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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
九話目
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二組の賢者が黒い理由Ⅱ



「暇そうだから」



「生憎、暇じゃないのよ」



 風華が脇に置いた本を持ち出す。ここで本を読まれたら俺の負けであるような気がした。



「そもそも、なんで生徒会なわけ?暇つぶしはバスケ部があるじゃない」



 自分が誘われていることはさて置き、俺が生徒会に興味を持っていることを不思議がる様子の風華。



「まー、明日音の部活も本格始動してきたし、来年は二年でやることも増えるし。俺だけが暇なのは取り残されてるみたいでな。バスケは続けてもいいけど、所詮俺のは遊びだからな。それに、生徒会は裏方だから俺に合ってると思わないか?」



「まあ、似合ってはいるでしょうね」



 やはり、他人から見ても俺は裏方が似合うのだ。



「だからまあ、風華もどうかな、と」



「どうしてそこで私が出てくるわけ?」



「暇そうだから?」



 永遠に繰り返されるような話題に、風華が呆れたように頬杖を付いた。



「つまり、あんたは私を生徒会に誘う理由はあくまで明日音の話とは関係ない。そう言いたいわけね」



 明日音が何を不安に思っているのか、それは無論風華にもわかるだろう。自分がクラスでどう思われているのか、風華自身わかっているだろうから。



「まあ、そういうこと」



 風華は確かに二組では浮いているのだろう。それは確かに風華の態度によるものなのだ。



「図書委員との掛け持ちもできるらしいし。出すだけ出してみようぜ」



「出すだけで負けた気がするのはなんでなのかしらね」



 風華は溜息を吐いた。




 小野風華がクラスで浮いている理由は、『舞台に上がらない』からである。



 学年トップクラスの成績を持ち、『賢者』の異名を持つ風華のもう一つの渾名、それが『黒幕』である。



 しかし、黒幕も賢者も、舞台の中にいるべき存在なのである。



 裏方の俺は舞台を作る側。風華もそうだと思いたいようだが、生憎彼女は舞台の上で裏方を演じる『黒幕』なのである。黒幕が何も画策せずに、図書室に篭もりっきりだというのはやはり観客からしても納得の言うようなものではあるまい。



 一年二組の不協和音は、実のところそんなものなのだと思う。



 実力こそあるのに風華が何もしないから、槍玉に挙げられている。俺はそんな気がしていた。つまり、生徒会やなにやら、『黒幕』に活躍の機会を与えてやれば、それは収まるのである。



『ああ、やっぱ黒幕だな』と。



「図書委員をやめろとまでは言わないけどさ、俺の暇つぶしに参加してくれよ」



 生徒会に入れと言っても風華は拒絶するだろう。なぜ風華がそういったことに消極的なのかはわかりはしない。



 でもまあ、それほど拒絶もされないだろうと思っていた。俺も入るからということもある。風華は自発的にやらないだけで、付き合いはいいのだ。入ってしまえばあとは簡単。活動をしているうちに勝手に黒幕になってくれる。そうすることで俺も生徒会で楽になるという一石二鳥の手段なのだ。同僚が有能であるに越したことはない。



「晴彦、あんたって本当、なんていうか、人を丸め込むの得意よね……」



 風華が呆れを通り越して賞賛の瞳で俺を見つめていた。この場合は蔑みの意味でもあるような気もする。



「丸め込む?何の話だ」



「明日音の話聞かなきゃ私のとこに来ようとは思わなかったでしょ」



「今日は来なかったかもしれないな」



 だが、いずれは来ただろう。やはり舞台に上がるべき人間には、それ相応のステージがある。



 俺はその舞台に上がる予定はないが、裏方がいなければそもそも舞台はないのだ。俺のような人間も必要なのだと思っておく。



「しかし、裕翔の件といい、本当に明日音はお節介よね」



 確かに、明日音はそのことも多少なりとも気にかけていた。



「明日音は昔からあんな感じだよ。大抵は心配するだけで行動には移せないんだけどな」



 昔から明日音から小さなことを聞いては、俺が何かしら助言をしたり裏で手を回したりした。



「なるほど。そうして厄介な高瀬晴彦が出来上がったわけね」



「厄介とは失礼だな。自分では結構気に入ってるんだぞ」



 俺は裏方である。舞台に出ず、舞台の成功を祈る、舞台の枠組みを作る人間である。



 俺は今の位置が好きだ。他人の活躍を見ているのが好きだ。活躍しようと奮起している人が好きだ。



 明日音との好きとは違うが、好意という意味では同じだろうか。



 かといって風華のような人間が嫌いというわけではない。なぜなら、風華が消極的なのにも理由があるからだ。



「で?生徒会に立候補するのか?」



「するわよ。しなかったらまた何か手を打たれそうだし」



「それは良かった」



 苦々しげな風華の顔がどこか柔らかいような気がした。



「でも、生徒会って選挙でしょ。立候補が多ければ落選もあるんじゃない?」



「選挙って言っても本命は会長副会長で、他は立候補で当選確実みたいなものだろ」



 少なくとも、中学時代はそうだった。生徒会など真面目な学生の内申点稼ぎの場所だったのだ。だから好き好んでなる人間は居なかったし、なった人間に熱意などありはしなかった。



 しかし、ここ学校の生徒会はどこか異常だ。それを純粋に悪くないと思う自分がいるのだった。



「ま、そのへんの心配は心配になってからすればいいさ」



「相変わらず楽天的ね」



「明日音みたいに余計に心配しないのが主義でね」



 話はそれだけ?そう風華は笑った。



「なんで風華ってそんなに行事に消極的なんだ?」



 不思議に思い聞いてみる。活躍できる能力も資質もあるのに、決してそうしない。強く言うほどではないが気にはなる。



「そうきっぱりと言われると、心配しないんじゃなくて後先考えない馬鹿なだけなんじゃないかと思えてきたわ」



 その程度は考えている、と思うのだけれど。


 まあいいわ、と風華は息を吐く。どこかリラックスして背もたれに身を投げた。



「詰まらない理由よ。私が活躍しても、盛り上がらないと思うから。それだけよ。私なんかより茉莉が最後を飾ったほうが、勝つにしろ負けるにしろ皆納得する。私はそう思ってる。それだけ」



 風華も一度は夢見たのかもしれない。物語の主人公になることを。そして悟ったのだ。そのきっかけがなんだったのかは知らないが、自分はそうはなれないのだ、と。



 賢い風華は、それを心に刻み込み、表舞台から去ったのかもしれない。



「まあ、そういうのはあるよな」



「軽く言ってくれるわね。というかあんたもそんなクチでしょ」



「そうかもな」



 俺と風華だけではない。誰もがやがて思い知るのだ。



 世の中には何かに選ばれた人間がいる。



 俳優、女優、科学者、文豪、とある道のプロフェッショナル。



 何かに選ばれた人間がいるように、何者にも選ばれなかった人間もいる。



 俺もそうだし、風華も望んだものに選ばれなかった。バスケに俺が選ばれていたら、俺と裕翔はいいライバルだったかもしれない。



「そういうこと考えると、正直やる気失せるのよね」



「世の中そんなに甘くないってな」



 全くね、と風華が小さく笑った。



「でもまあ、生きてる限りは何かに必要とされるもんだろ?」



 自分が望んだ何かになるということは決して容易くない。それは才能だったりなんだったり。とにかく難しい。その志を絶やすことなく燃やし続けることすら困難だ。



 でも、自分が必要としない何かに必要とされるというのは、生きていけばままあるものであって。それを嫌々ながらもこなして生きていくのが人生というものなのかもしれない。母さんがそんな感じで生きている。



「そんなもんよね、人生って」



 風華も何かを諦めたかのように溜息を吐いた。清々しいほど悪役が似合う顔つきは、まさに黒幕と呼ぶにふさわしい貫禄を備えていた。

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