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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
八話目
114/159

恋の病が治る理由

 


 裕翔から連絡があったのは、裕翔が休んだ日の夜八時過ぎだった。



 明日音は夕食が終わり家に帰宅し、いつもの一日の終わりを感じていたその時である、



「ん?」



 携帯が鳴っている。電話の主は、佐々木裕翔だった。携帯電話の呼び出し音は、電話に出ろ、と急いているようで余り好きではない。



「なんだなんだ……?」



 やや不穏な気配を感じながら、しかし出ないわけには行かないその連絡を受ける。居間を去りながらその電話を受ける。



「おう、どうした?」



 電話の向こうからどんな声がするのか、少し怖かった。



『よぉ、ちょっとバスケしようぜ』



 しかしその声はいつもと同じようで、しかしやや悩んでいる、普通をなんとか装っているのだ、というように聞こえた。



「今の時間でバスケなんて、出来る所ないだろ……」



 外に設置されてある河原のバスケットゴールには街灯などないし、明かりのある施設には保護者の同伴が必要だ。




『いやまぁ、パス回すくらいでいいからよ。ちょっと身体動かしたいんだ』



 やはり裕翔は振られたのだろう。そんな思いが今更になって現実味を帯びていた、



「……まあ、そのくらいなら付き合ってやらんでもない」



 何もするな、と風華には言われた。だからまあ、俺は何もしない。ただバスケをしに行くだけだ。




『……悪いな。じゃ、いつもの河原で』



 そういって一方的に電話は切れた。



「……準備するかぁ」



 完全に寝巻き姿だったので、自信を奮い立たせてジャージに着替える。中々にだるいが、まあ仕方がない。



「ちょっと出てくるから」



 母さんにそう告げる。



「こんな時間に?明日音ちゃんとこ?」



「……ちょっと走ってくるだけ」



 説明するのも面倒だし、正直照れくさい。そう思い、言葉を濁して家を出た。母さんは特に何も言わなかった。こういう時は。いい母親だと思う。こういう時だけ、だが。



 街は当然ながら静かだった。



 夜の街に繰り出す頻度はそう高くない。いつだって俺の一日は放課後とともに終わるに等しく、不良のようにいつまでも街を彷徨いて警官に補導されるなんて別の世界の話である。



 少し冷たい風に吹かれながら、河原にあるバスケットゴールを目指す。



 土日など、部活の練習が終わってもまだ動き足りない時には、二人で使用している。相変わらず柵がないので、ボールが一度川に落ちていったこともある。運良く川辺に引っかかって取れたけれど、あの時は焦った。ボールは未だ学校の備品を勝手に持ち出しているからだ。



 夜の街というのはどこか寂しげだけれど、これが本当の姿なのかもしれないと思う時もある。




 残業で疲れ果てたサラリーマン、外食で腹を満たす家族。早くも酔いつぶれてやんやと騒いでいる若い人たち。




 日の光にあたっている時も確かに真実の姿なのだろうけれど、闇の中に浮かぶ姿こそ真実だと思ってしまうのは、俺が根暗だからなのだろうか。



 誰しも人は見られたくない部分を持っていて、闇の中でそれを惜しげもなく晒すのだと思ってしまっているからだろうか。



 では、俺が人に見られたくない部分というのはどこなのだろうか。



 通り過ぎる街を背に、そんなことを考えながら歩く。歩き慣れた道だけれど、目に見える景色は全く別のような気がした。吐く息もよく見れば白いもやが混ざり、もう夏のような暖かさはないのだと実感する。




「職質とかされたらどう答えるべきなんだ……?」




 何も悪いことをしているわけでもないのに、警戒心を巡らせる。十善な市民には、不良もそうだけれど警察という国家権力も同じように恐ろしい存在でしかない。



 しかし、それをかいくぐって遊び回る同年代がいるという事実に、俺は少しだけ感心するような気でいる。



 何が楽しいのかはわからないでもない。常に日の光が当たる世界は生きにくいだろう。本当の自分というものを求め続ける若かりし叫びなのだと思う。真似しようとは思わない。俺にはもう、『俺』があるから。



 どぎまぎしながらも、いつもの河原にたどり着く。街灯のない川は恐ろしい程真っ暗だが、橋の上をたまに通過する車のヘッドライトが時折、周囲を照らしていた。



 闇に目も慣れ、猫の様に大きく開いた瞳孔を最大限に活用する。それより先に、耳が聞き慣れた音をキャッチする。



 ボールが地面をバウンドし、少し間が開けばボールがリングに当たる音。



 跳ね返ったそれを取りに走る足音。



「……バスケ馬鹿め」



 佐々木裕翔は、小学校からこの練習場を独占してきたのだという。



『うちは庭とかねーからな。家で練習する場所もないし。ここならタダだろ?』



 確かにそれはそうだが、ここにあるサイズは公式サイズで、小学生ではやや身に余る大きさだ。



『将来的にこの大きさになるんだから、今から慣れてたほうが楽だろ?』



 それもあいつはそう言って笑った。根っからのバスケットマンなのである。



 だからこそ、あいつは今回振られた、と言っても過言ではないのだけれど。



 普通の人間は、バスケットより自分の人生を選ぶ。



 誰だってそうだろう、バスケットをし続けて生活できる人間がこの世の中でどれくらいいるだろうか。



 日本の野球選手を数えても、野球で食って行ける人は数百人。比率で言えば一%にも満たない。さらに日本ではマイナー扱いも甚だしいバスケットボールで金を稼ごうというのなら、それは才能に恵まれることが第一条件で、更に運と実力、その他にもきっと数々の何かが必要なのだろう。



 そんな僅かな可能性にかけるよりは、そこそこ活躍してそこそこ女性にもてて、そこそこ武勇伝として語れる思い出の一つにしようという人が大半のはずだ。



 そして、裕翔が好きになった鈴森佐絵という人も、言ってしまえばそういう人が好みだったのだ。



 しかし、裕翔は違う。



 アイツにはバスケットで食って行ける『かもしれない』才能があって、人を惹きつける『かもしれない』何かがあって、バスケット選手として大成する『かもしれない』未来がある。佐々木裕翔は、その可能性に全てを賭ける男であるのだ。

 

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