恋の病が治る理由Ⅳ
そして次の日の朝。
「三十八度七分……」
明日音が俺の部屋で、体温計を眺める。
「こりゃ休みだね。僕はもう行くから、恭子さんあと宜しく」
父さんは朝七時に早々に出社。
「まったく、こうなることはなんとなくわかってたんじゃないの?」
母さんがベッドで横たわる俺を見下ろしながら苦言を呈す。
「ここ最近は平気だったのにね」
明日音が俺のおでこに手を当てる。冷たくて気持ちがいい。当然のように体温計にあるのは俺の体温で、ベッドから立てずに今に至る。
「自分でも忘れてた……」
俺はなぜか、季節の変わり目に熱を出しやすいのだ。だから夜遊びなどを極力控えている、いや、いた。
咳は出ないが、身体が熱く怠い。立つと世界が歪んで、まっすぐに歩けない。今回は割と重症のようだ。
「ま、こんな体質じゃあ浮気もクソもないわね」
母さんが嘲笑うように俺を見下ろす。
言葉もない。たった数十分、秋の夜中に出歩いただけでこれだ。
「それはそうと、私も行かなきゃいけないんだけど……。今回は結構重そうなのよね。熱もあるし、誰かが看病してくれてたら助かるんだけどなー」
あからさまに明日音に視線を送っている。
「明日音は、学校あるだろ」
俺が言うと、強い否定の声がした。
「学校なんて一日休んでも構わないわよ。真面目に勉強してるし、二人とも成績悪くないのは知ってるもの。だから、ね」
母さんは明日音を丸め込むのがうまい。これが奈美さんだったらこうはいかないのだが。
「え、えっと、休みの連絡を……」
「奈美さんには出かけるとき行っておくから。あ、冷蔵庫の中身は何時も通り自由に使ってもらって構わないけど、買い物に行く時はちゃんとレシート貰ってね」
じゃ、病人をよろしく。
そう言って母さんも出勤した。
「大人は冷たいな」
「仕方ないよ、仕事だもの」
しかし、そういう明日音の表情はどこか嬉しそうだった。
「朝ごはん食べれそう?」
「無理。薬だけ飲んで昼にする」
わかった、というと、明日音はタオルを絞っておでこにのせ、着替えのため一旦自宅へ戻る。
俺も目を閉じると、意識はすぐ闇へ閉じた。
そして昼。
明日音は俺の部屋を掃除したり、俺の机で勉強をしたりしていた。伝染るぞというと、
「大丈夫、今まで一度も伝染った事ないから」
と一蹴。事実そうで、なぜか明日音は裕翔並に健康優良児なのだ。特段明日音が不健康な生活をしているというわけではないのだけれど、病人の近くにいても感染るとかそういう話もない。インフルエンザなどにも俺はかかったのに明日音は何故かかからない。
「晴彦晴彦、これ」
昼食時、明日音が携帯を近づける。
「佐々木くん、復活したみたい」
そこには、
『バカップル爆発しろ』
という本文とともに、挑発するようなポーズの茉莉、風華、裕翔が写った写真が添付されていた。
「病気はいつか治ると思ってない辛いからな」
失恋ではないが、今まさに俺はその辛さを思い返している。
「早く治さなきゃね」
明日音が俺の頬を撫でる。いつもとは逆の立場だが、これもまたいいだろう。
俺は酸素を取り込むために息を吐くと、また容易く意識を落とした。