急接近が気にならない理由Ⅲ
「付き合ってれば自然となるって。それより私は明日音がまだなことに驚きだね。毎日二人で遅くまでいることもあるんだろ?チャンスなんて一杯あるじゃない」
それは私への言葉か、それとも晴彦への言葉か。
確かに、皆とは違い、私が恋人と一緒にいる時間は長いし、相手の家の中にも無断で侵入できる。
「いやその、色々接触したりはあるんですけど……。どうも、そんな雰囲気にならないというか」
「エロい雰囲気にならないってこと?」
「まあ、そうですね。萌々香先輩張りのボディがあればどうとでもなるかもしれませんけど……」
「つーか、萌々香また胸デカくなった?」
皆の視線が私から萌々香先輩のたわわに実った両胸に行く。
あれはどうなっているのだろう。同じ女子の私にも理解できない質量だ。
「聞いてください!ブラのサイズがついにEですよE!揉みます?」
なぜか春風部長が息巻いていう。一緒に下着を選びにでも行ったのだろうか。
萌々香部長の胸はもう歩くだけで揺れ、それはもうそこにあるだけでエッチなものである。
私の身体が貧相とは言わないが、こうも格の違いを見せ付けられると少し卑屈になりもするだろう。
何かを諦めた表情で、萌々香先輩は胸を揉ませている。
うわ、柔らか!何この触り心地!
「凄いでしょう!?」
「なんで春風の方が自慢げなんだよ……」
「というより、私の意を無視して胸を揉むのはどうかと思うが……」
「いいじゃん、減るもんでもなし!もう少しだけでかくなるかもよ?」
「これ以上はいい……。肩も凝るし、下着もいいのがないんだ。いいことばかりじゃない」
「いいこともあるとは思ってはいるんだ?」
「無いなんていったら怒るだろうが!」
「ほら、明日音も揉んどきな!」
並んでもないのに私の順番が回ってくる。目の前にはメロンのような大きな二つの脂肪の塊。
女からすれば見慣れたもの。なぜこれが性的興奮を起こすのか、私には不可思議でもある。エッチなものであるという常識があるからこそ、そういう視線でみるけれど。
とはいえ、他人の胸など揉んだことがない。姉さんの胸もでかいが、触れたことはない。
「や、やわらかい……」
ブラジャーの上からでもわかる柔らかさ。弾力と指が包まれる感覚は未知のものだ。
「あ、あの……」
イチかバチかでお願いをしてみる。
「なんだ?」
萌々香先輩は疲れたような顔をしていた。
「ブラ、外してもらえ……痛い!先輩痛い!」
先輩が私の頭をげんこつで挟み、捻るように激痛を与えてくる。皆は爆笑していた。
「で、何の話だったか」
一通り部員に胸を揉ませ、明らかに疲労感を募らせた先輩が仕切り直す。皆、手の上に変な感触が残っているのだろう、手をどうしたらいいのか分からずにわきわきとしている。
「明日音がどうやったら晴彦くんを誘惑できるか」
「そ、そんな話でしたっけ」
私も何を話したいのか、実のところよくわかってない。ただ、晴彦に年相応の男子らしさがないのは確かに少し不安でもある。
色仕掛けしかないだとか、急がないほうがいいだとか、意見は色々ある。しかし、どれも今ひとつピンと来ない。
「そもそも、明日音ちゃんは晴彦くんと『そう』なりたいんですか?」
意外と下ネタに順応力のあった春風先輩が私の真意を尋ねる。
「……どうなんでしょう?自分でもよくわかりません」
でも、と思う。
「なんだか最近、その、物理的な距離が近くて。その、やっぱり晴彦も意識していたりするのかな、と思うけれど、本人はそんな感じ一切なくて」
でもでも、と話は続く。心の内を全て曝け出すように。そんなことが、この場所では出来る。
「雨宮先輩の話を聞いて、やっぱり男子は、その、そういうことしたいのかなって」
「つまり原因はあまみーがやらしいから?」
「私はやらしくないわよ」
雨宮先輩がため息混じりに語る。
思えば、先輩も話したくないことをバラされ、萌々香先輩は胸を揉みしだかれると、二人共中々の被害を受けている。
「私思うんですけど、晴彦くんって明日音ちゃんをからかって楽しんでることはありますけど、本当に嫌なことはしないですよね」
「まあ、そうじゃなきゃこんなに円満にはいかないでしょ」
皆、それはどこか当然というような視線を交わす。
「じゃあ、明日音ちゃんはまだ、そういうことを望んでないんですよ。晴彦くんはそれがわかるからしない。それだけの話だと思いますけどね」
この発言もまた、なるほど、と皆を唸らせる。実に単純な話だ。
「でも、内心では思ってるかもしれないってこと?」
う、と春風先輩は口篭る。
「そりゃあ晴彦くんも男子ですし、本当はそう思ってるかもしれないですけど……」
そこまで議論をしてストップ、と歯止めをかけるのは雨宮先輩。
「憶測はそこまでにしましょ。予想できるのは春風の言い分までが関の山よ。それに、経験するのが悪いとかいいとか、そういう話でもないでしょ。私も流石にそこまで突っ込まれたくないわ」
ま、そうだね。
皆も賛同する。
「そうですね。少し甘えすぎました」
迷うということは少なくとも私はまだそれを受け入れられないと思っているということ。それは確かに事実で、また同時にそれを期待しているような気もするのも事実。
「萌々香先輩の胸を揉めたからいいって」
「あー、私も彼氏ほしーい」
「文化祭はちょっとこっちに力入れすぎましたし」
一年の皆も、笑ってくれる。
料理研究部の皆は、どうやら文化祭では相手を見つけることをしなかったようだ。
「一年はまだ普通の男子がいるだけいいじゃん。クラス替えもあるし」
「そうそう。二年なんて馬鹿と阿呆しかいないんだからね。優良物件は売約済のがほとんどだしね」
部活が終わりを迎える。時間もいい時間だった。皆立ち上がる。
今日は晴彦も残っている。多分、図書室にいる。
「お疲れ様でした」
「はい、お疲れ様ー」
家庭科室の施錠を任せ、一年の皆と教室に戻る。
「部長はああいったけど、私実はさ、晴彦くんって何を考えてるのかいまいちわからないんだよね」
そう答えるのは、一年三組、つまり晴彦とクラスメイトの水谷柚さん。
彼女は悪口じゃないよ、と慌てて言う。
あー、わかるかも。他の皆も同じ意見のようだ。
「なんていうのかなー。ほら、個性の強い人たちが周りにいるから、っていうのもあるけど。何かをしたいって自発的に動くタイプじゃないんだと思ってた」
だから、生徒会の話は結構驚いたよ、と水谷さんは言う。
「確かに、そうかも……」
私は今まで、晴彦がそうしたいのだと思っていた。でも、それが私の何かを読み取った上での気遣いだったらとしたらどうだろう。
なら、晴彦は何を思っているのだろう。何をしたいのだろう。何が、本当の晴彦なのだろう。
「それが晴彦くんらしいっていうところもあるんだけどね」
つまり、私に合わせている晴彦が、晴彦らしいということなのだろうか。