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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
九話目
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生徒会長が嫌われる理由Ⅱ



「春風先輩が男の人と喧嘩してる」



 言葉にはだいぶ誇張のようなものがあったのかもしれない。が、あの空間を何とかして欲しかった。



 あのままでは料理研究部の売上に関わる。それに、折角の文化祭を台無しにしたくはなかった。晴彦を手伝いに呼んだのもなるべく一緒の時間が欲しいからだ。生憎、私はそんなに自由時間がない。出すものが本格的になればなるほど、皆が忙しくなるのは仕方のないことだった。



 無論、私だけではない。



 春風先輩は客引きマスコットの役目があるためほとんどここにいる予定だし、萌々香先輩だってクラスの出し物と部の出し物で忙しい。他の先輩方だってそうだ。雨宮先輩も彼氏と回る時間はほとんどないと言っていた。



「春風先輩が喧嘩?」



 想像できない、と晴彦が不思議そうな顔をする。



「うちの生徒会長。さっき話したでしょ」



 雨宮先輩は風貌こそ地味だけど、とても頼りになる先輩だ。料理だって上手い。



 先輩が言うと、ああ、と晴彦は全て合点がいったという風に頷いた。



「でも、春風先輩が喧嘩なんてするんですかね?」



「それは私も驚きだけど。春風はなんだかんだ言ってストーカーとか振り切れないタイプだから」



 変な言葉だが、上手く他人を拒絶できないタイプだという認識はほかの人にもあるらしい。



「春風先輩は確かに人懐っこい子犬なイメージありますしね」



「ま、そんなこと言ってるあいだに状況は悪くなるかもしれないし、ちょっと覗いとこうか?」



 雨宮先輩の言葉に、晴彦が驚く。



「止めに入るんですか?」



 雨宮先輩は笑って首を横に振る。



「私にそんな度胸ありません。できるとしても水を差す――」



 その瞬間、机を強く叩く音がした。



 中学校であった、教師が怒ったときに机に八つ当たりをするように。



「ヤバイよ。春風キレた」



 表で様子を伺っていた先輩がこちらに顔を出す。



 キレた。



 あの温厚な、後輩に馬鹿にされても笑っているような人が?



 私たちは素早くカーテンの向こう側へと向かう。



「一体なんなんですか!毎回毎回、ちゃんと断ってるじゃないですか!生徒会にも入りませんし、あなたとお付き合いもいたしませんと!」



 一生に一度見るかもわからない、五十嵐春風の怒号と怒り顔がそこにはあった。



 お供の二人は動揺を隠せないけれど、菊池昴生徒会長は微塵もたじろがない。



「君は将来を考えているのか?」



 逆に鋭い視線を春風部長に返す。その瞳の鋭さに、私は怯える。



 なぜあんなにもあの人が怖いのか、私にもわからない。



 すると、晴彦が後ろに立ち、私の頭ににもたれかかるようにして、両腕を後ろから私を覆うように包んだ。いつもならからかわれる構図も、今は目前の二人に注目していて発言も何もない。



 ただ、お陰で少し気分は良くなった。我ながら現金なものである。頭のてっぺんに晴彦の吐息をかすかに感じる。それが私の呼吸と同期する。



「将来のことなんて関係ないでしょう!?」



「関係あるさ。僕の将来はここにいる男子の誰よりも安定してるし輝いてる」



 なんせ次期社長だからね、と彼は偉そうに足を組んだ。



「ここに来るどの男より僕は将来性がある。そんな男が君を欲しいと言っているんだ。拒む君がおかしい」



 彼がそう言うと、晴彦が軽く吹き出す。



「すげぇ理屈」



 確かに、凄く飛躍した理論である。



 彼が次期社長なら、確かに生活は安定してるのだろうし、社長にならなくてもおこぼれをもらいながら生きていけるだろう。



 ただ、その代償が晴彦と同義だと考えると、やはり受け入れがたい。世の中には愛より金という人もいるが、春風部長もきっと私と同じだと思う。




「私はおかしくないです。それに、将来性で言ったら他の男子も変わらないじゃないですか。もしかしたら有名人になったりするかもしれないですよ?」



「そんな奴がこんな普通の公立校に居るわけないだろう」



「あなたはどうなんですか!」



「僕は頭もいいし、大学だって有名どころから私立まで実力で選り取りみどりさ。高校でつまづくような脳みそは持ってないんだ」



 高校で習うことは私立も公立もほぼ同じ。だからこそ皆こぞって塾に通うし、私立に行くのは有名大への推薦の枠があるからだ。



「五十嵐春風さん。君はどうやら成績も芳しくはなく、器量良しとも言えない。このままなら普通の大学に行って、普通の職について、普通に人生を終える。それでいいのかい?」



「それでいいんです!」



 理解できないね、と彼は天井を仰いだ。



 理解できないというか、人として相容れないのだと思う。



「現実見てんなぁ」



 晴彦がもごもごと私の上で言葉を漏らす。



 現実を見ている。そうなのだろう。彼は自分がたどるべき道を見定め、それに見合う伴侶を選んでいるだけ。



 それには無論、好きであるという感情は少しくらいはあるのだろう。しかし、それ以上に打算的だ。人を見ているというよりは、物を見ているかのよう。持っていて損か得か。判断基準はそこなのだろう。



「これが現実なのかな」



 私がポツリと呟く。



「まあ、彼にとってはそうなんじゃない?というか、二人ともよく恥ずかしくないわね」



 雨宮先輩が私たちの格好を見ていう。



「これくらいは普通ですよ」



「普通ってなんなのかしらね」



 普通だといえば普通だが、少なくとも学校ではあまりしない。私の体温が少しだけ上がった。



「ま、なんにせよです。あの人は自分のレールに春風先輩をどうしても乗せたい。けど、春風先輩は乗りたくない。あの人のレールは磐石ってのはよくわかったけどね」



 誰だって、自分の可能性にかけたいものだ。



 もう少し大人になれば、人のレールに乗ったほうが楽だと思えるのかもしれない。けれど、それを否定できるくらいに私たちはまだ子供であるのだ。



「厄介なのが、この議論がずっと平行線ってことね」



 一年以上、こうなのだろう。



 しかし、さすがの生徒会長も受験勉強なしに有名大に受かるほど甘くはないので、遊べる今のうちに春風部長を落としておきたいということなのだろうか。



「全く毎回毎回……。よく懲りませんね」



「流石にちょっと時間もなくなってきたし、文化祭でアタック、というのはやはり王道だろう?」



「なんですか?私は文化祭の間ずっとここにいる予定ですけど」



「じゃあ僕もここにいよう。心配せずとも食いものは頼むし、なんだったら裏で鍋をかき混ぜててもいい。流石に後夜祭には暇が出るだろう?」



 後夜祭は文化祭の最後、グラウンドに積まれたキャンプファイヤーの中に作った装飾を入れて燃やす行事。無論分別はする。ダンスを踊るなどのノリはないが、何かを語る、告白するには十分なムードがある。学校にはもう戻れないので、参加する人間は帰る直前。用などあるわけもない。



 まさか客を無理やり追い出すわけにも行くまい?彼は悠々と言い放って笑った。



 その部屋にいる全員が、それだけはなんとかして、と部長に向かって懇願していた。



「……もう怒りました」



 料理研究部は、今日まで本気で準備をしてきた。



 それにこんな形で水を刺されるのは、部長として大変不本意なのだろう。



「じゃあ、諦めて受けてくれるのかい?」



 どうしてそうなる、と部屋の中全員が突っ込んだ。



「春風先輩が腹を括ったようだ」



 晴彦が楽しそうにそれを眺めていた。



「助けに入るんじゃないの?」



 私が上を向くと、晴彦の頭が転がる。



「俺が間に入ってもややこしくなるだけだろ。直接対決してんだから、見守るのが一番手っ取り早いし納得もする」



「そうかもね。少なくとも、私たちに収められる問題じゃあないことは確かね」



 雨宮先輩も傍観を決め込んだ。



「……次の生徒会選挙。あなたは現副会長の後輩を支持しますよね」



「勿論。可愛い後輩だからね」



 運良く彼に気に入られた二年男子は、自信を持って頷いた。リーダーシップが

ありそうなタイプには見えない。気の弱そうな男子だった。



「私も対抗馬を立てます。それでどちらが生徒会長になるかで――」



「おっと、じゃあ一つ条件がある」



 生徒会長は人差し指を立てた。

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