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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
九話目
138/159

急接近が気にならない理由Ⅳ

 教室で別れて、そのまま図書室へと向かう。



 当然のように、風華もそこにいた。選挙の打ち合わせをしている、と思いきや。



「いやだからー、これがドラマではな?」



「何がドラマよ。無駄に恋愛色を入れるからストーリーが軟派になるの。大筋に

絡んでこないんだから、女優は不必要なのよ」



 どうやら何かの本について熱く議論をしている。そう言えば、冬のドラマが面白そうだから、原作を読もうかなどと言っていた。



 晴彦は純粋な作り物ではなく、何かと何かを比較させて新たな展開を楽しむのが好きなのだ。だから、原作があれば原作を見るし、スピンオフ作品なら元の作品から見始める。



 結果的に、それを見終わらずドラマを見逃したということも過去に多々ある。決して急いだりはしないし、見逃してもちっとも悔しそうに見えないのが晴彦らしい。



 それに比べ風華は原作至上主義。あとから作られたものは余程原作に忠実に作りこまれていない限り見ようともしない。時間の枠があるドラマや映画で、風華のお気に召すものは未だかつてない。



「いやいや、それはあるけど、この主役の人がまあ主人公の雰囲気をよくだしてるんだって!」



 いいものは評価する晴彦と、よかろうがなんだろうが人が演じていると滑稽に見える風華の議論は尽きることがなく、かと言って打ち解けることもない。



「生徒会選挙はもういいの?」



 私が図書室に入ったことにも気がつかないで、二人は会話を交わしていた。そもそも誰も入ってこないだろうという哀しい予感があるのか、この部屋は風華が私物化している。本の並び順も、風華のお気に入りの作家が手前に来て、嫌いな作家が奥へと陳列され直している。



 二人は私を見て、議論は終わりだという風に息を吐く。



「あんなのは一回スピーチして終わりでしょ」



「そそ。別に優劣を競うもんじゃないし、適当でいいんだよ」



 この二人の適当という言葉は実にあてにならない。使い方は適当だが、『正しく適している』という意味に近しいのだ。『適している上に正しい』でもいい。



 天才というものがどういうものか、私にはピンと来ない。ただ、やはり二人は何かが違う。この普通は寄り付かない図書室で、二人は静けさを恐れずに大声で話し込んでいる。晴彦が天才かどうかは疑問が残るけれど、変わり者であることは確かだ。



「ほら、待ち人も来たことだし、帰るわよ」



 どうやら風華も帰宅するらしく、図書室の暖房と、窓の施錠をする。手馴れたものだ。三人で職員室に鍵を返しに行くと、一年の先生から生徒会選挙についてのお言葉をもらった。



「小野は確かに、どこか浮ついてたからな。生徒会長の椅子にでも座ったほうが落ち着くだろ?」



「生徒会長の椅子って、他の椅子より豪華なんですか?」



 風華はともかく、晴彦も教師間では有名だ。三組では唯一のおとなしい生徒であるし、荒くれ者をまとめているような印象を教師は得るのかもしれない。



 好印象を得たように教師は笑う。



「ただのパイプ椅子だよ」



「座り心地はよくなさそうですね」



 風華が冗談を言うのは、今では珍しくない。教師の間違いを面白おかしく指摘することさえある。



 私は教師とはあまり話さない。どことなく怖い印象は拭えないし、やはり人見知りなのだろうと思う瞬間でもある。



 教師も私と晴彦が付き合っているという話は聞いているようだが、特になにも言ってはこない。お小言をもらう所以もない。



 気をつけて帰れよ、という定番の挨拶を貰って帰る。職員室机には書類の山。パソコンには何かの表に数字が埋め尽くされている。教師も教師で大変そうだ。



 部活動をする生徒はもう殆どが帰り支度を始めていて、野球部の外にある部室が騒がしい音を放っていた。部長が鍵を持ち帰っていいらしく、夜遅くまで屯するのが問題になっている。



 音の少ない昇降口を出ると、直ぐに冷たい風が吹く。



「秋ね」



 風華の瞳には、どうやら秋が見えるらしい。いや、確かに暦的にも秋なのだけれど、私には冷たい風と景色が映るだけだ。



「風華の秋はなんの秋?」



「私の秋に種類はないし、私はいつだって本を読む以上のことはしないわ」



「三百六十五日読書の季節か。まあ、本を読めない日っていうのはよほど忙しい日でない限りないもんな」



 季節を感じはするけれど、風華にとってそれは読書の風景が変わるというだけのことだ。



「私は秋の味覚しか興味ないなぁ」



 松茸というものをいつか豪勢に買ってみたいが、中々に頼みづらいものである。



「食欲の秋っても、作る方だものね明日音は」



 風華は皆みたいに惚気がどうこうとはあまり言わない。



 で、あんたは。風華がぞんざいな様子で晴彦を見る。



「なんだろうな。別に秋に拘りはないな、俺は。なんつーか、半端な季節は好きじゃないんだ」



 晴彦は暑い時に涼しい場所に行くことや、寒い時暖かい場所に入ることが好きだ。



「風邪も引くしね」



 晴彦は今年のノルマをもう二回もこなした。やはり春と秋に体調を崩す。



「なんなんだろうな、あれ。体調には気をつけてるんだけどな……」



 晴彦は体調管理には五月蝿い。



 夜ふかしもしないし寝坊もしない。食生活だって気にしていてカップ麺やコンビニ弁当は滅多に食べない。身体だって虚弱体質なわけではない。



「人間何をしてても無駄なものは無駄なものよ。それに、その歳で健康志向過ぎるのもどうかと思うわ」



 他愛もないハズの会話も、なぜか風華があると重みがあるように感じるのが面白い。



「風華は違うの?家は結構厳しそうな感じだけど」



 地主か何かの娘なのかは未だによくわかっていないが、彼女が名家の娘であることにかわりない。



「多少五月蝿い時はあるけど、別に何も言われはしないわよ。朝まで本読んでても次の日が休みなら何も言われないわ」



「成績が良ければ問題なしってか」



 晴彦はそう言うが、風華は食事の作法もきっちりとしている。箸を持つ仕草、一つ一つのものを食べる作法まで、風華はきっちりと良家の娘としてこなすことをこなしている。



 それを晴彦が知っているのかどうか。知っていてあえてそういう発言をしているのかどうか。私には、この二人の繋がりが見えない。



「まあね。でも、流石にあの部屋は不気味だってことで、多少模様替えを強要されたわ」



 恋人のようではない。しかし、上辺ではないなにか大切な一部をお互い理解しあえる間柄。親友という言葉よりもどこか深いその間柄を表す言葉は、日本語では同胞、とでも言うのだろうか。



 男女間に友情は芽生えないという人がいる。まあ、確かにこの二人の間にあるものは友情ではないし、恋愛感情でもない。どちらかというと、同僚というか、相手の能力を認め合った仲、といえばいいだろうか。



 親友と同じで、複雑怪奇な間柄なのだ。嫉妬するのも馬鹿らしい。最近はそう思う。



 木枯らしに吹かれて風華、晴彦、私と並んで歩く。会話にはあまり混ざれないけれど、不思議と疎外感はない。



「じゃ、また明日」



 風華との分岐路は意外と早い。素っ気ない挨拶を交わすだけ。風華は決して振り返らない。名残惜しいように振り返ったりはしないし、別れてもなお携帯端末で繋がりを求めない。



「……あっさり醤油味」



 例えるのなら、そんな感じ。シンプルだけど美味しい。きっと具だくさんなのだろう。



「なんだ?今日はラーメン?」



 晴彦が何気ない顔で聞き返してくる。確かに、あっさり醤油と聞けばラーメンだろう。



「違うけど」



 なんだよ、と毒気を抜かれた顔をする。晴彦はなんだろう。



「……晴彦はさ、私にして欲しいこととかある?」



「夕飯の話か?」



 そうじゃなくて、というも、あまり晴彦にはピンと来ないようだ。



「なんかもっと、別なこと」



 自分でもそれがなんなのかよくわからない。



「つっても、洗濯掃除炊飯までやらせて、他に何かしてくれとは流石に言えないだろ」



 そういうものか。私にとってはそれはもう日常の一部であり、晴彦といるための要素の一つである。特別なものでは決してない。



 お、いいこと考えた。晴彦はそう口にする。



「何もしないでくれってのはどうだ?」



 何もしない。それは一体どういうことだろう。



 と言っても、弁当がなくなるのは俺も困るし、と晴彦は唸る。



「よし、じゃあ冬休みの期間、明日音は家事をしないことな」



「してほしいことがしないこと、っていうのは、矛盾してない?」



「してないだろ。明日音は働き過ぎなんだよ。年末くらいはゆっくりしろ」



 離れているのか、近づいているのか。



 人との距離はいつだって曖昧で、それに私は戸惑ってばかり。けれど、遠ざかったとしても、晴彦はいつだって私が見えるところに言えてくれるし、晴彦も私を見ている。



「じゃあ、お言葉に甘えて年末はだらだらしようかな」



「あまりだらけると太るぞ」



 私はじとりと晴彦を睨む。体重管理は女子の必須技能だ。


 年の瀬が今から楽しみで。早く雪が振ればいいのに。弾む足取りが、雪に沈む季節を思った。

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