恋が唐突に終わる理由Ⅱ
「でも、彼女は違う。交際する、付き合うということを真剣に考えてる。裕翔は大人の恋愛に子どものまま挑もうとしてる訳。当然、手痛いしっぺ返しを喰らう。けど、もしあいつが本当に恋しているのだとしたら、そうなる必要がある」
あいつが本気になる『いつか』が、今じゃないとは限らないわけだしね。
風華の刺は、いつだって優しい。
確かに、佐々木くんは子どもかもしれない。けれど、子どもなりに本気なのかもしれない。その可能性を風華は否定しない。
「そこから先はあいつ次第。ただの馬鹿になるか、馬鹿が取り柄の奴になるかは運次第ね」
そうは言いつつも、風華は既にチップを『馬鹿が取り柄になる奴』の方に賭けているように思えた。
「ま、私は別にどこで誰がくっつこうがどうでもいいけど」
取ってつけたようなセリフに、つい笑みが溢れる。
ある意味では、私たちはまだ、『ごっこ遊び』を許されている。私たちが大人に憧れを抱くのも、自分たちのしていることが、大人になったら通用しないことが薄々わかっているから。ある意味では、大人になりたくないという意志の裏返しでもある。
「本当に風華って、同い年とは思えない考え方をするよね」
達観している、とまでは言わない。だが、風華は物事の考え方も、私たちとは違う。そう、大人なのだ。
「人付き合いを拒否って本ばかり読んでるとこうなるのよ」
風華の読書量は並大抵ではない。放課後は一人で図書室に入り浸っているし、休みの日は用事がない限り外出もせずに本を読んでいるのだとか。
「確かに、真似は出来ないよ」
褒めるわけでもなく、貶すわけでもない。ただ、小野風華はこれでいいのだと思う。いや、これこそが小野風華なのだ。
『えー、借り物競争に参加する人は――』
私の数少ない参加競技の名が呼ばれた、
「じゃ、行ってくるね」
軽く手を振って走り出す。
「せいぜい恥かいてきなさい」
その答えに小さく笑って言葉を返した。
借り物競争のスタート位置についたとき、何故か解説席には春風部長も座っていた。その時点で若干嫌な予感がする。
『えー、どうせそのうちまた呼ぶので、料理研究部部長、五十嵐春風にもここにいてもらうことになりました』
『我が部の出番は次の障害物競走ですねー』
『障害物競走に料理っておかしくないですか?というか、春風さんもよく受けましたよね』
『料理に不可能はないんですよ?大切な誰かのことを思えば自然と美味しくなるし、その逆ならその逆になります』
『え?じゃあ春風はいつも嫌いな人のことを思って料理してるの?』
三人になっても、相変わらずテンポのいい会話が続いている。
『はい、そんなことより借り物競争です。ルール解説どうぞ』
部長が上手く躱した。意外なスキルである。
『はいはい。えー、借り物競争っていうより、モノマネ競争です』
ですが少しルールを変えました、と美紅先輩は付け足す。
『走者は紙に書かれたモノマネをする人を、同じく紙に書かれたクラスから選んでください』
『この競技はものまねする方も得点のチャンスですが、そうすると偏る可能性があるんですよね。ですから、公平に一クラスから一人ということで』
『走者は着順で得点ですが、ものまねは面白いほうが高得点です。あまりに似ていない場合、もう一度そのクラスから選び直しになります』
『更に今回、走者がノーリスクなのは納得いかない、という意見も参考にしてコンビ、トリオで話題の芸人も入れてありますのでお楽しみに』
交互に言葉を交わし、光陽先輩が最後を締めた。
借り物競争は参加者一斉にスタートだ。一々封筒を配置しなおすのも面倒だろう。人数分しか用意されていない。
変なものを引いたらどうしよう。モノマネなど一度もやったためしがない。参加者の名前がつらつらと読み上げられる。この競技に出ているのはあまり目立ちたくない人たちで、アピールもそこそこ。それだけに、自分もモノマネをするかもしれないという動揺が感じられた。
『えー、以上です。春風、何か気になる人は?』
やめて。借り物競争で部員は私だけだ。
『一年二組の早川明日音ちゃんですかねー。料理研究部の部員なんですよ』
そらきた。皆の視線が私に集まるようだ。身を縮こまらせてそのマイクの音波から逃げようとするが、上手く行かない。
『ほう、後輩って訳ね』
『そーですね。でも、料理は多分部内で一番上手いですよ。なにせ彼氏さんのお弁当毎日作ってるんですから』
会場が荒い風が吹いたようにざわついた。
特に盛り上がっているのは一年三組の面々である。
『お、彼氏さんはそこにいるのかな?』
『一年じゃ結構有名なお二人らしいですね』
『そうなんですよー。さっきのパンも、美味しいのは明日音ちゃんが作りました』
『やっぱり春風は美味しいものを作れないんじゃ?』
『作れますって!』
私に向いた矛先が、直ぐに春風部長に移動する。流石の司会進行である。私に対する奇異な眼差しも、重圧と呼べるほどではない。
破裂する火薬の音とともに、借り物競争に参加するクラス代表一名は、各々のペースで走り出す。
数十メートル先、適当に置いてある封筒を開ける。
そこには『二年四組、久瀬川瀬名』と書いてあった。
『久瀬川瀬名』とは、最近出てきたモデル兼おバカタレントである。テレビの出演も増えている。
ファッションリーダーとして見る人もいれば、ただのお馬鹿キャラとしてみる人もいて、まあ賛否両論ある人である。少しだけ話題なのは間違いない。
周囲はわいのわいのと五月蝿い。
「……ん?」
二年四組?
三年には知り合いがいないが、二年になら知ってる先輩がいるだろう。
私の中で、今までの復讐心が燃え滾る。
……春風部長は何組だっただろうか。
私は実況しているテントに小走りでかけていく。
『お?どうしましたかね』
美紅先輩が私に気づく。
「春風部長って何組ですか?」
私がそう言うと、少しマイクに私の声が混じって流れる。
『え?春風は四組だよ。こいつと一緒』
光陽先輩も四組。美紅先輩が悪戯を思いついた時のように目が細くなる。
きっと私も、同じ表情をしていた。
『どーれどれ?お題は?あー、あのバカキャラの!春風、後輩からのご指名だよ!』
『うえええ!?ちょ、ちょっと、待って下さいよ!」
しかし、待たないのが長谷川美紅である。
『審査員!春風がモノマネするから!っていうか、もうこのマイクでいいや』
『久瀬川瀬名!?私あんまり知らないんですけど!無理ですよ』
お題を確認して春風先輩が焦ったように瞳を丸くする。
『無理なら私が教えるから!ぶりっこすればいいのよ、なんかムカつく感じに!』
『これ趣旨違ってきてませんか!?大丈夫ですか!?』
『大丈夫です。さあ、言ってみましょう』
お題は簡単。「可愛いねー」と言われた時の彼女の定番の返し、「え、そんなことないですよー」というセリフを、滅茶苦茶あざとく、そしてイラッとする感じに言えばいいのだ。
しかし、春風部長の演技力ではなかなかに難しいお題だったらしく、何度かのリテイクを審査員に告げられ、その度に萎れていた。
『審査員、審査きつくない?』
と言いながらも美紅先輩も笑っていた。