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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
九話目
127/159

生徒会長が嫌われる理由



 その人は、特に理由もなく家庭科室に入ってきた。



 いや、今日は学園祭であるし、料理研究部はカレー屋を出店しているし、廊下では春風ドリンクお試しキャンペーンという名の地獄の客引きが行われているし、そもそも家庭科室の半分も内装をいじって生徒が飲食できるように飾ったのだからむしろ問題はなく、今日に限っていば男子も女子も人が入ってくるのは当然のことなのだけれど。



 その人、いや、正確には三人組で家庭科室に入ってきたのだけれど、その人たちが入ってきた瞬間に、先輩方の顔が曇ったのを感じた。



 一年が顔を合わせる。先輩方の視線から、二年ではない、と感じた。どうやら三年生のようだ。けれど、ここまでの雰囲気の悪さはどうしたことか。臆病な私は裏に潜り込んだ。




 そもそも、接客というものは私には向いていないのだ。裏で晴彦と鍋をかき混ぜている方がよほど楽しい。それを春風部長が私が現場責任者だとかなんとか言いつけて、自分は材料の不足分の買い足しに早々行ってしまった。萌々香先輩はクラスの出し物でも頼られているらしく、ここ数日はいつも忙しそうだった。



 春風ドリンクの材料は春風先輩にしかわからないのだから仕方ないのだけれど、一年の私に何が務まるのかは疑問だった。



 裏では晴彦と雨宮先輩が楽しそうに笑いながらカレーの入った鍋をかき混ぜたり、ご飯を炊いたりしていて、それが実に羨ましい。



 一つ二つお小言を言って、また戻る。



「ホントうざいったらないわー」



「春風来るまで帰らないよアレ」



 二年の先輩方は実に迷惑そうにあの三人を見ていた。三人で来たのに、なぜかカレーを頼んだのは一人だけで、他二人はドリンクを頼んだだけだった。



「あの三人、知り合いですか?」



 男性客が来ることは読めていたし、ある先輩は電話番号を受け取ったり、軽く告白されたりしていた。まだ文化祭が始まって二時間程度だというのに。これが文化祭の魔力というものなのだろうか。



 私の言葉に、先輩方はいの一番に否定する。



「明日音は会うの初めてか。あれが今のうちの生徒会長だよ」



「……そう言えば、見たことあるかもです」



 いつぞやかの壇上で、見たような覚えがある。



「あの三年は春風に固執してんのよねー」



「付き合いたいって、私らが一年の頃からずっと言ってんの」



「家柄が良い分、三年のボスザルみたいなもんでね。あいつのおかげで春風に告白する奴は減ったけど、あいつが断っても断っても諦めないんだよね」



 男なら潔く身を引けって感じ。先輩方が愚痴る。



 昔からの因縁のようなものだろう。しつこい男は嫌われるとよく言うが、しつこいと嫌われるのは女も同じである。



 見た目だけみれば、まあそこまで悪い人でもないような気がする。眼鏡だし、腹黒そうではあるけれど。



「凄いですね、一回振られたのに諦めないなんて」



 そのガッツは尊敬に値する。私には無理だ。



「でも考えてみなよ?明日音だったら晴彦くん居るのに好きだ好きだ言われるわけよ?さすがの晴彦くんだっていい気はしないでしょうよ」



 確かに、それはやめてほしい。あらぬ誤解を招くかもしれない。そう思うと、確かに厄介だと思う。



「……春風先輩も大変なんですね」



「そうよ。二年と三年はね、元々色々あったから」



 色々あった、のだろう。それはこの料理研究部に三年がいないことと少なからず関係があるはず。



 とどのつまり、年下の超絶可愛い後輩を認めたくない人は多いということ。私のような平凡な人間にはともかく、誇り高い人は春風先輩を受け入れられないだろう。



 彼らは笑いながら談笑を続ける。いや、二人がしているのは愛想笑いで、どうもその一人の機嫌を伺っている、というより媚びへつらっているような感覚があった。



「あの偉そうなのがそうですか?」



 私が聞くと、先輩は頷いた



「そ、あの偉そうなのが菊池昴よ」



 生徒会長、菊池昴という男子、いや、男性だろうか。



 背は高く髪もきっちりとセットしていて小奇麗だ。多少顔のパーツ一つ一つが偉そうだけれど、遠くから見る分には美形の部類だろう。



 笑いこそすれその表情に温かみはなく、冷たい笑いだ。何かを常に見下しているかのような瞳には、自信と侮蔑が蹲って座っている。カレーを食べているのは彼ではない。



 なんだか、彼と一緒の空間にいるのは緊張する。息が詰まるような気がした。彼と真向かいに座ってランチなど、私には到底できないだろう。



「つーか美紅さっき来たっしょ。あいつに相手させよう」



「おお、そう言えばそうだね」



 そう言えば、先ほど誰かが裏に潜っていった。だいぶ騒がしい人だったが、先輩方と仲が良さそうだったので気にはしなかったのだけれど。



 何はともあれ、さっさとお引き取り願いたいところである。忙しいならまだしも、まだ昼食前で手は空いているのだ。いやでも目に入る。



「あいついねーし!」



「ほんと間が悪い奴だな!」



 ちらりと裏を覗いた先輩方が声を上げる。



 そしてさらに間の悪い人がもう一人。



「みなさんただいまー……ってげぇ!?」



 買い物袋を握り締めた春風部長が、今まで決してあげたことのないような潰れた声を上げた。



「おかえり」



 気味の悪い声が響いた。何かを優しく見下したようなことばだった。



 春風部長も背筋に悪寒が走ったかのように背筋を伸ばした。



「な、何しにいらしたんですか、生徒会長」



「何って、決まってるだろ。春風の様子を見に来たんだ」



 妙に甘ったるいような声に、何かが軋む音がする。



 嫌悪。ここまで人に嫌悪という感情を抱いたのは、生まれて初めてだった。



 あの人が何かをしたわけではない。話している内容も、まあ少しおかしいが知人の許容範囲だともいえる。



 しかし、受け付けない。何が違うのかはよくわからないけれど、あの人の言葉は嬉しくない。受け取りたくない。これが生理的に受け付けないということだろうか。




 容姿が気持ち悪いという訳ではないのだ。だけど、なんか嫌なのだ。目に入れたくないし声を聞きたくない。



「そんなこと一言も頼んでいませんけれど」



 つんと突き放す部長は、とても頼もしく、そして私同様とても嫌がっていた。



「ま、まあまあ……。こうしてカレーも食べてるしさ」



 カレーを注文した連れの一人が春風先輩に笑みを浮かべるが、それで先輩の機嫌が良くなるわけではなかった。



「私は元気でやっていますので、ご心配なく。生徒会長殿に心配されることもないですしね。それを食べたら素早くお帰りください」



 今までに見たことのない、部長の頑なな態度と表情。



 あんなことも出来る人なのだと思ったが、まあ案の定、彼には効果はないようだ。



「そんなことより、春風は次の生徒会選挙でるのかい?」



 部長の話を無視して、生徒会長は会話を続ける。



 そもそも、春風部長は本気で怒ってもそこまで怖くない。普段おとなしいやつが切れると怖いというが、それは晴彦のような人のことを言うのであって。何をしても可愛らしく人の目に写ってしまう五十嵐春風には威嚇などできるはずもないのだ。



「選挙?出ませんよ、そんなの。生徒会に興味はないですし」



 それでも無視せず、嫌だと思いつつも会話をしてしまうのが春風部長の良いところでもあり、悪いところでもある。



 部員は皆、助けに行きたいがいけないというような沈痛な面持ちで、二人を見守っていた。その雰囲気を察してか、誰も家庭科室に入ってくるものはいない。険悪とも言い難い空気が張り詰めていた。



 私は耐え切れず、カーテンの裏側に逃げ込む。ただの布一枚隔てた空間であるのに、そこは明らかに緩んでいた。



「なに、あの人……」



 私はその悪寒から、言葉を呟いていた。あの重苦しい空気からようやく解放されたというように。



「あっちゃー、行き違い?」



 雨宮先輩がいちはやく事情を察して声を出す。



「なんだ、どうかしたのか?」



 晴彦は相変わらずだ。晴彦の声は暖かい。染み込むように私の耳に届いて脳に伝わる。



 そのとぼけた表情も、先輩がいなければ抱きしめたいほど愛おしい。



 晴彦ならどうにかするかもしれない。そんな勝手なことを考える。

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