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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
八話目
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恋が唐突に終わる理由Ⅲ



 なんだかんだ言いながら、この競技の盛り上がりは凄かった。春風部長も三度目で渾身の『そんなことないですよ』を披露し、爆笑の渦を起こした。



「明日音ちゃん、恨みますよ……」



 競技を終えたあとに、疲れ果てた春風部長が私にそう言った。



「いいじゃないですか。かなりあざとかったですよ」



 多分、先輩のお父さんにやれば、お小遣い倍額も夢ではない。



「決めました。私も来年これに出ます!そして絶対明日音ちゃんのクラスを引いて、明日音ちゃんを指名してあげます!」



 それはそれで、なにか失敗するフラグを立てているような気がした。



「うう、こんなに恥ずかしかったのは生まれて初めてです……」



 テンションが上がったり下がったり。本当に緊張すると、こんな感じになるのだとしみじみ思った。



 クラスの集合場所に戻った春風部長には、早速「春風可愛い!」とかの前フリの嵐が当然のように待っていた。可愛いのは事実なので、男子女子お構いなしだ。男子もいい話のきっかけができたことだろう。



 私が活躍したとは言い難いが、楽しかったのでそれはそれで良しだと思う。



「……来年出るのはやめておこうかな」



 この調子だと、来年は走者が大いに巻き込まれる予感がした。その予感を当然春風部長には告げなかった。来年までのお楽しみである。



「なかなかに残酷なことをするな」



 戻ってきた私に、晴彦は笑ってそう声をかけた。



「たまたま春風部長のクラスが指定だっただけだよ」



 私も笑って返す。



 元から人気のある春風部長を誘えば、こうなることは明らかだったのだ。春風部長は素直で弄りやすいのである。




「晴彦はあとはリレーだけ?」



 待機場所の後ろの方でこそこそと会話をする。




「おお。裕翔の奴が張り切りすぎて困ってる」



 佐々木君は前列で声を上げている。このノリは私のクラスだったら受け入れられなかっただろう。



 今の競技は障害物競走。春風ドリンクが猛威を振るっている。クラスに戻った春風先輩もいつの間にか実況席へと移っている。



「これが終わったら告白するつもりなのかな」



 佐々木くんの努力は、無駄に終わる。終わるのはいいだろう。仕方ないとも言える。しかし、その先を思うと、心に闇が落ちる。



「だろうな」



 他にチャンスもないしな。晴彦はそう簡潔に述べる。



「……上手くいくかな」



 この質問をするのは、どこか嘘つきのようで憚られたが、晴彦ならなんとかするのではないかと期待している自分もいた。



「十中八九、無理だな」



 成功率は良くて一割。風華のように完全否定はしないものの、やはり展望は絶望的な数値。



「まず何をしてもあの人に脈がない。あの人から裕翔にしてきたのは否定的な連絡だけだしな」



 ここから成功を信じれるのはあいつくらいなもんだよ。晴彦はそうも言った。



 佐々木くんも、内心ではそう思っているのだろうか。それでも、僅かな望みをかけて告白をするのか。



 凄い人だ。そのはしゃぐ姿が強がりでもそうでなくても、素直にそう思った。



「なんで、失敗するってわかってて告白するんだろう」



 私がそう呟く。



 恋が終わるというのは、つらい。



 例えそれがままごとのようなごっこ遊びだとしても、その遊びに積み上げた時間を思って悲しくなるだろう。遊びが終わってしまえば、何も残るものはないのだから。



 私と晴彦の関係も、いつか終わる?



 それは、嫌だ。



 ずっとこの甘く酸っぱい感情に身を浸していたいし、晴彦のことで一喜一憂したい。



 この関係がなくなるのなら、姉さんに縋りついてもいい。私は晴彦の妹でもいいような気がした。赤の他人よりは全然いい。



「うーん、そうだな……。一言で言うなら、次に進むためかな」



 次?



 次なんてあるものか。



 晴彦に振られたから、次の男を探しましょうね、なんてことになるはずがないのだ。想像はできないが、想像のできない苦しみが襲うに決まっている。



「裕翔はさ、多分本気であの人のことを好きなんだと思う。けど、どう好きになるか分かってないんだよな」



 私は、晴彦の言葉に正気を取り戻す。どう好きになるか。



「好きだ、っていうのは簡単だけど、それだけで付き合えるわけじゃない。思いが深いだけで相思相愛って訳にはいかないだろ?」



 そうなのだろうか。いや、そうなのだろう。



 思いの深さは決して当人の距離とは関係ない。芸能人のファンが、本人と結ばれないように。その思いは儚い。



「あの人は、いろんなことを考えてる。結婚も就職もそうだし、生徒のこともな。でも、裕翔は自分のことだけしか考えない。俺はお前が好きだ、それを押し付ける。その方法しか知らない。だから上手く行かない」



 結婚。当然ながら、意識をするそれは、なんとも魅力的に、しかい破滅的に、そして法的に私たちを縛る。



「あの人からすれば、成長の余地があるとは言え、裕翔みたいな奴と一緒に縛られるのは考えものだろ」



 結婚と言うものの考え方が、晴彦は違った。



 それは枷。この国で永劫に繋がれる右手と左手の手枷である。



 消極的なイメージ。しかし、それはあながち間違いでもないのだ。



 ある意味では、『この人と鎖に繋がれてもいい』と思う人でなければ、結婚というのはしないほうがいいのだ。



 他の国ではどうかは知らないが、日本という国では、結婚というのはそういうものだったのだ。



 その点私はどうだ。聞くまでもない。誰か、私と晴彦を縛ってくれ。二度と解けない縄で。そう願っている。



 私のそんな気持ちに気付かず、晴彦は続ける。



「好きだ、って気持ちだけじゃ、上手くはいかないさ。でも、それが普通なんだよ」



 普通?普通とはなんだろう。私と晴彦は普通なのだろうか。



「俺が色々裏でやってさ、取り敢えず形だけ付き合うみたいなことも、まあ正直に言えばやれなくはなかったと思う」



 でも、それはちょっとな。そう晴彦は小さく笑った。



 可能性で言えば、その期間で佐絵さんが佐々木君を見直す可能性も無くはなかった、ということだろう。



「なんだかんだ言っても、人は忘れるし、裕翔だって次の恋を探すかもしれない。でも、これで裕翔も自己主張だけじゃうまくいかない、ってことに気づくだろ」



 佐々木くんのやり方は、確かに一方的だった。



 プールに行ったあの日、無理やり晴彦を連れ出して連絡先を聞き、そして今日の告白でも。



 彼女のことを配慮しているようではあるが、それはきっと佐絵さんの拒絶の気配を読んだのかもしれない。



 晴彦は風華のように、佐々木くんの為だ、という感覚ではなかった。自然の成り行きに任せた結果、そうなるのだと言っている。だが、どちらも予測する結果は同じだった。



 今日、一人の恋が終わる。



 いや、一人だけではない。これから文化祭にかけて、沢山の恋心が傷つき息絶えていくのだろう。



 私の中のそれも、決して例外ではなく。



 ついつい私は、晴彦の運動着の裾を握りしめていた。



 いつか、私の恋も終わるのか。隣には、誰か見知らぬ人が立っていたりするのか。



 私のそんな不安も知らず、晴彦は笑顔で私の髪に触れた。



「ま、そんな心配すんなって。裕翔のことだ、大丈夫だよ」



 男同士にしかわからないシンパシー。男と女では、分かり合えない何か。風華と同じように、晴彦も私が知りえない何かを感じている。



 陸上競技会では、多くの人が楽しんでいる。それは皆同じ。



 なのに、これが終われば皆またすれ違う。どうして人はこんなにも理解し合えないのだろうか。それを知ってしまうと、この喧騒さえ少し虚しく胸に響いた。



「うん、わかった」



 私はそうして、無理に笑った。



 言いたいことはいろいろあったが、口にすればそれが現実味を帯びてしまいそうだった。



 佐々木くんのことは、私がどうにかできる問題ではない。



 詰まるところ、それが真実だった。



 私が何かを言ったところで、佐々木くんは告白をやめないだろうし、佐絵先生も首を振る方向を変えないだろう。そういう意味では私も子どもなのだ。 



 そして私の周囲にいる大人っぽい子供たちは、事の成り行きを見守る構えを崩さない。



 その結末に、衝撃はあるかもしれない。自分を重ね不安になるかもしれない。



 その時はその時だ。素直に不安だといい、甘えよう。



 私はまだ、晴彦や風華のように大人ではないのだから。



「だがまあ、友人としてお膳立てはしとかないとな」



 一年三組の士気は異様なほどに高かった。各競技で割と点を得ているという事実もある。今ならなんでもできそうだ。まさにそんな有頂天な空気があった。



「うん、頑張って」



 私にはそういうことしか出来なかった。何もしない私は薄情者なのか。それとも、何かしたいと思う私が偽善者なのか。不名誉でもどちらか自分の納得いく選択を取るしかないのだ。生きていくのはそういうことだ。私もひとつ大人になる。



 大人は皆、そういう自分の汚い部分を知り、隠して生きている。私たちは大人に反抗するのは、いつまでも綺麗でいたいと思うからかもしれない。



『えー、最終種目、混合リレーいきますよ!いやー。今年も終わりますね』



『終わるのは陸上競技会ね。お前の節目は今日なのか?ともかく、選手は一旦スタート地点に集合してください』



 時刻は三時過ぎ。休憩もあったとは言え、六時間以上喋りっぱなしの二人には感服する。終始そのトーンと生徒いじりを絶やすことのなかった彼らもまた、称えるに価値がある。どこからともなく、拍手が巻き起こっては消えた。



『ありがとう、有難うございます!では盛大に、最後を飾ってくれる選手たちを紹介しましょう!』



 最終種目、混合リレー。



 一学年は七クラス。しかしレーンは六レーンまでしかないので、仕切りなし最初からフリーランというやや強引な手段。



 純粋に着順でのポイントとタイム順での得点が加算される。早ければ一発逆転も可能だ。



 リレーの第一走者はそのクラスの担任が走らなければならないという決まりもある。教師も大人として、頑張るところを見せなければならないのだ。ルール的に第一走者で事故が起きやすいための措置とも言える。




 順番は一年、二年、三年。本来、三年の息抜きなので順番は妥当だ。



 一年は真っ先に出番となる。



「うちのクラスは浮いてるわね」



 一人百メートル。グラウンドのコースを三周と少し。この時ばかりは、応援席がフリーになり、コースの内側外側どこでも応援ができる。ゴール手前は無論人気スポットだ。



 人混みが嫌いな風華に合わせ、アンカーの少し手前に陣取る。人が少ないわけではないけれど、ゴール付近よりマシだ。もちろん、晴彦が走るところだ。



 五メートル間隔のバトンを渡すゾーンがある。そこをはみ出すと反則で最下位になる。

「茉莉がいるとビジュアル的にも、ちょっとね」



 一年二組のリレー選手は、足が速いのも確かなのだが、なんというか、本気度が他のクラスに足りないように思えた。

「好きな人のために頑張るってのは私でも一応理解できるけど、好きな人が頑張る姿を眺めるっていうのはどういう心境?」



 風華が真顔で聞いてくるものだから、少しどきりとして声が漏れる。



「えーと……。私のため、って訳じゃないよ」



 今回は、と付け加える。



「そうね。今回は裕翔のため。だけど、晴彦も一割くらいは明日音にいいとこ見せたいと思ってるんじゃない?」



 一割、か。



「そうかなぁ。全然そんな感じしないけど」



 晴彦が私のために頑張る。それはなんとも現実味のない言葉だった。



「……言葉にしておいてなんだけど、私もらしくないって思うわ」



 言葉は悪いが、晴彦には努力をしている感じがない。



 なんでも器用にこなすし、トマトを食べること以外に困っているところを見たことがないのだ。だからだろうか。晴彦に、努力の影はない。当人に言えば、『俺も俺で色々頑張ってるんだぞ?』と笑顔で言うだろうけれど。




『さーて、準備は出来ましたか?泣いても笑ってもこれで最後!先生方は筋肉痛も恐れずに走ってくださいね!』



『一年三組が上位に食い込めるかどうかがかかっていますが、他のクラスも手は抜かないように』




 そんな心配は無用だ、というブーイングが起こる。



『これは失礼』




『本当だよ。ここまでくればもう茶化しは無しでしょ。じゃあいってみよう!』



 静寂に空気がざわつく。



 それぞれの思惑が交錯するような振動。二年、三年の圧力と、一年の意地を見せろと高揚する外野。



 そして私も、得体の知れない期待に、小さく打ち震えていた。



 高らかに空砲が響くまで、あと数瞬。その時を、皆一丸となって待っている。

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