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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
九話目
133/159

テストの点が下がる理由Ⅱ



「べ、勉強は?」



 明日音が場所をあけながら聞く。



「勿論やりますけれど?まずは徹底的に復習するからな」



「うう……。集中できないかも」



「なんでだよ?」



「近すぎなの!」



「俺はこっちのほうが集中できるけど」



 一人でもいいが、明日音の傍はやっぱり特別だ。記憶に残るというか、落ち着くというか。



 明日音の体温は暖かいし、いつだっていい匂いがする。長くなった髪の毛もさらさらとして触り心地はいい。



「明日音は抱き心地がいいんだよなぁ」



「なにそれ……。早く勉強しよう」



 珍しくそそくさと逃げるように明日音が机に向かう。



 これは昔の明日音の姿と似ている。



 直球的な行為を受け取るのに、明日音は慣れていないのだと思う。俺たちの関係が長らく発展しなかった原因の一つでもある。



 俺も俺で、この明日音の正確に付き合って、だいぶ遠回り的なことをしてきたように思えた。



 しかしもう、以前のようにはいかない。



「間違ったらチューするからな」



「どうして!?」



「罰ゲーム。それとも当たったらご褒美のキスのほうがいいか?」



 触れたい、と思うのは男として当然の変化だろう。だから俺はためらいもなくその欲求に似た何かを明日音にぶつける。



「ど、どっちでもいいから!早く始めよう!」



 明日音はもう耐えられないという様子でペンを握る。顔は真っ赤だ。面白い。



「ほいほい。じゃあ間違っても正解してもチューな」



 少し欲望に忠実すぎるだろうか。時たま迷うことがある。ガツガツしすぎると嫌われるかもしれない。



 だけど、自分の気持ちに正直なことは、決して間違いではないと思う。



「……それってもう晴彦がしたいだけなんじゃ?」



「明日音はしたくない?」



 嫌なら、無理にはしない。



「……べ、別にいいけど。勉強にならなくない?」



「そうか?」



「晴彦は妙に器用だからいいけど……」



「まあ、その分ゆっくりやろうぜ」



 テストの点数が下がる理由は、どうやらイベントの忙しさだけではないような気もしてきた。



 さて、そしてXデーがやってくる。



「で?何か言い訳はあるのかしら?」



 それから更に時間は過ぎて。十月末、放課後の図書室。



 俺と明日音が風華に呼び出され、俺は何故か、という心当たりがないでもないが正座をさせられていた。



 奇しくも、今日の話題は一つ。



『一年の、しかも女が生徒会長に立候補した』というもののみ。



「生徒会に入るのはいいって言ったじゃないか」



 図書室の床は絨毯敷きで、正座をしてもあまり辛くはないのが救いだ。教室にはまだ入っていない暖房が若干ついていて、この部屋は暖かい。



 明日音は心配そうな瞳で椅子に腰掛けている。



 滅多に人のこないのをいいことに図書館を私物化している風華は、正しく図書館の主に相応しい威厳を保っていた。




 風華は常に無表情で、傍から見れば怖い顔をしているけれど、馬鹿にすることはあっても滅多に怒らない。



「確かにいいはしたわ。けど、生徒会長に立候補するって言った覚えはないのだけれど?」



「そうだけど、広義な意味で見れば生徒会に入るのも生徒会長になるのも同じことじゃあないか?」



「そうとも言えるわね。屁理屈だけど」



 確かに屁理屈である。そこは認めよう。



「えっと、一つ発言してもいいでしょうか……?」



 明日音がおずおずと手を上げる。



「無駄な発言だったらわかってるわよね?」



 その眼光に明日音も多少怯える。



 なりは小さくとも、その知性的な凶暴性は計り知れないからだ。



「ええとですね、文化祭の時にこんなことがありまして」



 明日音はほそぼそとした声で、しかし要領よく、風華が生徒会長に立候補した、というかさせられた経緯を説明した。



「ふぅん。文化祭でそんなことが」



 風華の表情も多少和らいだかのように思うが、それは間違いだ。



「そうなの。だから、先輩のためにね――」



「勝手に人の名前で喧嘩買わないでくれない?」



 正当な批判だ。その言葉に、明日音も怯んだように身をすくめた。



「あなたたちの喧嘩なんだから、当事者と関係者で解決するのが筋ってものじゃないの?」



 全くだ。明日音も沈黙する。



 さて、悪いのは完全にこちらなのであるけれど、この状態からなんとか風華を納得させなければならない。



「ん?」



 と、すぐ思い直す。



「何よ?」



 いや、と応える。



 そもそも、風華は何に怒っているのだ。生徒会長に立候補したこと?いや違う。



『勝手に』生徒会長に立候補したこと、だ。なんとなくではあるけれど、別段生徒会長になることに関しては怒っていないような気がする。というより、その程度で怒るとは思えないのだ。ため息はつかれるかもしれないけれど。



 思い違いをしていた。



 小野風華は、この生徒会長程度の重責で怒る人間ではない。



 まあ、とどのつまり、事前に話さえすればこの正座はなかったのかもしれない。いや、かもしれないの域を出ない話ではある。



「確かに、勝手に生徒会長に立候補になったことは悪いとは思う」



 俺が言葉にすると、風華は不機嫌そうな顔を俺に向ける。



 不機嫌な顔というのは、まあ誰がしても怖いものだけれど。風華に関しては、理屈が通じる上に情に弱いので、まだ説得の余地はある。明日音はたまに理屈が通じない時もあるし。

 


「本当に悪いと思ってるの?」



 風華が俺に尋ねる。イエスと答えようとして、また間違う。



 理屈が通じる風華に理屈で答えるのは愚かだ。なぜなら、俺は彼女を理解していたじゃないか。風華は裕翔や茉莉のような、直感型馬鹿には優しいのだ。



 つまり、俺の最善策は、風華より賢くなることではない。



「いいや。正直に言うと全く悪いとは思ってない」



 馬鹿になることである。



 風華が意味がわからないというような顔を付きをし、そして明日音は混乱したかのように視線を泳がせた。



 とは言うのものの、急に馬鹿になるというのもまた難しい話。だからとりあえず、バカ正直になってみることに。後の事は知らない、考えない。



「そもそも、風華がこんなとこでうじうじしてるのが悪い」



「は?」



 話についていけず、風華が難しい顔を崩す。



「明日音や他の皆も心配してたぞ。風華は頭いいし運動もできるのに、何もやろうとしないからクラスから浮いてるって」



 陸上競技会も、文化祭もそう。



 小野風華は、その存在を隠していた。それに皆、不満を募らせていた。



 今の一年は、特に何の個性もない。個性的な二年に比べると大人しく、三年に比べるとやや子ども。そんな一年の中で、唯一『出る釘』のようなものが小野風華なのである。



 打たれる度胸のない者、出る程の素質がない者を置き去りにするかのように小野風華という人物は一年の中で異彩を放っているのである。



「明日音だけじゃない。皆不思議に思ってる。なんで風華は何もしないんだろうって」 



 言葉にはしないだろう。その不信感が、風華を一年の輪から遠ざけている。



「それは――」



 風華が言葉を千切る。個人的な問題だったのかもしれない。しかし、俺を含む皆、思っているのだ。



『小野風華は、なぜ本気を出さないのだろう』



「だから生徒会に誘った。本音を言えば、来年辺りに無理やり生徒会長を押し付ける予定だった。だって風華にはそれが似合ってると思った」



 勝手な憶測である。



 俺は小野風華が生徒会長足り得ると思っている。その重圧を受けて、不敵に笑ってとんでもないことをやらかすのだ。



「事前に言わなかったのは、正直に言えば風華が怒ると思ったからだし、正直勝手に事を勧めて滅茶苦茶ビビってたというのもある」



 もうその時には、風華の怒気のような不機嫌な感覚はどこかへいき、茉莉や裕翔を相手にしているかのような徒労感が見て取れた。



「だが、ある意味善意でやったことだということは覚えておいて欲しい」



「もういいわ……。どうせ何言っても反省も何もしないんでしょうし」



 風華は呆れたように俺を見た。図書室のカウンターの背もたれに、小さな背が反る。



「そんなことはないぞ。これからはちゃんと直前に報告を入れる」



「事前に、ではなく直前に、という言葉選びに悪意を感じるわね」



 さすが一年きっての頭脳の持ち主。抜け目無い。



 風華はそれっきり、いつもの気だるげな視線を明日音に向けた。



「どうせ私のことをこの馬鹿に相談したのは明日音でしょ?晴彦が私のことを心配するはずがないもの」



「そ、そんなことないよ。晴彦も晴彦なりに明日音のことを心配してたよ」



「明日音の嘘はわかりやすいわね」



 同意を求める風華に、俺は足を崩して応える。



「そうだな。そんなんじゃ浮気しても一発で分かるぞ」



「う、浮気なんてしないもん!」



 何故か俺と風華に責められ、窮地に陥る明日音。



「面倒だから流すけど。晴彦が私の心配なんてするわけがないわ」 



「まあ、風華を心配なんて何様って感じだしな」



「そ、それは確かにわかる気もしないでもないけど……」



「そもそも、私は別に友達なんていなくたって普通に暮らしていけるのよ。寂しくもないし、悔しくもない。特になにも思わないし、考えない」



 その気持ちはわからないでもない。俺も、明日音がいればどんな人とでも上手くやっていける自信はある。 



 生きていくのに他人を必要としない強さ。それは風華のように、圧倒的な学力や知力、または他の何かに繋がる。それが何を生むかどうかはまた別の話で、良いか悪いかも全然異なるのだけれど。


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