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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
八話目
110/159

男が失恋を引きずる理由Ⅲ


「佐々木くんのこと、皆に言ったの?」



 頷くと、明日音も考える仕草をする。



 佐々木裕翔は告白したのかさえその実不明であるが、告白しないという選択肢は裕翔にはないだろうし、成功していたら浮かれて連絡でもよこしそうなものではある。



 改めてそう考えても、やはり裕翔は振られたのだと思う。



「佐々木くん、大丈夫かな?」



 その答えは俺にも答えられない。



 失恋というものの衝撃の重さを、俺も知らない。そしてっそれはきっと明日音もだろう。今まで考えたこともなかったそれが、意外に身近にあることを明日音は知ったのだ。



 明日音は本気で裕翔のことを心配しているのだろう。しかしきっと、心の内では失恋という現実に怯えているような気がした。果たしてそれに自分が耐えられるのか。耐えられないだろうと思っているから、怖いのだ。



 その点俺は、全く裕翔のことを心配していなかったりする。



「まあ、大丈夫だろ」



 根拠のない話である。



「失恋で立ち直れない奴なんていないんじゃないかな、と思う」



 一般論である。失恋で立ち直れない人間はきっといない。ただし、人が歪むことはあるのだろう。



「そんなものなのかな」



 その言葉のニュアンスには、恋ってその程度なのかな、という意味合いが含まれているような気がした。



「俺が振られたわけじゃないからよくはわからないけど」



 すると、また不服そうな瞳を明日音は見せる。やんわりと笑って返す。



「皆きっと、次へ進むんだと思う。そりゃあな気もするし落ち込みもするだろうけど、ずっとその状態ではいられない。裕翔も、きっと立ち直るさ」



 けれど、やっぱりそれがいい方に向かうのか悪い方に向かうかというのはやはり賭けで。風華のように、良い方へ向かうと信じられる要素は何一つなかった。けれど、俺にできることもないのだと思う。下手な慰めは、裕翔の恋を貶めるような気もした。



 たとえ俺が明日音に振られたとしても、『もっといい女が見つかる』という言葉は簡単には聞きたくないような気がしたから。



「だから心配すんなって。文化祭まではなんとかなるって」



 強く言い切るように言うと、明日音もどこか納得したようだった。



「うん、そうだね」



 世の中は進んでいく。裕翔だけ止まっていることが許される時間は、そう長くはないのだと思う。やがて流されるように、裕翔もどこかへ流れていく。



「それにしても、髪伸びたな」



 明日音の髪は、肩を越えている。今までにこんなに長くしたことはなかった。



「変かな?」



 首を振ると、はらりと柔らかそうな髪が揺れる。



 別段嫌いではない。見たことのない姿を見るというのは心躍るものだ。



「ん?男の匂いがするぞ」



 実際にそんな匂いはしなかったのだが、冗談で言ってみた。



「しません。打ち上げでも男子とはそんなに話さなかったし」



 春風部長の携帯番号はいっぱい聞かれたけど。明日音はそう言って笑った。



「先輩はあの一件以降また好感度上がったよなぁ」



 元々アイドル的存在だった彼女は、競技会の一件以降さらにファンの数を増やした。男に好かれるならまだしも、女にからかわれるという新たな好かれ方を確立した。いや、先輩的にはきっといらない要素だろうけれど。



「先輩からは散々愚痴を言われたけどね」



 明日音も笑う。申し訳なく思ってはいるのだろうが、明日音が悪戯心というものを自覚し始めたような気がした。前まではバカ真面目で面白みのないと思われることが多かったのだ。



 そんな明日音に、俺の悪戯心が首をもたげる。



「明日音ー」



 気軽に呼ぶと、何?と言いながら明日音がこちらを向く。



「うんっ!?」



 そして、その唇を塞ぐ。



 なんのことはない、ただのキスである。しかし、明日音は面白いように身体を強ばらせ、視線を右往左往。そして真っ赤に顔が赤くなるという初心な反応を見せてくれる。



 面白い、というのもあるが、キスはしたい。身体を触れ合わせたいという欲求はやはりある。



 明日音の唇は味わったことのない匂いと温度と味で、至近距離から見る明日音の瞳の奥とか、鼻の頭が肌に擦れるときに感じるやわらかさは、男にはないものだ。



 両手を明日音に添えると身体が震える。緊張しているのだろうか。呼吸と止めているのか、鼓動が弱い気がした。



「ふむ……っ」



 喜びはあれど、緊張はない俺はその様子をじっくりと観察することができた。抵抗をしないということは、明日音もなにげにこういう行為を望んでいるということなのだろうか。俺の行為を受け止めようという姿勢に、感動する何かがある



 最後に舌で軽く明日音の唇を舐めると、身体がびくりと震え、そしてまた俺を睨む明日音。




 相変わらず言葉にはしていないけれど、行為を伴って恋人という実感を得た俺たちだけれど。



 明日音が嫌がることはしたくないし、拒絶されるのは少し怖い。幼馴染という間柄を超え、俺と明日音は何をどこまでやってもいいのか気に掛かり、クラスメイトが思うよりは余り前に進めていないのが現実であった。



 キスは初めてではないけれど、これも明日音がどう思っているのかよくわからない。『キスしていい?』と聞くのもムードがないような気がして聞きはしない。けれど、この様子なら嫌というわけではないようだ。



 キスの後の沈黙は、何を話したらいいのか。



 何も話さなくてもいいような充足感はあるけれど、それが正しいのかはわからない。



「……唐突」



 未だ顔を真っ赤にした明日音は、顔を離しながら距離を詰める。



「……まあ、事前に聞くのも、な」



 そんなぎこちない会話も、少しにやけてしまう程楽しい。



「嫌か?」



 答えはわかっていたけれど、あえて口に出す。明日音がどう考えているのか。

それは俺の勝手な思い違いなのかもしれない。



「別に、嫌じゃないけど」



 だから、言葉にしてくれると、安心する。



「じゃあもっと遠慮なくする」



 そう言うと、断るべきかどうか悩んだ末に、明日音は逃げ出した。



「きょ、今日のご飯カレーだから」



 奈美さんがいない上に、我が家に両親が二人ともいるという状況。明日音は高瀬家の夕食を任せられている。俺の両親の子育てスキルは皆無に等しい。明日音がいなかったら俺は悲惨な人生を歩んでいたのかもしれない。、



 それにしても、先ほどの言葉は照れ隠しにしては、なんだか不穏な気配がした。悪戯心が警戒を鳴らす。



「……トマトとか使わないだろうな?」



 そういうと、僅かに明日音の背筋が伸び、なんだか嘘くさい笑い顔をこっちに向ける。



「使わないよー」



 最近はなぜかカレーにトマトを入れるのだとか。正気の沙汰ではない。煮込んで形がなくなっても味がなくなるわけではないのだ。



 だが、ここで否定しては意味がない。だから俺は信じる。



「それならいいけど……」



 案の定、安堵した俺に明日音の罪悪感が顔を見せる。



「う、うん。使わないよ」



 その声は頼りない。顔も少し困っている。



 少々、狡い気もするが、カレーにトマトを入れられては俺も困るのだ。



 さて、その問題の夕食。



「お、今夜はカレーだね?いやぁ、料理できるお嫁さんっていうのはいいもんだね晴彦」



 帰ってきた父さんがカレーの匂いに反応する。



「あら、注射を間違いなく血管にさせる嫁の方がレアリティは高いわよ?」



 母さんが何を競っているのか反応する。確かにレアレティは高いがヤバさしか感じない。



「そんなスキルは日常にいらないよ」



「いや、海外で変な病気にかかった時とかは重要だぞ?病院がない地域だってあるんだ」


 需要があるらしい。父さんをゲットできなければ、母さんは永遠に独身だったかもしれない。


 高瀬家の居間で呆れていると、問題の料理が運ばれてくる。



 明日音は知らないだろうが、父さんは仕事でいろんな所を歩くため、食に少し五月蝿い。家庭のご飯ならともかく、外食へのこだわりは、高瀬家夫妻ともに尋常ではないのだ。だからこそ、普段気づかない匂いで何かに気づいてしまうことも多々あり。




「お。この匂い。隠し味は完熟トマトか。あえて晴彦の苦手な食べ物を使ってくるとは、やるね明日音ちゃん!」



 父さんが素早それを当てると、明日音の表情が固まった。



「ん?どしたの明日音ちゃん」



 明日音が隠し味に俺の嫌いなものを使うというのはよくあるパターンなので、母さんも驚かないけれど。



「な、なんでも……」



 明日音は枯れるような声で笑っていた。これでまた、明日音をからかうネタができたな、と俺は内心ほくそ笑んでいた。



 ちなみに、カレーは少し嫌な酸味があったけれど、美味しかった。


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