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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
九話目
119/159

人が孤独になる理由Ⅱ



「ということで、暫く部活が増えるかも」



 晴彦と合流する。風邪を引き休んでいた晴彦は、このところ図書館で時間を潰しているようだった。



 風華と一緒なのだけれど、何をするわけでもなく、二人ともひたすらに本を読んでいる姿は、私でさえ声を掛けづらい。晴彦は特に読書家というわけではないのだけれど、別に本を読まないということもない。ドラマの原作などを好んでよく読む。



「そっか。じゃあ俺もぼちぼち、バスケ部で身体を動かしますかー」



 夕方は夏服ではやや肌寒くなった。上着を着るほどではないがカーディガンを羽織る女子は増えた。私はまだ平気だ。身体は特に強く出来ている。



 秋の風景も見慣れたように後ろへと流れ、街並みは謎のハロウィンを押す流行に乗っている。かぼちゃの装飾を少し見かける。まだハロウィンには早いというのに。



 商店街には秋の味覚を売り出す店で、季節限定という言葉に弱い人たちが群れを作っている。



 手を繋ぎたいが、人通りを気にして上手く踏み切れない。



 人目がどうしても気になる、というのは、まだなにか晴彦の恋人であるということに引け目を感じているからだろうか。虚しく私の両手が前後に動く。



「バスケ部は何かするの?」



 運動部はあまりそういうことをしないが、お祭りだということで何かをしようという部活動もある。



「バスケ部は何もしないんじゃないか。嶋村部長もああいうの苦手そうだし」



 文化部より運動部に所属している人の方がやはり多い。クラスの出し物もあるだろうし、運動部の反応は鈍い。まあ、文化部に焦点を当てたイベントなのだから仕様がないけれど。



「じゃあ、晴彦は完全フリーなんだ」



「そういうこと。明日音は忙しそうだな」



「ちょっとね」



 小さく笑う。晴彦に指摘されて気づいたのだけれど、私はよく笑うようになったのだという。



 いや、私としては普通に笑っているつもりだったのだけれど、晴彦からはそうは見えていなかったということだろう。昔から晴彦はもっとうまく笑えと私の頬を掴む。それはただのコミュニケーションだと思っていたのだけど、事実は違ったのだ。



 私がどんな顔をしているのか。鏡を見ても、全く感慨がない。風華と茉莉からすれば、晴彦と一緒の時と授業中の顔は違うらしい。



 私は今、どんな顔をしている?それを尋ねるように晴彦を見る。



「ん?」



 晴彦は少しだけ考えて、笑顔で私の手を握った。暖かい。



「あ……」



 どんな顔をしていたのかな。それは変な顔じゃないかな。



 暖かくなるのはてだけではなく、心も。



「寒くなってきたしな」



 どこか言い訳のようなそれを、私も頷いて受け入れる。寒いから、仕方ないのだ。揺れるては重みでゆっくりと。そして、それに合わせて歩みもゆっくりと。



「でもそうすると、一年生は大半が暇人になるわけだ」



「そうだね。でも退屈はしなさそう」



 ステージと化した体育館には、何かしらの出し物が催されている。



 演劇部の公演は一日に一回で二日間あるし、吹奏楽部もそうだ。他、売店を出さずにそう言った出し物をやりたいというクラスは多い。



「確かに、物を作って売るっていうのは裏方が多いし、忙しければ回る時間もないしな」



「そうだね。出し物なら一回でいいし、終われば自由時間だしね」



 この出し物のバランスをとるのがまたしても生徒会の役割。このイベントを最後に三年の生徒会長が辞任し、すぐそこに控えたテスト後に選挙があり、あたらしい生徒会長が決まる。



「生徒会は大変そうだな」



「興味あるの?」



 その何気ない発言に、晴彦は驚いたように私を見た。



「興味ありそうだったか?」



「ちょっとだけ。それに、晴彦って裏方好きだし」



 昔から、晴彦は目立つ方ではない。まあ、いつだって目立つ場所に入るのだけれど、スポットライトは別の人に向いている。



 佐々木くんの隣にいる今のポジションがそうだ。晴彦は決して、自分だけが目立つことを好まない。それは晴彦の性格のようなものだ。目立ちたい人に出番を譲り、目立てない人に活躍の場所を上げる。



 晴彦が皆から慕われるのも、そういったところなのだろう。



 私としてはあまり好ましくないこともある。どうやら私は恋人、というより『肉親』と判断されているのか、時折晴彦は私を後回しにする。この前の佐々木くんのナンパ騒動の件もそうだ。いくら友人のためとは言え、女の子探してくると普通は言うだろうか。



 そのことに不満がないわけではないし、晴彦もそれは薄々理解しているだろう。それでも、そうするのが晴彦なのだと私は思う。



 一言で言えば、苦労性なのである。



「うーん。確かに裏方仕事は好きだが……。生徒会はそれはそれで面倒そうだよな」



 陸上競技会の仕切りなどを見てそう思ったのか。まあ、確かにあれはあれで少しおかしな部分もある。



「あれは生徒会というより、先輩が尖ってるだけだと思うけど」



「確かに、うちの二年生は凄い性格の人多いよな」



 二人でそう言って笑う。




 学年ごとの空気で言えば、二年生が一番騒がしいのは間違いない。個性派ぞろいだ。



 三年生は今ひとつわからないが、今年の一年は大人しい方だろう。



 そう、大人しいのだ。異常なほどに。



「晴彦、風華のことなんだけど」



「うん?風華?」



 私が急に話の矛先を変えるので、晴彦は戸惑ったような声を上げていた。



「陸上競技会のときもそうだったけど、風華って基本的にああいう行事に乗り気じゃないんだよね」



「あー、まあ、そんな感じだろうな」



 混合リレーのアンカーの候補として、当然風華も名前に上がっていた。しかし、



『華がないじゃない。リレーに必要なのは華よ。私じゃない』



 と言って、自ら辞退した。そして自身は地味な競技で地味に一位を取っていた。名前は風華であるのに『華がない』と風華は言う。



「だからね、クラスで浮いてるって訳じゃないけど、誰とも馴染んでないっていうか」



 私と茉莉はほかのクラスメイトとも話はするが、風華は滅多に喋らない。なんでそうするのかもわからない。



「風華は、文化祭の最中も図書室にいる予定なんだって」



「あいつらしいな」



 晴彦はそれを好意的に受け取っているようだが、私にはどうもそれができない。



「晴彦はそれでいいと思うの?」



「明日音はまずいと思うわけだ」



 私は言葉につまる。



 風華の言動がいけない、と思うわけではない。しかし、どこか不安になるのは確かだ。女子の世界というのは意外にはぐれものに厳しいから。




 このままでは、いつか。そう思う自分もいる。そうなれば、私も風華から距離を置いてしまうかもしれない。そうなるのが嫌だ。



「んー、じゃ、ちょっくら話でも聞いてこようかね」



「うん、お願い」



 こういうことに関して、晴彦はとても頼りになる。人間関係だとか、答えの出ない問いの落としどころを見つけるのがうまいのだ。



 同じ裏方でも、晴彦は目立つし、風華は目立たない。その差がなんなのか、私にはわかるようでわからない。



 平凡なんだな、と私は私のことを思う。



 何も変わったことはない。私にはわからないことが晴彦にはわかるし、私にはできないことを晴彦はやれる。



 昔は、それを受け入れられなかったのだ。



 内心では、晴彦が私を優先しないことに腹を立てていた。今は違う。私を優先していなくとも、晴彦は私を大切に思ってくれている。



「両手を繋げればもう少し暖かいのにね」



 今までにない手の感触が、私をちょっとずつ強くする。



「そんなことしたら進めないだろ」



 そう、両手を繋いだら歩けないから。私が繋ぐのは片方だけ。



「じゃあ逆の手は何に使うのかな?」



 私の問いに、晴彦は困惑する。



「買い物の荷物持ったりとか?」



「それもいいね」



 晴彦が怪訝な顔で私を見る。



 晴彦のもう片方の手は、きっと誰かを救うためにあるのだ。私はそう思う。



 二つあるものを両方独占したいという思いはある。



 当然ながら、晴彦が他の女子と仲良くしているのは不安だし、いい気分ではないけれど。



「なんだよ、さっきから」



 どこか困ったような晴彦の仕草は、どこか新鮮で。



「ううん、べっつに」



 やはりこの世界は、二人だけで生きていけるほど、甘くはないから。



 だからこそ、私は片方の手を大切に、大切に握り締めるのだ。

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