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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
九話目
131/159

二学期が忙しい理由Ⅱ



「そして彼女が彼女?いや、恋愛的なね?」



「え、えっと、はい」



「いやー、悪いね、彼氏に頼っちゃって」



「えと、いえ、そんな……」



 どう返していいのか分からず口ごもる。



「口下手なうえに人見知りなんですよ」



 人見知り。そうなのだろう。自覚はあるが、人に言われるとなぜか釈然としないところがある。



「あら、カワイイじゃない」



「料理も上手いしな。いい嫁になるだろう」



 頬が赤くなるのを感じる。褒められるというのに慣れていないのだ、私は。



 全くです、と晴彦が言うのもまたちょっと嬉しかったりする。



 それにしても、と萌々香先輩が唸る。



「あの人は昔から女性だけならず、自分以外を所有物のように扱うからな。能力はあるのだが、そこはいかんともしがたい」



「確かに、どこか弄れてますよね」



 面白い人間を見つけたというように、晴彦は笑う。でも、と言葉を紡ぎながら。



「ぶっちゃけ、ああいうのは風華が一番嫌いなタイプの人間だと思うんですよね」



 風華はああ見えて人情深いとこがあったりするのだ。ああ見えて、ではあるのだけれど。



「それに、一回思い通りにならないことになったほうが。あの人のためかとも思いますし」



 晴彦はそんなことを言いながら朗らかに笑う。



「……君は本当にいい性格をしているな」



 綾瀬先輩が困ったように晴彦を見て笑う。



「性格悪いんです、意外と」



「悪かないだろ……」



「悪いです。私にも意地悪ばっかじゃない」



 私が抗議すると、綾瀬先輩が援護してくれる。



「君は女運かどうかはともかく、女性に縁があるようだからな。明日音も大変だろう」



 そんな私たちを見る美紅先輩の視線が、どことなく不思議な生き物を見るような視線だったのが気になった。



「あの、お二人はいつもそんな感じなの?」



 たどたどしい質問の意図を掴みかねる。晴彦の方を向けば、晴彦も不思議そうな顔で私を見る。



「まあ、大体はそうですね」



 晴彦が私の答えを代弁する。私たちがどんな感じなのか、明確な答えは出ないけれど、私たちはもうずっとこんな感じ。幼馴染時代も、恋人になってからも、何が変わったというわけではない。強いて言えば、ちょっとスキンシップが多くなった程度か。




「なんてーかさ、恥ずかしくない?」



 それは批判というより、相談という感じの質問。



「美紅は光陽くんとどう接していいのかよくわからんらしい」



 こそりと綾瀬先輩が私たちに耳打ちする。



「付き合っているんですよね?」



 晴彦も綾瀬先輩に言う。



「そうだが、本人たちは隠しているつもりなんだ。本心では二人みたいに公衆の面前でいちゃつきたいと思ってるじゃないかな」



「ちょっと萌々香。なに教えてんのよ」



 いやいや、何でもないよ。綾瀬先輩はそうして私たちに目配せをした。



「恥ずかしくはないですね。小さい頃からの中ですし。昔は一緒にお昼寝して、風呂入って、みたいな仲でしたし。この程度は恥ずかしいとは言いませんよ」



 というより、二人並んで座って話をしていただけなのだが。それさえも恥ずかしいと美紅先輩は言うのだろうか。



 晴彦の言葉に、おうふ、と美紅先輩はたじろぐ。



「やっぱさ、男としたらもっと積極的に来てくれたほうがいい?」



 いつの間にか恋愛相談みたいになっている。



「うちの学年はアイドルのお陰でカップルが少なくてな」



 綾瀬先輩も首を振った。



「うーん、どうでしょう。うちの明日音は奥手なので、そういうことはあまりないですけど」



 うちの明日音。私はペットか何かなのだろうか。



「なんだ、嬉しそうだな」



「い、いえ。そんなことは」



 知らぬうちににやけていた頬を無理やり重力に従わせる。



「多方晴彦くんの言葉に一喜一憂しているのだろうけど。そんなことで色々と大丈夫なのか?」



 恋とは都合のいいものだ。



 晴彦に大事にされるのは嬉しい。大事にされた上でおざなりにされるのもまた悪くない。おざなりにされた上で大事にされるのもまた堪らないという、どうしても終わらない循環が私の中で起こっている。



 とどのつまり、大事にされていると私が感じる限り、晴彦が何をしようと株は上がり続ける。



 色々大丈夫なのか、と言われれば、大丈夫ではないのかもしれない。世間では私のようなものを色ボケとか、ちょろい女というのかもしれない。



「い、今のところは」



 私は取り繕うようにそう答えた。



 しかし、相変わらず晴彦は女子に縁がある。今回だっていつの間にか長谷川美紅先輩と親しくなっているし。まあ、この先輩は誰とだって距離が近いのだろうけれど。だからこそ、一番近くに起きたい光陽先輩との距離の取り方がわからないのだろう。




「そうそう、料理研究部の方は盛況だったようで何よりだ。任せっきりにしてしまって済まないな」



「いえ。それより、次は何をするんですか?」



 私は綾瀬先輩と部のことに関して打ち合わせる。料理研究部の部費は潤ったが、何に使うのかはまだ決めていない。



「クリスマスパーティでもしようかどうか、という話だな。まあ。その場合期末で赤点を回避してもらうことになるが」



 陸上競技会から始まって、文化祭、修学旅行、生徒会選挙。二学期の慌しさは尋常ではなく、勉強の暇を削って皆作業に勤しんでいた。



「クリスマスパーティですか」



 いつもなら私の家でささやかなクリスマスパーティをする。今年も多分そう。



「気にしなくても、二十四、五にはやらない」



「そ、そうですか」



 心を見透かされたように思えたが事実は違っていた。



「私も親の都合でパーティなりなんなりあるからな」



 綾瀬先輩の家も一流企業の道。それなりの付き合いというものがあるのだろう。



「でも、接待される方ではないんですか?」



 どの程度かはわからないが、萌々香先輩のご両親はかなりの地位にいるはずだ。



「それもそうだが、娘というだけの私が接待されるというのは中々にストレスが溜まるというものだぞ。着なれない服を着させられるのもそうだが」



 きっと上質なドレスなのだ。萌々香先輩はスタイルもいいから似合うだろう。その反面、先輩は質素な格好を好む。ひとえに言えば、ジャージのような動きやすい格好である。



「春風先輩でも一緒に連れて行ったらどうです?」



 着飾った春風先輩はそれは目立つだろう。それに、友人がいればパーティは楽しいに違いない。



「なるほど。それはいいな」



 萌々香先輩は真剣にそれを考える。



「二学期は忙しくなりそうですね」



 クリスマス。正月。夏祭りからはじめると、やはり夏から冬にかけて、大きなイベントが目白押し。



 やりたいことも、やらなければならないことも沢山ある。その中のいくつを晴彦と過ごすことができるだろう。



「そうだなぁ。年を越すまではバタバタしそうだな」



 晴彦はまだ、美紅さんの話に付き合っている。どうやらそれなりに真剣に話しているようだ。



「美紅!火ー消えるよ!」



 グラウンドから先輩を呼ぶ声。どうやら宴もたけなわということらしい。



「あー、皆はいいよねー。私ら生徒会は明日これの後片付けやんだよ?」



「料理研究部はそうでもないけど、他のとこも片付けは多少あるものだよ」



 当然の話だが、どんな仕事にだって面倒なことを引き受けている人はいるのである。



「生徒会だと二年が一番下だからさぁ。まあ、うちらは一年から居たけど。早く後輩をこき使いたいわけよ」



「すいませんね、生意気な野郎で」



 晴彦が言うと、美紅先輩は笑う。



「そーゆーやつの方が歯ごたえがあって宜しい!じゃ、文化祭を締めてきますかね」



 美紅先輩は夜に満面の笑みで去っていった。



「ああ見えて実は繊細な奴だ。生徒会に入ったら頼む」



 綾瀬先輩が最後に言葉を添えた。



「先輩は生徒会には入らないんですか?」



「それはあいつが止めただろう?」



 菊池昴の条件は、綾瀬先輩が立候補しないこと。



「でも、それで出たら面白くなりそうじゃないですか」



 晴彦が笑っていう。



 確かに、それだと勝負もうやむやだ。それこそ、あの会長がいつまでも春風先輩に固執するという保証もないわけであるし、今回の賭けを破綻させるには一番いい選択肢だ。



「君は本当にあれだな」



 あれ、とはどうなのかよくわからないけど、私にもわかる。晴彦はちょっとあれだ。私と先輩の視線が交差した。



 当の本人に分かる訳もなく、先輩は続ける。



「私はそういうお堅い、責任を負うような何かは懲り懲りなものでね。料理研究部の副部長で手一杯さ」



 そんなことはないだろう。別の料理を一度に順序建てて無駄なく作るのは、先輩の得意な分野。



 だが、先輩は責任を負うのが嫌いだ。



「私はもっと身軽に生きていたいんでね」



 やればできるのだろう。その力を身に付ける努力はしているのだろう。でも、やれるからこそ先輩はやらない。



 それを怠慢だと思うかどうかはその人次第。けれど、先輩がそれを望んでいるというのなら、それはきっと先輩の努力。言わば楽をするための努力である。



「そうですか」



 晴彦もどこか納得した、というか、むしろ分かっていたような語調で返す。



 私にも晴彦が何を考えているのかは読み取れない。けれど、晴彦はきっと何かを理解しているのだと思う。



「二人の時間を邪魔して悪かったな」



「いえ、いつも大抵一緒ですから、お構いなく」



 恥ずかしげもなく晴彦が言うと、



 そうだったな、と先輩は笑って去っていった。



「晴彦ってさ」



 私は前々から思ってたことを口に出す。



 なんだよ、と晴彦がこちらを向く。暗いが頬は紅潮した気配もなく、いつもの、穏やかな匂い。



「よくそんな恥ずかしいこと言えるよね」



 キスの件もそうだが、晴彦には羞恥心がない。



 皆の前でキスをすることさえも、晴彦には抵抗がない。常識に従ってやらないだけだ。



「明日音があんまり奥手だからなぁ」



 むぅ、と喉の奥から納得せざるを得ない声が出た。



 確かに私は晴彦とどうしたい、どうなりたいと思うだけで。実際は、その行動を晴彦が予測して、行動に移してくれている。



 そんなパターンが、私たちの『いつも』である。



「……私も頑張ってるもん」



「はいはい、わかってるよ」



 火は消えようとしているけれど、繋いだ手はほんのりと暖かった。

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