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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
八話目
108/159

男が失恋を引きずる理由

 

 陸上競技会の次の日は日曜日。振替で月曜も休みになるのでどこのクラスも打ち上げになる。やらないクラスもあるし、全員強制参加や、希望者を募るなどやり方は様々だが、一年三組は全員参加ということで話がついていた。そもそも、うちははしゃぎたいお馬鹿しかいない。こういうことへの参加意識は思いの外高い。体力も有り余ってるし。



 三組はカラオケになった。一部屋に三十数名というのは無理な話なので、大部屋を二部屋フリータイムで借りる。



「つーかぁ!全員参加って言ったよねぇ!?」



 挑発的な声を上げるのは仕切りたがりのバレー部渋谷霞しぶやかすみ



 カラオケのマイクの反響音が耳に痛い。ソファの上に仁王立ちして、曲も入れずに彼女は言った。



「委員長酔ってんの?」



 男子が茶化す。彼女は仕切りたがりなので委員長と呼ばれている。



「酔ってねーし!つーか酒なんて出ねーわ!」



 世にもガラの悪い委員長もいたものだ。短髪で男子顔負けの肉体と特に太もも。蹴られたら腕が折れそうだ。あと基本的に男子になぜか強く当たる。正直に言って、俺はあまり得意ではない。



「ここにー、今日来てない奴の友人がいまーす」



 冷や汗が流れた。こそりと飲み物を取る。



 来ていない奴というのは、無論裕翔のことだ。あれから連絡が取れない。



「高瀬晴彦ぉ!」



 マイクが俺の名を呼ぶ。律儀にマイクを俺まで回すクラスメイト。彼らは彼らでこの状況を楽しんでいる。



「……なんでしょうか、委員長殿」



「うちのクラスで、いや、内の学年で一番のリア充くん。なぜ君の親友は来ない!?」



 言い忘れてはいたが、俺は決してクラスの人気者ではない。裕翔のオマケ的存在でしかないのだ。霞はまるで答えが出た時の迷探偵のように俺を指差す。



「携帯が繋がらなかったから?」



「あまぁい!レモンの砂糖漬けより甘い!」



 霞は首を振る。俺がダメなのだという風に。



「来ないなら引っ張ってくる!練習だってそうだ!『もうダメ』と思ってから燃やすんだよ、内なるパワーを!そうやってみんな苦労を乗り越えてきたんだ!」



「お前絶対女バレの部長にならんほうがいいわ……」



「なんでだよ!?」



 そこで俺に賛同の声が上がる。熱血部長は何をやらされるかわからないので怖いのだ。



「まー、つまりだよ。リレーでアンカーを務めた奴が来ねーってのは。おかしいんじゃないか、ってことだよ」



 霞はマイクを机に置く。



 まあ、彼女も彼女なりに気を使って盛り上げてくれたのは分かるのだけれど。



「そもそも、なんで連絡取れないんだ?」



 割とまともな男子が俺に尋ねる。



 俺のクラスにはおおまか、「普通」と、「馬鹿」と、「大馬鹿」がいて。こっちの部屋には割とおとなしめのメンツを集めている。



 もうひとつの部屋はもう音の巣窟となっている。こちらは裕翔が不在ということもあってか、今のところ会話がメインだ。



 裕翔が振られた、という話はこのクラスでは誰も知らない。というか、振られた、という報告さえ俺にもない。



 ということは、もしや、上手くいったということもありえるのか?



「なるほど、その可能性もあるのか……」



 俺が改めて考え直す。十中八九振られると思ってはいたが、事実は小説よりも奇なりというやつかもしれない。



「なんだよ、やっぱ何か知ってんのか?」



 言うべきか、言わざるべきか。



 まあ、裕翔のプライドの為には言わないでおくほうがいいのかもしれない。



――ん?あいつにそんなもんあったっけ?



「裕翔な、多分振られたんだよ」



 俺が不運にも、カラオケのマイクで総言葉にしてしまい、部屋ないが沈黙に包まれた。隣の混沌とした世界の歌が聞こえる。皆、驚きに満ちた表情をしていた。



「やっぱ意外だった?」



 俺が言うと、皆言葉なく頷く。しかし、食いついてきたのはやはり女子だった。



「っていうか、誰に!?つーかあいつ好きな奴いたのかよ!」



「失恋かー。あいつもいっぱしの男だったって事だよねー」



「で、誰々、相手誰?」



 女子が俺を問い詰めるように迫る。



「流石にそれはね。でもまあ、他校の人かな」



 嘘ではない。彼女は大学生で他校の人である」



「じゃあ何か、大会が終わって、そのまま、って感じか」



「ムードとしてはイマイチよね。あれって内輪ネタだし」



 様々な憶測が飛び交う。まあ、俺の意見も憶測に過ぎない。



「まあ、そんなんだから、暫くあいつは再起不能だな」



 そう言うと、霞が改めてマイクを持つ。



「まあ、それならしょうがねぇな。よし、じゃああいつのために失恋ソングでも入れてやるか!」



 他人の不幸も何のその。裕翔には悪いかもしれないが、人間とはこういうものなのかもしれない。あいつもきっと、腫れ物に触るようなみんなの態度は望まないだろう。多分。



 そこから皆で失恋ソングメドレーを入れることになった。話のタネにもなったのか、そこかしこでヒソヒソと話し合っている。



「しかし、あの裕翔くんが失恋ねぇ。いまいちピンとこないね」



 そういうのは同じく女子バレー部保品紬ほしなつむぎ。彼女も体はがっちりとしているが、性格は大人しい。汗っかきなのを気にしているのか、距離は遠いけれど、猛獣の中にいるこの状況では癒しでさえある。



「男の失恋は長いって言うしな」



 霞も俺の隣に座る。両手に花、大きな向日葵である。元気すぎて見上げるほど背が高くなる。



「そんなものかな?」



「晴彦は失恋とは程遠そうだけどな」



「晴彦くんの場合もう離婚だよね」



 霞に呆れられ、紬には小さく笑われた。



「離婚とか、大袈裟な……。失恋して凹むのは男も女も一緒じゃないのか?」



 俺が二人に問うと、彼女らは俺を挟んで視線を交わす。薄暗い室内にはベタな失恋ソングが流れている。教室の雰囲気と異なり、いつもは言えないことを皆怏々と話している。



「そうかもだけど。男子はほら、分かれて暫くしてまた付き合おうとか言ってくる子多いらしいよ?」



「女々しいったらねえぜ。私は失ってから気づくとかそういう物語が大っ嫌いだ。あれって甘えだよな?認識不足っつーか。そんなんでハッピーエンドになるとかマジ有り得ない」



「最初から大切だと思ってたんなら捨てないもんね。捨てるってことは、なにかと比較してこっちのほうがいいてことだし」



 妥協のようなものを感じるのかもしれない。



 一度は別れたものだけど、やっぱり自分にはこれくらいがあっていたのかもしれない。このくらいが自分の落としどころなのかもしれない。男の特に理由もない行動に、彼女らはんな気配を感じるのかもしれない。



 話は続く。



「女は基本的に、本当に好きなものを手に入れたら離さないから」



 霞はそう言う。まあ、彼女は一途そうだ。しかし、紬は笑う



「女子にも色々いるよー。男子みたいに後悔したり、やっぱ誰々のほうがいいとか。振られてもアピールかけ直す人もいるし。まあでも、男子みたいにわかり易くはないけど」



 そうだよな、男にも女にも色々いるよな。そうは思うけど。



「……なんか女って怖い生き物だな」



「あぁ?なんでだよ?」



 言葉にすると、霞が俺にずい、と近づく。



「本音隠すのがうまいっつーか。何考えてるのか、わからない時とかあるよな」



 俺が言うと、紬も俺に近づいてくる。バレー部だけあって、身長が高い。本人は気にしているだろうけれど。



「明日音ちゃんに対してもそう思う?」



「いや?明日音は付き合い長いし」



 明日音はそもそもすぐ表情にでる。無表情だと人はいうが、微かに違うのだ。



 そう答えると、二人はまた視線を合わせた。



「ムカつく。ナチュラルに惚気やがって」



「女子だって、男子が何考えてるのかなんてわからないよ。晴彦くんのカップルが特殊すぎるだけ」



 女子と男子というのは、同じ人であるのにやはり違うのだ。その溝を、どうやって埋めていくのか。俺と明日音はどうやって埋めていったのか。それはもう思い出せない。



「そんなものかな」



「そんなものだよ。見た目だけは文句ない裕翔くんでも振られるんだもの」



「やっぱ中身ないとな。裕翔は見た目だけで女からすれば全然ダメだ。あれにオッケーだす女と私は友達になりたくないね。見た目のいい男と付き合いたいだけの女だよ、そう言う奴は」



 霞は厳しい顔で言い放つ。



「霞はいい女になりそうだよなぁ」



 俺が言うと、霞は盛大にジュースを噎せた。何を言っているのかわからないけれど、俺を批判しているような言葉が漏れた。



「晴彦くんは彼女いるのにそういうこと普通に言うよね」



 紬は俺を呆れた顔で見ていた。

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