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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
九話目
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文化祭で予定がない理由Ⅱ


 で、俺が文化祭当日何をしているのかというと。


「なんでこんなことになるんですかねぇ?」



 俺は隣で鍋をかき混ぜる雨宮先輩に話しかける。



 かき混ぜる鍋にはカレーが入っていて、いつ客に出してもいいように弱火で温めてある。鍋に焦げ付かないようにかき混ぜるというのが俺の仕事だ。



「明日音ちゃんを怒らせるからだよ。女は怖いんだから」



 雨宮冬紀あまみやふゆき先輩は、料理研究部二年、部が創設した当初から居る五人のうちの一人である。



 眼鏡のよく似合う、部内では一番おとなしい先輩。野球部の彼氏がいる、俺の周囲では珍しい恋人持ちの一人である。



 彼女も俺と同じで、隣の鍋をかき混ぜている。



 料理研究部が出す今年の料理は『カレー』である。



 原価が安く、大量生産ができ、二日程度なら日持ちする。辛いビーフカレーと甘いポークカレーの二種類を用意し、飲み物も百円で提出。これは偉大なる綾瀬萌々香副部長のお家の力でほぼ原価で仕入れているらしい。



 家庭科室は即席のカーテンで二分割され、向こう側は装飾が施されたこれまた即席の食堂となっている。



 家庭の料理カレーということで、部の全員が制服にエプロンというニッチな格好で接客している。風営法に引っかかりそうな光景だが、そう思う俺の方が汚れているようにも思えた。



 雨宮先輩も黄色の可愛らしいエプロン。俺はなぜか業務スーパーで見かけるような黒いエプロンが明日音の手で用意されていた。



「確かに最近はちょっとからかい過ぎたかもしれませんけど……」



「明日音ちゃんから聞いたけど、別の女の子とイチャイチャしてたんでしょ?彼女がいるのにそれはダメよ」



 まるで子供を叱るように先輩はこちらを優しく見る。



「先輩もそういうの気にしますか?」



「むしろ、気にしない子なんていないんじゃないかなぁ?」



「でも、明日音とも友達なんですよ?」



「そういう問題じゃないの」



「そういう問題じゃないんですか」



 そうよ、と先輩は頷いた。



「例え友人でもなんでも、好きな男の人が別の女の子の近くにいるのはちょっと嫌なものなのよ」



 晴彦くんだって、明日音ちゃんが他の男子と仲良かったら気になるでしょう?先輩はそう訪ね返した。



「そりゃあ、それなりには」



「私だって気になるもの。私より可愛い子なんて一杯いるしね」



 どう返していいのか言葉に詰まる。この先輩は地味だが、説得力のある会話をする。年上の貫禄があると言うとまた怒られるので言わないが。



「でもね、晴彦くんはそこそこ格好いいじゃない。明日音ちゃんも、それをわかってる。わかってるからこそ、晴彦くんがどんなに好きだって言っても、他の女の子のことを気にするし、取られたくないって思ってるんだと思うよ」



 常に不安なの。



 そう先輩は言った。



「そんなものなんですかねぇ」



 鍋をかき混ぜる。いろんな食材が踊るように混ざっていく。これを食べる客は、掻き混ぜているのが俺だと知ってどう思うだろうか。



「晴彦くんは不安にはならないの?」



 不思議そうな顔で先輩は俺に尋ねる。



 男子と女子では、考え方にかなりの違いがあることを知った。



「俺はほら、明日音のこと好きですけど、それで全部なんですよね」



「全部?」




 これを言葉にするのは難しい。考え方は至ってシンプルで単純なものなはずなのに。



「カレー、あるじゃないですか」



 それを掻き混ぜながら言う。



「別に俺はじゃがいもが好きなわけではないですし、人参も玉ねぎも好きじゃない。それに、拘りのルゥだってない。だけど、カレーは好きです」



 明日音を好きだということは、つまりそういうことなのだ。



「明日音も、そんな感じなんですよね」



 それを伝えると、少し考えた上で、先輩はふふ、と微笑んだ。



「なんだか羨ましい。これが惚気ってやつなのかな」



「それは結構よく言われますけど、惚気てるつもりはないんですよね」



 俺は明日音といつもどおりに接しているだけだ。それでも、周囲はそれを惚気だという。



「カレーと同じ好き、ね」


 先輩は上機嫌そうに楽しく笑っていた。



「というか、好き、ってそういうものじゃないんですか?」



 裕翔もきっとそう。好きになることに理由なんてなくて。だからこそ戸惑って、傷ついて。



「そうだね。きっとそう。でも、『カレーと決別する』人なんていないと思うから、きっと晴彦くんは少数派だろうね」



 確かに、そうなのかも。いや、もしかしたら激辛のカレーで口内炎でも刺激されれば嫌いにはなるかもしれない。そんなことを思うと同時に、カーテンが控えめにはためく。



「カレー、甘口大盛りで」



 いつのものエプロン姿の明日音が姿を現した。



「あい、大盛りね」



 俺が答えると、雨宮先輩がご飯をよそい俺がカレーをかける。



「はい、晴彦くん」



「どうも。ほれ、甘口大盛り。紅しょうがは?」



「大丈夫。……反省してる?」



 明日音の瞳は未だ厳しい。犯罪者を見るような目が辛い。



「してるしてる。鍋も掻き混ぜてる」



 俺が言うと、不憫に思ったのか雨宮先輩がフォローしてくれる。



「明日音ちゃん、晴彦くんは浮気なんてしないと思うな」



 その確固たる言葉に、明日音の身根も容易く揺らぐ。そもそもの話、明日音も俺が浮気をするなど思ってはいないのだと思う。今回は多少、悪巫山戯を短いスパンでやってしまったという俺のミスだ。



「……先輩まで晴彦に言いくるめられたんですか」



 しかし、揺らいだ瞳はすぐさま猜疑心によって再生する。



「……これは重症かもよ?」



 先輩が俺に向かって笑いかける。



「説得とか、そういうの得意なんで」



 自慢ではないけれど、俺は自分の感性が正しいという、ことだけは信じている。



 正論を言うわけでもない。世界はいろんな考え方があって、俺は、その中の誰かが良しとした考え方で生きているというだけである。ただし聖人君子ではないので間違えばこうして罰を受ける。



「とにかく!晴彦は今日一日は部の手伝い!」



 そう言って、またカーテンは閉じられる。



「俺は昔、亭主関白が普通だった時代が信じられませんね」



 俺が言うと、雨宮先輩が笑う。



「晴彦くんと明日音ちゃんなら、亭主関白といってもおかしくないけどね」



 俺と先輩は鍋をかき混ぜる作業に戻る。カーテンの向こう側は騒がしそうだが、こちらは静かなものだ。というものの、まだ時間は十一時。カレーは昨日のうちに準備が出来ており、作業といえばご飯を炊く位なもの。



 もうひとつの企画、『春風ドリンクチャレンジ』は好評らしく、笑い声と言葉にできない苦悶の声が聞こえてくる。



「先輩は彼氏さんとどんな感じですか?」



 他の恋人たちがどんな付き合い方であるのか、俺は全く知らない。



「んー、普通だよ?というか、晴彦くんたちみたいに毎日顔合わせるっていうのが特殊だよ」



「まあ、そうですよねぇ」



 私も家隣だったら毎日行くと思うけど、と先輩は続けた。



「でも、普通と言われましても」



 その普通がわからないのだ。


 そうだよねぇ、と説明しにくそうな先輩が小さく笑う。話したくはないということではなさそうだ。が、普通を説明しろというのもまた無理な話か。



「よっすー、アマミーいる?」



 カーテンから顔を出したのは、陸上競技会で司会進行を担当した長谷川美紅先輩であった。

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