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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
八話目
115/159

恋の病が治る理由Ⅱ



 言ってしまえば、裕翔が振られた最大の理由は、あいつが天才だったからなのだ。ほんの少しでも、その可能性を見出しているからなのだ。



「二十一だっけか」



 俺たちが今年で十六。歳の差は五歳。




 長いようで短いその年月に、絶望的なほど人間に現実を教え込む何がかあるのだろうか。夢は所詮夢だと凡人に絶望を教える何かがあるのだろうか。



 それを思うと、世の中の天才が不憫で仕方がない。



 彼らは凡人とともに育てられ、凡人が生きる世の中を教え込まれ、凡人のように育つのだろうから。



 俺は天才だと、俺はやれると勘違いした馬鹿でない限り、今の世の中では釘は出ることさえない。



 好きか嫌いかの話で行けば、裕翔の見た目を嫌いという人間は少ないだろう。しかし、あいつの中身を嫌いという人は多い。それはあいつがひたすらに高みを目指すことしか考えないから。自分には届かない場所へ手を伸ばしているからだということを、大抵の人間はうまく隠して過ごしているだけなのだ。



 今から会いにいくのがその天才の一人なのだと思うと、まあ複雑な気持ちでもある。平凡な俺があいつにアドバイスなど、それこそ悪影響なのではないかと思う自分さえいる。




「あんまり気にしても、か」



 天才は孤高ではあるかもしれないが、決して孤独ではないだろう。どんなにうまいサッカー選手も、十一人対一人では勝ちようがないのだから。



 意を決して歩みをすすめると、ボールの音がこちらに気づいたような音を発する。



 案外俺もまだわかるもんだな、と驚いた先には、同じくジャージ姿の佐々木裕翔がいた。



 ジャージといっても、俺も裕翔も学校指定のものでは勿論ない。有名メーカーの、少しオシャレに見えるやつだ。まあ、ジャージの時点でお洒落もないが。



「よう、悪いな、こんな時間に」



 暗闇でも迷いのないドリブル。ボールが手に吸い付くようとはまさにこのことだろう。



「全くだ。夜出歩くなんてあまりしないからな。無駄に緊張したぞ」



 裕翔の声色は静かで、いつものようではないけれど常識の範囲内。



 うっすらと見える顔は泣き腫らしたようでもなく、何かにショックを受けているという風でもなかった。ただただ、何が起こっているのか理解できていないようだった。



「別に体調は悪くなかったんだけどな。失恋ってのが、生まれて初めての衝撃だったからな。皆にどう接していいのかわからんくなって、休んじまった」



 はは、と軽く笑うが、症状は深刻なようだった。



 惚けている、と思う。それは一つ石に躓いて、そもそもなぜ歩いていたのか、なぜこの道を進むのかということを無為に考え出した旅人のようである。



 裕翔がボールをこちらに寄越す。暗闇でも、身体は難なくその動作をこなした。



「ボロクソに言われた」



 裕翔は脈絡もなく言葉にした。



「何がいけなかったのかよくわからないし、何が佐絵さんを傷つけたのかもよくわからんかった。断わられた、っていうより、拒絶された、っていうのが近いか」



 それはある意味予想外ではあった。



 彼女は大人だったし、大人のように見えた。しかし、内面ではまだ子どもで、うまく人を遠ざけることに不慣れだったのか、それとも内側になにか重く暗いものを抱えていたのかもしれない。



 何と言われたのかはわからない。



 しかし、佐々木裕翔という人間を傷つける、辛辣な言葉を吐いて切り捨てた。彼女にはそれしかできなかった。



「何が良くなかったのかな」



 裕翔は繰り返す。



 この傷は、思った以上に深いのかもしれない。裕翔が痛みを感じていないように思えた。



 言葉を交わして直ぐわかる。今はバスケどころではない。ボールを手放さない決心をする。



「何が行けないってんなら、タイミングだろうな」



 裕翔が悪いというわけでもないだろうし、彼女が悪いというわけでもない。



 ただただ、間が悪かった。



「じゃあどのタイミングならいけたんだよ?」



 その声は、少しばかり苛立っているように思えた。



「あの人は就職間近で、他人のことを思う余裕がなかった。自立している相手ならともかく、今は年下の面倒を見れないと思った」



 憶測である。



 彼女が決して年上が好みだとかいう話ではなく、今は、ということ。



「更に言えば、彼女は恋より仕事を優先するようなタイプだった。まず仕事の安定、恋はそれから、って感じだな」



 何かに秀でたような人ではなかった、と思う。だからこそ努力家であるとは思うのだけれど。



「もしお前がプロのバスケットプレイヤーで、一人前以上に金を稼いでいるんだったら、きっと断らなかっただろうぜ」



 とどのつまりは、こういうことなのだろう。



 安定とはつまり、金だ。



 世知辛い話でもある。結局俺たちは金を稼げないから子どもと世界から隔離されるのでる。



「なんだよそれ……。世の中結局金か?」



 裕翔は失望したという瞳を俺に向ける。



「生きてくためにはな。一つの条件だろ」



 鋭い眼光が闇夜を裂いて近づき、俺の胸ぐらを軽く掴んだ。



「じゃあお前は明日音ちゃんを十億で買うって奴がいたら売るのかよ!?」



 とんでも理論である。そもそも明日音は俺の物ではないし、売買の権利は俺にはない。



 まあ、そうでなくとも裕翔の言いたいことは理解できる。

 怒っているのではない、イラついているのだ。そう思うと、こっちは少し笑う

余裕さえある。



「どうだろうな。十億か」



 目の前に十億積まれ、これでもう明日音と会わないでくれと言われたら。



「考えるよなぁ、正直」



 そんなことを現実にやられたら、自分の意思とは関係なく頷いてしまうかもしれない。十億という重みは、言葉よりもずっと重い。



「んだよ、愛がねぇなあ」



 笑った俺を不気味がったのか、裕翔は手を離す。




「愛があればなにもいらないなんてよほどだろう。明日音だって俺がただの穀潰しなら見限って他の男についていくさ」



 現実とはそうなのだと思う。



 だからこそ、俺は努力をするのだ。誰のためでもない、俺のために。



 裕翔はごろんとアスファルトに横になる。まるで人生に疲れた大人のようだ。

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