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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
九話目
123/159

文化祭で予定がない理由



 季節が移り変わることに後から気づくように、気づけば文化祭直前の日にちとなっている。



 十月最初の土曜と日曜、文化祭は二日間に渡って開催される。そして例のごとく次の月、火が振替休日。



 一年、三年にはこれが最後の学年行事になる。そのあと直ぐに中間テストが有り、それを乗り越えれば二年は修学旅行である。



「中々にハードスケジュールだよな」



 ともあれ、一年の出番はそう多くなく。学校の騒がしさとは裏腹に、平穏無事ないつもの日常を送っていた。



「そうだな。二年の先輩も部活を休むことも増えたし。まー、それはそれで自由にやれるから新鮮でいいんだけどな」



 バスケ部の練習に参加した帰り道。明日音からは部活動の準備に時間がかかるから先に帰っていて、との連絡を受けた。



 今日、明日と、最後の追い込みで作業をするのだろう。明日は申請さえあれば夜八時まで学校での作業を許される。それを処理する生徒会も勿論残ることになる。



「お前は時期バスケ部部長が確定的か?」



「わからんが、候補がなけりゃそうなるな」



 失恋の傷口がまだ癒えない裕翔も、普段の生活で笑ったりする程度まで回復の兆しを見せた。



 それに伴い、今更だが思春期のように男子女子ということを気にするようになり。内のクラスの女子に玩具にされる日常を送っている。



 うちのクラスの女子はここを女子高かなにかと勘違いしているのか、実におおっぴらに接してくる。バレー部の渋谷霞などはその筆頭のようなものだ。



 クラスメイトいわく、俺は『反応が薄くて詰まらない』らしい。



 役得だと考えている男子も多いが、女子らしくしろと担任にはいつもお叱りを受ける。男子より女子の方が問題児なのは内のクラスだけだろう。



「ああそうそう、俺、生徒会に入ろうと思う」



 俺が言うと、裕翔は特に驚きもせずにこちらを見た。



「ほー。まあ、お前らしいよな」



「俺らしいか」



「まあな。運動部も悪かないけど、晴彦はそういう印象があるよな」



 裕翔の変化は顕著だった。



 今までは長距離でも短距離でも全力前進の爆走バカだったのが、今は自分のペースを守って生きているように見える。



 一言で言えば、余裕がある。



 女に振られて何の余裕ができるのか俺にはさっぱりわからない。もしかすると、一度振られたからもう何回振られても同じだというやけっぱちに思えないこともない。



「……お前、あれから佐絵さんと連絡とってんの?」



 俺が言うと、裕翔はひどく微妙な感じで口角を引きつらせた。



「そういうこと聞くかぁ?」



 少しばかり不満そうな声。それからの顛末があったのかどうかさえ、俺は聞いていない。



「いやまあ、お前の変貌っぷりに少し思うところもあるってことだよ」



 俺が言うと、裕翔は頭をガシガシと撫でた。



「……連絡は、振られてからしてない。でも、連絡先は消してない」



「未練って奴?」



「まあ、そうなのかもしれねー。それに、今回の出来事を忘れないようにってな」



 そこまで言うと、裕翔は朗らかに笑った。



「なんつーか、絶対プロになってやるって気持ちがさ、強くなった。それでいて、まだ佐絵さんのこと好きだったら、その時また連絡してみようかな、ってな」



「その時まで恋はしないつもりか?」



 裕翔は首を振った。



「流石にそんなことは言わねーよ。他の人を好きになるかもしれないしな。正直まだ引きずってるけど、佐絵さんより好きになる人がいるかもしれないだろ?」



 確かにその通りだ。生きていればそういうこともあるだろう。



「いい思い出っていうのには早いけどさ。俺の中でさ、なんかスパッと吹っ切れたとこあるのも確かだし。やれることやっとけって感じだな」



「なるほどな」



 裕翔の中でも、プロへの思いはぼんやりしたものだったのだろう。それが振られたことによりはっきりとした。



 それが良かった悪かった、という話は俺にはできない。それは裕翔が決めることだ。



「じゃあ、大学進学は確定的か?」



「そうなるだろうなー。そっからプロか、アメリカにバスケ留学とかもいいかもな」



 俺には現実味のない話だ。それでも、こいつには目の前にその未来があるのだろう。



「教員免許も取っとけよ。プロになれなくても体育の教師になれば食い扶持はあるぞ。それに佐絵さんとも再会できるかもしれんしな」



 俺がアドバイスをすると、しらけた顔を裕翔はする。



「プロになるとか言ってる俺に言う話じゃなくね?まあ確かに、教員免許はとっといて損はないかもしれねーけどさ……」



 ここ最近、大学生と話す機会が増え、そういう話も耳に入ってきている。



 小夜さんもとっておけば損はしないと言っていた。小夜さんは取る気はないそうだけれど。



 俺の未来はどうなっている?裕翔のように壮大な夢も見れない俺にはどんな未来が待っているのだろうか。



 現実はこんなに煩く、景色も鮮やかなのに、未来はいつだって遠い。あと数年という時間の距離はあまりに長い。



「悪いな、平凡な発想しかできなくて」



「お前はそれでいいんだと思うけどな」



 珍しく、裕翔が神妙な顔で同意する。



「今回の件でさ、俺はお前と明日音ちゃんとの凄さを知ったよ」



「凄さ?付き合いは長いけど凄くはないだろ」



 裕翔との帰り道は寄り道が多いが、そのどれもに余り意味がない。相変わらず感性一筋で生きる男なのだ。



 裕翔に合わせてバスを使わず歩いて帰るため、それなりの時間がかかる。裕翔は自転車を引いて分岐路まで歩く。



「俺はなんつーかな、人間って結局、何かを通じて分かり合えるもんだと思ってた。バスケだってそうじゃん。プレーで主張して、一挙一動で察する、みたいなさ」



 だから、お気楽にいられたのだ。バスケをすれば、誰とでも分かり合えたから。



「でも、やっぱそんなことはねーんだな、とな。思い知った。特に男と女なんてのはな、俺の頭じゃ考えられん程難しい」



 だからな、と裕翔は言う。



「ずっと明日音ちゃんを好きなお前はすげーし、ずっとお前を好きな明日音ちゃんも凄い。尊敬するっつーのとは違うか」



 裕翔は注意深く、言葉を選ぶ。



「晴彦たちはさ、俺の理想の恋人像に近いんだよ」



 俺は一体、この告白になんと返せばいいのか。少し気恥ずかしく、それでいて呆れたような、不思議な感情。



「そう言えば、明日音みたいな奴が好みって言ってたもんな」



 俺が言うと、そんなことも言ったな、と裕翔は笑う。



「でも実際、俺は晴彦みたいに明日音ちゃんを好きになれない。俺にはバスケもあるし、夢もある」



 一生の内で手に入れられるものには限りがある。それは天才も凡人も同じ。



「だからまあ、お二人には仲良くやってもらいたいわけだよ」



 なぜか裕翔が照れくさそうに笑う。



「まあ、お前に言われんでも仲良くやるけどな」



 誰かに俺と明日音の仲をからかわれたことはたくさんある。



 けれどそれも、裏を返せばこういう意図が眠っていたりする。それを隠せない裕翔は、やはり馬鹿なのかもしれない。



 それでも、出会った時より、数段男前な馬鹿になった。俺はそう思う。



「裕翔は文化祭で女子を誘うのか?」



 俺が言うと、裕翔は苦笑する。



「クラスのやつと馬鹿騒ぎして終わりだろうな。失恋祝いとか言って霞がなんか奢ってくれるらしい」



「そりゃあ良かった」



 兄貴肌の委員長が太いのは足だけでは無かったようだ。これを言われると本気で蹴られる。



「晴彦は明日音ちゃんと回るんだろ?」



 実のところ、その予定はない。明日音も準備で手一杯のようだ。



「どうかな。顔を出すとは思うけど、回る余裕があるかはわからん」



「そうなんか。大変そうだな。折角の文化祭なのに」



「ま、明日音も楽しそうだしいいさ。そんときは俺も混ぜてくれよ」



「嫌だね。こんな時ぐらい、一人の寂しさを味わうといい」



 裕翔の性格は、どうやら少しだけ歪んだようだった。それも、多少人に好まれるような渋い具合に。



「違う女のこと歩いてたらすぐ明日音ちゃんに通報してやるからな!」



 ここ最近で明日音に散々怒られたばかりなので、それは御免被りたい。



 そんな言葉を吐き捨てながら、裕翔は自転車に乗って消えた。今のあいつなら、好きになる女子もいるんじゃないだろうか。そんなことを思わせる後ろ姿だった。

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