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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
九話目
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文化祭で予定がない理由Ⅳ



「あの先輩がもっと大物になる可能性もあるわけですしね」



「あの先輩って?」



「陸上競技会で、美紅先輩と一緒に司会してた先輩ですよ」



 その瞬間、何も口に含んでいなかった美紅先輩が噎せた。



「な、なんで光陽の話になるわけ?」



 焦りとともに、わかりやすく頬に赤みが差していた。



「え?だって、お二人はそれなりの関係じゃ?」



 俺が雨宮先輩を見ると、先輩はこれまた分かりやすく困ったように首を横に振った。



「そ、それはどこ情報なのかな?どこで出回ってたの?」



 必死に詰め寄られると、流石の俺もこれが触れてはいけないスイッチなのだと気づく。



「い、いえ。風の噂で……。その、二人は実は付き合ってるって」



 誰が言ったわけでもない。それは風の噂だ。あの場所で二人とも否定していたけれど、やはり俺たちにはそういう関係にしか見えなかったのだ。それは風が吹くように、さも当然のように見えた。



 美紅先輩は、それはそれはこっちが申し訳なくなるくらい真っ赤にした顔を俺に向けた。



「噂!それ噂だから!全くもー、私が光陽と、そ、その、付き合ってるとか。わ、悪ふざけにも程があるって。ねぇ?」



 吃りに吃ったその言葉に信憑性などある訳もなく、子供すら騙せないような彼女の態度が悲しいほど真実を物語っていた。



 きっと彼女も、そして光陽先輩もいい人なのだろう。



「そ、そうでしたか。いやー、すいません」



「そうよねぇ。そんなことあるわけないのに」



 演技というのは、思った以上に難しいものであるということを知った。嘘をつくという気持ちの整理も必要だ。ここまでわざとらしい嘘をついたのは人生で初めてかもしれない。



 雨宮先輩と偽りの笑顔を交わす。



「そうそう。私と光陽が付き合ってるなんてことないから」



 実にわかりやすく、難解な精神状態である。俺も明日音も、付き合っていることを積極的に広めはしないが、否定はもうしない。



 昔。きっと、大昔の俺と明日音は、こんな感じだったのだろうか。いや、あの頃は好きなことを隠しているという風ではなかった。



「あ、そうそう。実は俺、生徒会にはいろうと思うんですよね」



 会話の逃げ道を残しておいて良かった。心からそう思う。



「お?じゃあ生徒会選挙にでるってこと?」



 美紅先輩もそれを望んでいたように思えた。焦りは消え、直ぐに仕事の顔が出てくる。きっと彼女の本当の顔を知るのは、光陽先輩だけなのだろう。



「とは言っても、一年はよほど数が多くない限り選挙にはならないんだけど」



 生徒会に入りたいという人間はさほど多くはない。が、生徒会長になりたいという人間は意外に多いものだ。要するに、下っ端を経験せずとも上に行けるのなら、下っ端生活などやりたくはないというのが誰しもの本音なのかもしれない。



「美紅先輩は来季、どうするんですか?」



 生徒会選挙は総入れ替え。続投するにも選挙での可決が必要だ。



「私は書記でまたやるつもり。最後の陸上競技会もあるしね。光陽も多分そう。

晴彦くんだっけ。君もたらしの才能あるから問題ないとして。生徒会長が問題だよね」



 圧倒的家柄と資金力があった三年の菊池昴先輩とは違い、二年生は群雄割拠の戦国時代。誰しもが生徒会長に相応しい何かを備えていて、それでいてその人間が立候補するかしないかから、誰に投票するかまで、だいぶ揉めるのではないかと思われる。




 幸い、修学旅行を間に挟むので、考える時間は少なからずあるというのが幸いか。



「案外ね、生徒会長って大事なのよ。長って付くだけあってね、私たちの提案もさ、あいつが首を横に振ればなかったことになるわけだかんね」



 今の生徒会はほぼ菊池昴、現生徒会長の傀儡であり、副会長や三年の生徒会員は生徒会長のいいなりなんだとか。



「情けないっつーか、それほどまでに今の三年は無個性なのよね。ゆとり教育って奴?」



 ゆとり教育はとうの昔に終わっている。個性的な人間がいるかいないかはまあ時の運である。



「そのしわ寄せが二年に来てるんじゃないの?」



 雨宮先輩がまた困ったように言う。



 類は友を呼ぶとも言う。その年に生まれ、この学校に進学した生徒が全員似たような性格だったとしても、まあありえないことではないような気はする。



「個性的なのは多くても少なくても困りもんですよね」



「私の見立てでは君もこっち側な気がするけどねん」



 美紅先輩が怪しく瞳を光らせる。



「いや、まさかそんな」



「晴彦くんはそっち側かもね」



 俺の言葉を遮って、雨宮先輩が答えた。



「明日音ちゃんはこっち側だけど。晴彦くんは多分そっち側かなぁ」



「俺ってそんなに個性的ですかね?」



 どちらかといえば無個性だと思うのだけれど。



「そうだね。どこが、どこが、とは言えないけど。でも、きっと晴彦くんをそう思うのは、明日音ちゃんを好きだからなんだと思うな」



「どゆこと?」



 美紅先輩が俺の気持ちを代弁する。



「明日音ちゃんを好きで、大切に思う晴彦くんだからこそ、皆特別だと思うんだと思う」



「そんなことありますかねぇ?」



 俺が明日音を好きでなかったとしても、多少の違いはあれども、俺は俺であったに違いない。



 しかし、春風先輩や雨宮先輩との出会いはなかったかもしれない。雨宮先輩は、俺が明日音を好きでなければ出会わなかった人であるかもしれないのだ。



 茉莉、風華、その他料理研究部の先輩。果ては小夜さんまで。



 そう考えると、俺自身の交友関係というものがそこまで広くないことに気づく。



「……まあ、四六時中明日音とはいますし」



 なんというか、明日音を通じて人と繋がっているかのような、そんな感覚を覚えた。



 明日音が知らない俺の友人はいないが、明日音は俺が知らないところでも交友を広げているのだ。



 そもそも、顔が広いのは俺より明日音なのだ。そんな事実に俺もまたいま気づく。



 明日音は俺がいなくとも多数の友人がいるが、俺には何もない。悲しくもなく、羨ましくもないけれど。現実として、そうなっている。



「美紅も早く、光陽くんとのことどうにかしたほうがいいんじゃない?」



 俺の異変を感じ取ったのか、雨宮先輩が話題をまた美紅先輩に戻す。



 本当にこの先輩は、地味なのが勿体無いほど大人な人である。



「いやぁ、私たちはほら、腐れ縁というかなんというかね。それ以上でもそれ以下でもないというか」



 そう言いながら後退りを開始する美紅先輩。 



「か、会長はまだ来ないみたいだし、生徒会としての責務を全うしてくるね!」



 そうして美紅先輩は逃げ出した。雨宮先輩がふぅ、と息を吐いた。



 家庭科室には二つ出口が有り、今日に限っては一つは食事場所、一つは裏に繋がっている。どちらも施錠はしていない。



 美紅先輩は焦った様子で、しかし愛想よく手を振り扉から廊下に出ていった



「美紅と光陽、というか、まあ美紅ね。あの子は光陽くんとのこと頑なに認めな

いのよ。内緒にしてるつもりなんだろうけど、あの様子じゃあね」



 むしろ他の皆が気づいていないふりをしてる始末よ。雨宮先輩はそう肩をおろした。



「光陽先輩は?」



「こっちが気づいているのは知ってると思うけど。彼もバレてない演技をしてるわよ。一応ね」



 とんだ道化である。騙せていると思っているのは彼女だけ。他の人間はそれに騙されてくれている。



 優しいのか、それとも偽善なのか――。



「そういうことじゃないんだよな」



 偽善であったとしても、美紅先輩が幸せであるように皆が努力しているのなら、それはそれでいいのだと思う。



 たとえ偽善だったとしても美紅先輩はその時まで騙されるだろうし、皆は見え見えの嘘を付き続けるだろう。



 偽善は決して悪ではないのだ。この一件をどうこうと言う権利は俺には無い。



「めんどくさいと思うかもしれないけど、私たちは案外、どう二人がその事実を告白するのか楽しみにしてる節もあるわ」



 変な楽しみではあるけれど、それはなんだか理解できる気もした。



 皆、その祝い事を待っているのだ。二年で祝うべき二人の吉報を。それはなんだか、素敵なことに思えた。



 そんな余韻を吹き飛ばすかのようにいつだって悪いタイミングで物事は起きる。



「なに、あの人?」



 明日音が怪訝な顔で裏に来る。気づけば表は変なざわめきに満ちていた。



「あっちゃー、行き違い?」



 雨宮先輩が尚更疲れたような顔をした。



「なんだ、どうかしたのか?」



 俺の言葉を受け、明日音が安心したようにこちらをむく。



「三年の男子と春風先輩が喧嘩してる」




 文化祭もどうやら、俺の周囲は平穏無事には行かないようであった。良くも悪くも、世界が広がれば問題も増える。それを良しとするか悪しとするかも、また決断しづらい選択なのだった。


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