しての言及はなく、やる気も感じられなかった。しかし、正当でなくとも、彼が生徒会にかける思いというのは、少なからずあるのだということ。



 長谷川美紅の願望を叶えるために、彼はそこに立っている。



 無味乾燥な拍手に送られ、先輩は壇上を降りる。恥ずかしかったのか、その足取りは小走りだった。

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