私がこの頃おかしな理由Ⅱ
「つまり、その幼馴染くんに、女性として意識されたい、ってことですよね?」
「そうなるのかと」
「なんだい、今ひとつはっきりしないね」
「まだ、自分がどうしたいのか、自分でもよくわかっていないんです。幼馴染の距離が心地いいのも確かですけど、それじゃ物足りないっていうようなときもあって。でも、踏み込むのは怖いっていう気持ちもあって」
私が正直に気持ちを語ると、春風部長は再び私の手を取った。
「わかります!その気持ち!恋って、そういうものですよね!」
「そうかい?恋なんて当たって砕けてでいいんじゃないの?」
「萌々果ちゃんは黙ってて!」
春風部長の可愛らしい剣幕に、はいはい、と副部長は答えた。
「明日音さん。怖いっていう気持ちはよく分かります」
春風は失敗する可能性無い癖に、と副部長がからかうと、厳しい感じを装った可愛らしい目力が飛ぶ。
この人は、何をしても反則的に可愛い。それが作り物じゃないのが凄い。こんな人も、世の中にはいるのだ。
「でも、気付いてしまった以上、このまま、というのは良くないと思います」
確かにその通りだ。
一度飢えに気付いてしまえば、満たされようと本能が訴え掛ける。
私は今、飢えた獣と同じなのだ。
もっと晴彦の傍に居たい。もっと晴彦の近くに寄りたい。もっと晴彦に触れていたい。触れてもらいたい。言葉をかけて貰いたい。微笑んで欲しい。
そんな欲求は、止めど無く溢れてきていた。
それと同時に、晴彦を独占したいという欲がある。
他の女性に話しかけて欲しくない。他の女性に微笑んで欲しくない。
そんな考えを否定できない。
異常だ、と言われても仕方ないほどの欲求。私がこれほど欲深い人間だ
と、私自身初めて知ったくらいだった。
クラスが隣なのがもどかしく、家が同じでない事が不満で仕方がない。二十四時間、晴彦の傍に居たかった。
こんな欲望にまみれた私の心を、恋などと呼んでいいものか。私は、異常なのではないか。そう思いながら寝る日もあった。
「その、取り敢えずの目標としては、その幼馴染くんに意識してもらうことを目標にしましょう!」
女として見てもらえなければ、恋人には成りえない。考えてみれば当然のことだ。
「そうだな。幼馴染のままでいい、なんて甘い考えは好きじゃないしな」
副部長も頷く。
「そうです!そんな考えでは、誰かに先を越されてしまうんです!幼馴染くんが他の誰かを好きになるなんて、明日音さんも嫌でしょう?」
昔のことを思い出す。
晴彦が、他の女性と付き合っていた時。思えば、あの時もこんな気持ちを抱いたような気がする。
考えるだけで、気分が重くなる。
「嫌、です」
私はどうなるのか。
晴彦でしか満たされない私は、もう渇いて動くこともできなくなるかもしれない。
「なら行動あるのみです!女性なのですから、女らしさのアピールは難しくないはず!」
「でも、私は副部長みたいにスタイルよくないですし、春風部長みたいに可愛らしいわけでもないですし……」
「確かに、萌々果ちゃんの胸は大きいですよねぇ。体育のとき、男子の視線を釘付けにするんですよ?」
「……好きでこんなにでかくなったわけじゃないんだがな」
運動神経のいい副部長が運動部に入らない理由の一つがそれだそうだ。男子の視線が嫌なんだとか。
「しかし、その幼馴染くんも男の子だろう?密着でもすれば嫌でも意識させられるんじゃないか?」
「そのくらいなら、結構やってるんですけど……」
そのくらいね、と副部長が呆れた顔をした。
「明日音さんも十分可愛らしいとは思いますけど。幼馴染くんも、きっとそれに気づいているんですよ」
そうだろうか。
私は男性から視線を集めるような身体もなく、愛らしい表情や仕草も出来ない。
晴彦はなぜ私と一緒に居てくれるのだろうか。幼馴染だから、という理由では、少し足りないような気がしていた。
「でも、そうなると難しいですね……」
「普段からそんないちゃいちゃしてるんじゃあな。ちょっと思いつかないな」
私たちはきっと、幼馴染のまま、恋人の領域に足を踏み入れている。その状態で、どうしたら意識を変えれるのだろうか。
そんな時、そうだ!と春風部長が手を合わせる。
「明日音さんは、幼馴染くんのお弁当を作ってるんですよね?」
「そうですけど」
「なんだ?愛のメッセージでも入れるのか?」
「萌々果ちゃん、告白しちゃったらダメじゃないですか。いつもとは違うな、って幼馴染くんをドキドキさせるのが目的なんですから!」
春風部長は私の悩みに親身になって答えてくれる。が、とても楽しそうなその様子はなんだか少し不安でもある。
「で?弁当に何か盛るのか?」
そんなことしません!と春風部長が睨みを利かす。
副部長は興味がなさそうに佇んでいるが、その助言、というか、批評のようなものは的確だ。
「お弁当に、嫌いなものを入れる、っていうのはどうですか?」
春風部長曰く。
『いつもとは違うお弁当を作れば、幼馴染くんも何かあったのか、って思うでしょう?』
とのこと。
その代わりに、晴彦の味の好みを聞いて、好きなものも沢山入れてあげること。
『その戸惑いが、いつか恋になる。かもしれないです』
という結論に至った。
正直、行動に起こすのは怖かった。
晴彦は食わず嫌いの食品が多く、嫌いな食べ物を上げていけばそれだけでお弁当が作れる。
次の日の朝の葛藤は、今までにないものだった。
最初は、嫌い、というより、苦手、という部類のものにした。その分、好きなもの多めにチョイスしてあげた。
その日の帰りに、晴彦の好きな味付けやら何やらを聞いた。お弁当に関して、晴彦は多少質問してきたが、好き嫌いは良くない、という理屈をごねた。
次の日、なんとなく思い立って、嫌いなものを美味しく食べれるように少し考えた。
帰るときに感想を聞いた。好評だった。嬉しかった。
そこから、私のお弁当に対する意識はがらりと変わった。
前々から手を抜いているつもりはなかったが、メニュー選びは適当だった。それを食べて晴彦がどう思うかなど、考えてもいなかった。自分の弁当を作る延長だったのだ。
それから、栄養バランスも調べた。晴彦は偏食気味で、だからたまに体調を崩すのかもしれない。
でも、それだとどうしても晴彦の嫌いなものを使うことになる。でも、それを美味しいと言ってもらうために、色々考えるのが楽しかった。