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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
九話目
130/159

二学期が忙しい理由



『えー、それじゃあそろそろ火付けますよー』



 長谷川美紅先輩の仕切りで、後夜祭が行われる。



 組み木の中には、昨日今日のためだけに作った看板や装飾がたっぷりと投げ込まれ種火となっている。




 強制参加ではないこのイベントには、約七割くらいの生徒がグラウンドに集まり灯火を見送る。




 それは女子同士だったり、男子同士で最後にはしゃぐためだったり、恋人同士で思い出を作るためだったりと様々。



 しかし、逆にそういう典型的なものを嫌うカップルも世の中にはいるし、虚しさを嫌う人も帰宅してしまう。



「終わったなぁ」



 私は勿論、晴彦と参加している。



「終わったねぇ」




 ここにはいないけれど、茉莉も陸上部のみなといるはずだ。風華は帰ると言っていた。佐々木くんも失恋したわりには、クラスメイトのバレー部の女子に昨日今日と振り回されていたようだ。カレーも食べに来ていて、晴彦も同席して話をしていた。




 私たちはグラウンドの皆が騒ぐのが見える位置に陣取って、ペットボトルのホットのお茶を飲みながら座っている。



 もう少しすれば十月。もう夜は肌寒い。夏の名残はもうどこにもなく、街の景色も空気も秋めいてきている。



 料理研究部の模擬店は大盛況であり、カレーだけでもかなりの売上を上げることができた。今日の昼過ぎには売り切れとなったが、余裕のあった春風ドリンク試飲会で人は途切れなく訪れていた。



「楽しかったけど、春風部長は大変なことになっちゃった」



 あの事件のあと、生徒会長が来ることはなく。春風部長も、『何とかするので気にしないでください』と笑っていた。実に春風部長らしく。私たちもその願い通りにした。



「うーん、風華は怒るよなぁ……」



 組み木にようやく火が付けられる。と言っても、最初に燃えるのは私たちが作った作成物。無論、可燃ゴミだけだ。



「いきなり生徒会長立候補だもんね」



 一年で生徒会長に立候補できないという決まりはない。しかし、立候補した事実はない。




 あのあと晴彦と話すと、どうやら二人は生徒会に入る予定ではあったようだ。だからこそ、晴彦が風華の名前を出したのだけれど。



「でも、風華なら適任だと思うだろ?」



 こういった晴彦の感性というのだろうか。直感のようなものは実に恐ろしく当たる。



「まあ、そう言えなくもないけど……」



 確かに、図書室で本に埋もれているよりは、生徒会室で書類に目を通している方が風華らしいと思う自分がいる。




「でもまあ、風華はそんなこと関係なく怒るだろうけどな……」



 晴彦はわかりきったその結末に呆れたようにうなだれた。



 綺麗な火が灯る。



 火は何を燃やしたかで美しさを変える。恐ろしい程燃え上がる怪物のような時もあれば、燃やした物を輝かせるように煌くときもある。



 あの火はとても綺麗だ。



 どこかしこで誰もがその美しさに目を奪われ、言葉を交わし、何かを紡ぎ合っているように思える。



 火が弾ける音と人がさえずる気配が心地よくグラウンドにこだましていた。



「晴彦は、いっつもそういうことに関わるよね」



 春風先輩の危機なのだろうけれど、不思議と不安になることはなかった。



 私がそれだけ晴彦を信頼しているからなのだろうけれど、それが何を根拠にしているのかは私にもわからなかった。ただただ、晴彦ならなんとかするだろうという気持ちがあるだけだ。



「うーん、何かあるとき俺に原因はないと思うんだがな」



 そう、晴彦自身に問題があるわけではない。晴彦はいつだって他人の頼みで動くだけ。



 晴彦は自身をよく裏方だという。それが好きだと。



 だからこそ思う。



 晴彦はいつだって、舞台を整える役を買って出ているのかもしれない。



 役者が出る舞台を整え、キャスティングもする。




 今回はきっと、春風先輩がヒロインで、風華が主役なのだろう。そう考えると、主役の役が不満で怒られるのは晴彦になる。考えてみれば当然の話だ。



 しかし、なんとも発展しそうにないドラマである。



「まあ、仕方ないんじゃない?」



 私はそう言って、晴彦に体重を寄せる。寒くなってくると、実に人の体温が心地いい。



「仕方ないのか……?」



 風華に怒られるのが余程嫌なのか、怪訝な瞳で晴彦は空を眺めた。



「だって、勝手に風華の名前を出して喧嘩を売ったのは晴彦じゃない」



「確かにそうだけど」



 わかっている。晴彦は春風先輩と、風華のためのより良い選択肢を考え、そして行動した。それで風華に怒られるのは少し割に合わないなと思っているのだ。



「もしかしたらだけど、風華も事情を聞けば納得してくれるかもしれないじゃない?」



「利用されたって怒る姿しか脳裏に浮かばないんだが……」



 晴彦は盛大にため息をついた。



 その姿の方が私にも容易く想像がつくだけど。



「でも、結果的に風華はやってくれると思うな」



 私のことはともかく、風華もああいったやり方は嫌いだろうから。



「それはそうなんだけどな。どうやって言おうか」



 生徒会選挙は十一月半ば。これから中間テストがあり、十月の下旬に二年生は修学旅行がある。しかしながら、生徒会選挙の立候補は中間テスト終了後すぐから受け付けられているため、事実的に何かを練る期間は多くない。



 春風部長はこんな状態で修学旅行を楽しめるだろうか。あの人は自分の不安を素直に表せない人だから。



「イチャついてるとこ済まないな」



 その突然の声に私は晴彦に預けた体重を戻す。聞きなれたその声は、綾瀬萌々香副部長だった。後ろには長谷川美紅先輩もいる。



「今回は春風が勝手に変なことを決めてしまって済まない。晴彦くんの友人も巻き込んでしまったようだし」



「ほんともー、マジごめん。私がいたら、あんな好き勝手はさせなかったんだど」



 二人はそろって晴彦に頭を下げた。



「い、いえっ!そ、そんな頭を下げるほどのことは……!」



 気が動転する。先輩に頭を下げられるなんて初めてだった。



「なんで明日音が動転してんだよ」



 晴彦は小さく笑って、それが私を少しばかり正気に戻す。恥ずかしい。



 萌々香先輩と美紅先輩も笑っていた。



「あの変な勝負のことは無効にするように私が言っておくから」



「あ、それはいいです」




 晴彦が萌々香先輩の言葉を遮ると、お、と美紅先輩が楽しそうに反応した。きっと、こういうことが好きなのだ、彼女は。



「むしろこっちのほうが面白くていいんじゃないかと」



「しかし、一年で生徒会長というのは些か無理があるんじゃないか?」



「大丈夫ですって。其のくらいの重圧があったほうがいいんですよ、あいつには」



 風華は何かに縛られることから逃れるかのように図書室に篭る。ならば無理やり楔を巻いてしまおうというのだ。そしてそれが全く重荷にならないのが、一年の秀才、黒幕、小野風華なのだ。



「でもまあ、万が一負けたとき、春風先輩のことがちょっとリスキーですよね」




 晴彦は冷静に考えて物を言う。あの小野風華が、ぽっとでの二年に負けるはずがないと確信している。確信するだけ、怒られるのだろうけれど。




「それに関しては問題ない。いざとなったら私の家が春風を庇うからな」



 ひょんなことからお家騒動にまで発展しそうである。さすが五十嵐春風、とでも言おうか。



「つーわけだから、そんな気負いなさんなって話をしに来たわけよ」



「元はといえば生徒会長の暴走を許した美紅に問題があるのだけどね」



 それはホントごめんってー。謝る気がないような謝罪を一生懸命美紅さんはする。



「でも君、面白いね。生徒会来るんでしょ?こりゃあ来年は楽しみだねぇ」



 美紅先輩が晴彦に目をつける。



「受かるかはわかりませんが、よろしくお願いします」



 晴彦も頭を下げる。



「おーよ。今回の選挙で菊池の子分どもを駆逐してやるのが私の目的だからね」



 どうやら現副会長含め、あの三人は生徒会長の腰巾着らしい。あの怒涛のマイクパフォーマンスは今でも健在。捲し立てるように先輩は話す。

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