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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
八話目
111/159

たまに一人になりたくなる理由



 振替休日が終わった、火曜日。



 その日、佐々木裕翔は学校を休んだ。学校内は次の文化祭へともう心が移っていて、校内の話題はそれ一色。また、文化祭へ向けてカップル成立の流れが出来つつあるのか、どこかしこ男子も女子もそわそわとしているような気がする。が、しかし、我がクラスの話題は健康優良児、佐々木裕翔の欠席にあった。




「あいつが欠席とか……、マジショックだったんだな」



「ほんと、誰だよ?裕翔告白したやつって」



「佐々木くん、見た目だけはいいのに。うちの生徒ならともかく、他校の生徒で断るひとなんている?」



「だよなぁ。うちの一年なら断るのもわかるけど……。もしかして同中とかじゃね?」



「あーあるある。他校の制服着た懐かしい顔見るとさ、あれ、こいつこんなだっけ、とか思うときあるよ」



 当たらずとも遠からず、という噂話が、俺のクラス内部でのみ流行していた。



 皆その答えを俺に求めず、しかし、何とかしろよという無責任な視線を俺に寄越す。



 俺はなんだか肩身が狭くなり、昼食時に明日音のクラスへと逃げ込む。



 壁一枚隔てただけであるのに、まるで別世界のようだった。ついその愚痴を漏らすと、早速風華が不満を顕にする。



「他人の失恋なんてどうしようもないっての。気晴らしなんて虚しくなるだけなんじゃないの?」



「そうかもなー。まあ、優しくしてもらうのは悪くはないと思うけど、虚しさは埋まらないよな」



 風華と茉莉が、対処の使用も必要もないと、弁当を口に入れる。二人はそっとしておいて欲しい派なのかもしれない。



「風華はともかく、茉莉は失恋とかしたことあるのか?」



「なんで風華はともかくなの?」



 明日音が素直に聞いてくる。



「素直に聞いても答えないだろ」



 俺が答えると、あ、そっか、と明日音は納得した。



「何がそっか、よバカップル。確かに失恋どころか初恋もまだだけど、ある程度人の気持ちを鑑みることは人としてできるのよ」



 風華が苛立って俺の弁当から煮物を奪う。



「じゃあそれはアドバイス料ということで」



「おーいいな!私も相談に乗ってやるから明日音の弁当食わせてくれ!」



「明日音の弁当から取れよ!茉莉めっちゃ食うだろ!?」



「明日音のは肉肉しさが足りない!育ち盛りには米と肉!」



 箸で俺の弁当の肉を狙ってくる茉莉の箸を、俺の箸で受け止める。



「行儀悪いわよ」



 風華が目を細める。



「だったらこいつを止めてくれよ!」



「いーただきっ!」



 茉莉は箸を捨て、素手で俺のミートボールを掴むと、それを口に入れた。



「うまっ!?これなに!?」



 茉莉が驚きを口にする。、なに、と言われても、ミートボールである。



 指に付着したソースを美味しそうに舐め取りながら、茉莉が問う。



 ミートボールだよ、と明日音が笑う。



「お弁当の具材は手作りだけど、作り置きして冷蔵庫に入れてあるんだ」



「とはいうものの、最近はそのタレとかも自分で作ってんだぜ?」



 俺が言うと、風華が嘆息する。



「主婦を超えて料理人ね」



「流石に一からは作らないよ?あるものを応用するだけ。晴彦も暇なときは手伝ってくれるし、お弁当なんて言っても今は詰めるだけかな」



 日曜など、予定のない暇な日をそうやって過ごすのだ。まあ、俺は覚える気はないので肉体労働専門だけど。



「このバカップルに失恋がどうこうとかを教えるのは時間の無駄のような気がしてきたわ」



「私もそう思うぞ……」



 茉莉と風華が呆れたように瞳を合わせた。



 馬鹿にされているというのに、明日音はどこか恥ずかしそうに、嬉しそうに弁当を食べていた。



「今日の晩飯は肉多めな」



「うーん、じゃあ買い物だね」



 予期せず、放課後の予定が決まった。



「さて、俺の弁当の中身を奪った分の見返りはもらうぞ」



 品薄になった弁当をつつく。部活動には所属していないが、俺も育ち盛りには違いないのだ。



「失恋した時に何をしてもらいたいか、ってことだろ?難しいよな」



 一番大きな報酬を奪っていった奴が戦力外なのは、非常に納得のいかない現実である。



「そうだな。どうしたら裕翔を再起動させることができるんだろう」



「再起動って、機械じゃないんだから……」



 明日音が素直にツッコミを入れる。



「そう考えると、異常が起きた時に勝手に処理できるコンピューターが如何に優れているかわかるわね」



「でも、壊れたら人が治すしかないぞ?」



「機械にだって寿命はあるでしょ。手間はあるけど、壊れた部分を換装すれば治るわ」



 どこまでもドライな風華に、明日音が反撃する。



「でも、佐々木くんの心を何か別のものに変える事はできないよ」



 其の通り。



 壊れているのは、いや、壊れかけているのは裕翔の身体ではなく、心なのだ。



 それを交換するということは、佐々木裕翔ではなくなるということに等しい。



「そうね。そしてそれを癒すこともできない。なら結論はやっぱり一つよ」



 風華が堂々と結論を述べる。俺たちはそれを、昼食の手を止めて待った。



「放っておきましょう。傷はいつか癒えるものよ。傷跡は残っても、いつまでも血は滴らない。人間ってそういうものよ」



 風華特有の、小難しい小説のような言い回し。だが、それもあながち間違ってはいないのだ。



「でも、それでいいのかな?」



 明日音が更に突っかかる。今回、明日音はこの問題に関心を示しているように思えた。



 しかしそれは、佐々木裕翔という人間の心配より、自分のことを気にしているような素振りに俺には見えた。



 そしてその中途半端な問い掛けは、決して風華の理屈に届くはずがない。なぜなら、風華はもう、こうするべき、という答えを出しているから。



 それを曲げるには、それ相応の理屈を用いなければならばい。なんとなく違うと思う、という言い分では風華は決して靡いたりしない。

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