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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
八話目
105/159

恋が唐突に終わる理由



『えー、じゃあ後半戦、はじめマース』



 昼食を終えて、ぐったりとした解説の先輩二人を置いていくように、生徒のやる気は衰えることなく上っていく。



『次は男子全員参加の綱引きだ。俺も無論参加するぞ』



 男子全員参加の綱引きはトーナメント式。



『臭くてクラスメイトの足引っ張んないようにね』



 嫌味とも激励ともとれる美紅先輩の言葉。あの二人は一体どんな関係なのだろうか。そんなことを考える。



 今更ながらに周囲を見渡せば、あの人とあの人は恋人なのではないかと思わしき風景を見ることができる。そう言った関係を築いているのが私たちだけではないということを改めて知った。別に私も、おかしいことをしているわけではないのだ。ただ、視界が狭かっただけで、皆見えないところでは抱き合ったりキスをしたりしているのだ。



「明日音は隣のクラスの応援団に混じってもいいわよ」



 風華がからかうように笑う。



 一年二組、つまるところ私のクラスの男子は争いごとに向いていない男子が大半だった。平和主義といえば聞こえはいいが、悪く言えばノリが良くない。まあ、それは女子にも言えることなのだけれど。



 そんなクラスも、今日だけはハメを外したよう。失敗しても誰も責めず、笑い合って和やかな雰囲気である。



 それは無論、教育実習生の鈴森佐絵先生も同じこと。



「こんな行事、私の学校にはなかったなぁ」



 と、どこか懐かしそうな視線でグラウンドを眺めていた。



「大学のサークル活動はこんな感じじゃないんですか?」



「違うわよ。もっと個人的で殺伐としたもの、っていうのは言いすぎかな。でも、そんな感じ」



 ふぅん、と想像さえできない大学生活に思いを馳せる。



「ほら、応援行くわよ」



 風華に誘われ、前に出る。



 案の定一回戦負けではあるが、正直、三年生で相手が悪かった。 



「やっぱ一年の本命は三組かな」



 晴彦たちの一年三組は、一年の体育会系がそぞろに集まっている。女子においても、風華が同じクラスであれば最強と言っていい。難点といえば、非常にテストの平均点が低いし、授業態度もさほど良くない。



「ま、今日だけは一年の全クラス、全員の期待を背負ってるわね」



 一年生には、三組を全員で応援しているような空気が漂っていた。綱引きで勝ち上がっては、一年全体が盛り上がる。



『早くも一年生は一致団結の構えですねー。いやー、青春、素晴らしい』



『三組は得点的にもいい感じですからね。頑張って欲しいものです』



 光陽先輩も一回戦でさっくりと負け、解説席に戻ってきていた。



 一年が活躍して、上級生も褒め称える。誰一人ケチをつける人はない。



 結局、一年三組は準決勝で二年五組に敗北。



『流石に柔道部部長と剣道部主将がいるクラスは強いですねー』



 その言葉に二人がアピールを欠かさない。誰しもが一瞬ではあれど、ヒーローになる可能性がある。あの解説の二人は本当に上手だ。



 ちなみに、うちの柔道、剣道は地味に県大会上位常連なのだとか。



 結果的に優勝したのは三年三組。



 ヒーローインタビューをしに行った際の言葉が、



『二人は付き合ってるの?』



 で更に話題を呼んだ。



『それよく言われるんですけどね。別に付き合ってないです』



 美紅先輩が否定する。



『中学生からの付き合いですから、腐れ縁みたいなもんですね』



 光陽先輩も笑って誤魔化す。



 そう、美紅先輩とは違って、光陽先輩は誤魔化した。そう思った女子は、少なくなかった。



「あれは出来てるわね」



 風華もその一人だった。



「じゃあ、なんで言わないんだろう」



 素朴な疑問に、風華は応える。



「そりゃあ、今言ったら何言っても質問攻めで進行どころじゃないでしょ。あの二人の仕事は脇役なの。それを心得てるのよ」



 来年もあの二人がやるんだったら、その時にでも打ち明けるんじゃない?その方が面白そうだし。風華は別段どうでもいいように言い放つ



「なんか、やりづらくないのかな」



 好きなのに好きと公に言えない、言わないという心境が私にはあまり良くわからない。



「さあてね。でも、犬みたいに擦り寄ってくだけじゃ大人になったとき上手くいかないわよ、きっと」



 風華の意見にはいつも刺がある。でも、それは優しく柔らかい、人を傷つけない魔法の棘だ。いつかきっと、風華の言葉の意味がわかるようになる、気がする。



 だけど、今回のその言葉は私ではなく、佐々木くんに向けた言葉のような気がした。



「それ、佐々木くんに教えてあげたら駄目かなぁ」



 現状では、どんなに佐々木くんが今日活躍しようと、告白がうまくいく可能性は皆無に近い。ならば、それを教えてあげて、またの機会を伺ったほうがいいのではないか。いや、そうするのが当然のような気がする。



「別にいいけど?」



 風華が止めはしないわ、という風に私を見ている。私も驚いた。てっきり止めるのかと思っていた。



「例え今日告白しなかったとしても、結果は変わらないわ。今日が『いつか』に変わるだけよ」



「うーん、じゃあ、佐々木くんが大人になるようにアドバイスをあげたりとか?」



「あのバカに『大人になれ』なんてただ言っても効果あると思う?」



 ない、と思う。言葉にはできなかったが、沈黙がそう答えた。



「どのみち痛い目見るしかないんなら、早いほうが傷の治りも早いかもしれないでしょ」



 そうなのかもしれない。だが、どこかで納得しきれていない自分がいる。これが本当に、佐々木くんの為なのだろうか。



 明日音にはわからないだろうけど、と風華はため息混じりに切り出す。



「ここに居るカップル、または今日出来上がるカップルの大半は、恋なんてしてないのよ」



 付き合うのに、恋をしていない?どういうことだろうか。中学時代の私と晴彦のような間柄ということだろうか。



「好きとか嫌いとかじゃないの。言っちゃえば、誰だっていいのよ。恋人っていう椅子に誰か座ってればいいの。誰かがいることが重要で、そこに座っているのが誰かは重要じゃない。それがたまたま、この陸上競技会でいいな、と思った人なわけ」



「……それなら、ちょっとわかるかも」



 中学時代、一回だけ晴彦以外の人とお付き合いをした。その時は、彼氏というものを作ることが目的であり、それが誰かは重要ではなかった。あれは、恋などではなかった。おままごとのような、恋愛ごっこ。



「裕翔も今そうなのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。私たち学生の間でやるにはいいわ。相手も同レベルの男子だし、振っても振られてもさほどの傷はつかないし、痕も残らない」



 確かに、そうだった。もう覚えていない相手の男子には申し訳ないが、私は彼と別れたとき、何も思わなかった。ああ、もう終わりか、とさえも思わなかった。うまくいかなかったことをどう晴彦に伝えようか考えていた。



 思い返せば、なかなかに私は残酷なことをしたのかもしれない。しかし、その痕は残っていない。それを申し訳なく思う。

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