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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
九話目
132/159

テストの点が下がる理由



 十月半ば、二学期最初のテストが返却された頃。



 二年は修学旅行に色めき、三年は目前に控えた大学受験の壁の高さに改めて気づく。



 大学受験が高校受験とどう違うのか、未だ良くは分かっていない。三年性も良くは理解していないのかもしれなかった。



 しかし、あたかもその行き先が人生を決めるかのように、三年の教室からは気迫のような緊張感が張り詰めている。



 その重圧は未体験なれど、落ちるショックは俺も明日音も体験済みだ。確かに衝撃ではあったけれど、心のどこかでやっぱりな、と思う自分も確かに居た。



 大学受験もきっと、高校受験とやり方は同じなのだろう。詰まるところ、やることは勉強しかない。



「で?明日音さん、これは何かな?」



 生徒会選挙の問題はあれど、それ以前に超えるべき壁は中間テストである。



 イベントが重なる二学期だからこそ、教師も中間テストだけは割と甘めに問題を作ってくれるのだけれど。



 俺の家のいつもの居間で、明日音は申し訳なさそうに正座している。



 変わったことといえば、こたつを出したくらいだ。



「返すお言葉もありません……」



 深く反省するは早川明日音。しゅんとした態度からは、大いなる反省が伺える。



「確かに、二学期は忙しいけど、これはちょっとなぁ」



 テストは大抵、二人で比べあって復習をするのだけれど。今回は明日音の点数が酷かった。



 六十点を切っているものはないにしても、最高で七十八点。全教科合わせて平均で六十六点である。



 これは一年二組の平均点から言っても下位の方であり、学年全体では半ばほどでは、決して悪いわけではないのだけれど。



「文化祭とか、ちょっと勉強時間を削っちゃったし」



「問題はそれだけじゃないよな」



 それを言うと、う、と明日音は言葉を失う。



「だってー、炬燵気持ちいいんだもん!」



 早川明日音は、炬燵で寝るのが大好きだ。それは子どもの頃からずっとであり、俺の家に集まる理由の一つでもある。



 炬燵に入ると、集中力が著しく欠けるのだ、明日音は。それこそ普段見ないテレビを見だしたり、お茶菓子を出したりと、忙しない。



 早川家は全てエアコンで管理しているため。炬燵はないのだ。



「つっても、これじゃあ不味いだろ。俺の部屋は寒いし、明日音の家で勉強するか?」



 我が家から炬燵を外すことはできない。俺の部屋は小さな電気ストーブで二人温まるには向かない。



 冬の勉強場所の確保は、これからの受験戦争に生き抜くために必要な戦略拠点でもあった。その見直しが必要な時期が来たのかもしれない。



 まだ電源の入っていない炬燵の布団を、明日音は抱きしめるように抱える。



「き、期末は手を抜かないから!大丈夫!」



 明日音の瞳に闘士が宿る。まあ、結果はどうであれ、俺はそのやる気を信じるしかないのだけれど。



「頼むぜホント。大学も一緒のとこ受かりたいしな」



 炬燵に耐性のある俺は平均八十点台と、自分で言うのもなんだがそこそこ優秀な点をキープ。茉莉と裕翔は赤点祭りだったらしいが、風華は驚異の平均九十六点である。



 ここままいけば、まあ目当ての大学には受かるであろう。そんなレベルを保っている。



「……真面目に考えてたんだ」



 明日音が少しだけ驚いた顔をした。



「心外だな。俺の目標はずっと変わらんぞ」



 明日音と同じ大学に入る。それは高校三年間を通しての目標である。



「……うん、頑張る」



 炬燵布団を掴みながら、明日音も頷く。



「説得力がないな」



 炬燵に魔力が宿っているのは確かだ。



「大丈夫だよ。これからはイベントもないし。ゆっくりと勉強できる。それより、晴彦の方が大変になるんじゃない?」



 電気炬燵はまだ電源を入れていないお陰でそこまでの温かみはないのだけれど。



「生徒会選挙のことか?」



「そうそう。テスト勉強にかこつけて、風華が生徒会長に立候補することまだ言ってないでしょ」



 図星である。



「いやー、俺としても風華を怒らすのはちと怖くてな……」




 何せ言い訳が通用しなさそうなのがタチが悪い。茉莉や裕翔なら馬鹿の言ったこととすんなり受け止めてもらえるだろうが、俺が画策したとなればまあそれは裏があると風華は思うだろう。



 何を言われるのか全く想像がつかない。それはある意味、教師に怒られるより怖いかもしれない。



「でもそろそろ言わないと。春風先輩のことは抜きにしても、準備とかあるんじゃない?」



 一般の生徒会委員ではなく、生徒会長ならばそれなりのスピーチがある。まあつまり、『私はどんな学校にします』みたいなやつだ。



 と言っても、生徒で変えられることなどたかが知れているので、事実上は文化祭と陸上競技会、他教師が発案して生徒が企画進行するイベントの立案や準備が役目である。



 それでも生徒会長というのは大きな役目だ。軽い気持ちではやれないだろう。



 ちなみに春風先輩の件はヤバくなったら警察に連絡すればカタがつくということであまり気にしてはいない。相手方も息子の恋人云々で問題になるのは避けたいだろう。春風先輩がまたどこぞの企業の娘さんならともかく、普通の一般市民。家柄というのは不便なものである。



「そうなんだけどさぁ」



 勝目があるかないかで言うと、まあ十分にある。出目が極端に良くなければ勝てない博打は、誰だって打ちたくない。それは俺もである。



 俺自身に準備はない。俺は得票数が余程低くなければ採用される一般委員だから。スピーチも何もない。



 十一月が始まれば、直ぐに選挙活動という名のスピーチ大会が開かれる。立候補者が発表されるのはもうまもなく。



「気が重いよなぁ」



 ため息も漏れるというものだろう。怒られるとわかりきった物事を告白するのは、これまた勇気がいるのだ。



「早く言わないと尚更風華怒っちゃうよ」



「そうか?もう言わなくても同じような気がしてきた」



 言っても言わなくても怒られるのなら、言わない方が現実受け入れやすいのではないか。



「そうだよ。むしろ言わない方がいいって。変に抗議されて、立候補を取り下げられても困るし」



 元々、生徒会に入れば生徒会長には推薦しようと思っていた。来年の話が前倒しになっただけである。



「もー、私はこの件に関してはちゃんと忠告したからね?」



「おう、わかってるって。それより今日のご飯は?」



「お鍋だよ。冬は定番だし、私も楽だし」



「万能だよなぁ、鍋」



「淳さん、今回はどこに行ったんだって?」



 俺のオヤジの名前を覚えている親戚は恐らく明日音だけだ。別に感動はしないけど。



 高瀬淳(たかせあつし)こと俺の親父は、冬の間ロシアに行くことになったそうだ。



『本当に勘弁してくださいって言ったんだけどね……』



 砂漠とどう違うのか知らないが、本人はとても嫌がっていた。寒いのが嫌なのか、ロシアが嫌なのかはわからない。正月に帰ってくるらしいが、また日本に長期滞在できるのは来年の二月以降になりそうだ。



「また二人暮らしだからな。明日音には世話になる」



「淳さんがいた時も変わりなかったような気がするけどね」



「……確かに」



 考えてみれば其の通りで。



「というか明日音はうちに入り浸りで大丈夫なのか?」



 逆に早川家を心配してしまう。思えば奈美さんの姿を見ていないような気がした。



「今はまた父さんのとこに行ってる。心細くなったら泊めてもらいなさいって」



「そうか……。泊まるか?」



 とは言うものの、部屋がない。いくら好きでも、炬燵で寝ろというのも酷だろう。



「いいよ、気にしなくて。私の部屋だけエアコン付ければいいから節電にもなるし、それにどうせ夜遅くまでお邪魔するし」



 どうやら家では自室で寝るだけの生活を送っているらしい。



「まあ、俺は助かるからいいけど……」



「けど?なに?」



「ここで寝たら起こさないからな?」



「流石に電気入ってないと寒くて起きるよ」



 なぜだかは知らないが、暖かくない炬燵は部屋の中より冷たいと感じる。今だってそんなに暖かくはない。



「じゃ、電気入れるか?」



「ううん、大丈夫。今日だっていうほど寒くないし」



 気温が下がったと言え、夜に少し寒気を覚える程度。



「じゃ、今日はこれで」



 俺は無理やり、明日音の横に移動して座る。



 普通のテーブルと違い、炬燵は中に入る必要があるため、必然的に使えるスペースは減る。



 人の体温は、電気とは違ったじわりとした暖かさがある。

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