俺たちがテストを受ける理由Ⅳ
座った明日音に、へぇ、と裕翔が声を上げた。
「明日音ちゃん、確かになんか変わったかも」
「そ、そうかな?」
明日音も、裕翔に関しては態度を軟化させている。以前は会話になっていなかった。
「おー。なんて言ったらいいのかわからんけど、柔らかくなったよな」
「そうだな」
目に見えて緩くなった表情筋を引っ張るように、明日音の頬を右手で軽く抓る。
柔らかな頬の感触が手を滑る。
「や、やめてよ……」
人前だと明日音はこれを嫌がる。恥ずかしいのだろうが、言葉で言うだけで手を止めたりはしない。
「春彦って、それよくやるよね」
茉莉が不思議そうに話しかける。
「これはなー。明日音の表情筋のトレーニングだったんだよ。三年間でやっと効果が出てきたか?」
昔から明日音は、感情を表に出すことが苦手だった。本人もそれを少し気にしていた。
表情筋が硬いんだよ、とからかいつつも、こうして頬を遊んでやると、明日音もどこか気を取り直したように、少なくとも俺には見えた。
その習慣が、今は俺の癖になってきてしまっているのは認める。
「はいはい。いちゃいちゃするのはいいけど、明日の勉強会についてね」
風華が仕切らないと、場が纏まらないという事実。
なんだか悪いことをしたような気もする。
午前九時風華の家集合。解散は午後六時。昼食は明日音にお任せ。
「一日で国数英社、それに物理と科学の全範囲と、テスト対策をするわ。そこの馬鹿二人はノート五冊と、シャープペンだけ持ってきなさい」
「おいおい、馬鹿扱いかよ」
「幾ら風華でも、それはちょっと酷くない?」
抵抗するバカ二人。
「へぇ、じゃあ補習する?赤点酷いと夏休みにも追加で夏期講習があるらしいけど」
夏休みにも一週間ほど、講習がある。
しかし中間、期末の両方で赤点を取ると、半ドン、つまりは午前中のみで終わるはずの講習に、午後の部が追加される。
まあ、滅多にいないらしいが。
「「すみません、参加させていただきます」」
二人が一様にして頭を下げる。
「宜しい。私と春彦が教えるから。わかんないことがあったら聞いて」
「明日音も教わる側なのか?」
俺が風華に尋ねる。
明日音も決して成績は悪くないはずである。俺が飛び抜けていいということもなく、実力的には同じの筈。
「明日音はどっちかっていうと、教えるより教わる方が覚えやすいタイプだから」
どうやら、色々と考えてくれているようだった。
「風華ってさー、なんだかんだ面倒見いいよねー。そーゆーとこ好き!」
茉莉が風華を勢いよく抱きしめる。
「べ、別に。やるからには本気でやるだけ」
「しかし、六時までってのは長くないか?」
恐らく、休憩を含めても遊ぶ時間等はないに等しい。裕翔がそう勘づいたように言葉にする。
「全部のテストを一日で網羅するんだから当然でしょ。日曜日はノート見返すだけでいいようにしてるんだから、一日位我慢しなさいよね」
これには裕翔も返す言葉もない。二日続けて勉強をするよりも、目先の餌をちらつかせて当日のやる気を底上げしようというのだろう。
「風華は、教師に向いてるのかもな」
「そうだね。しっかりしてるし、向いてるかも」
「何よ、皆して……」
風華が照れたのか、顔を背ける。褒められ慣れていないのだろう。
「風華先生に教えて貰えるなんて、光栄だなぁ!これで赤点回避間違いなしだぜ!」
あからさまな裕翔の態度に、風華の刺が光る。
「そうね。絶対赤点取らないように、当日は死ぬ気でやってもらうから」
「……お、お手柔らかにお願いします」
大勢で勉強会。
いつも二人だった俺たちに、また新しい風が吹く。