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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
八話目
102/159

陸上競技会が盛り上がる理由



 その日は、いつにない秋晴れの日だった。



 始業式から二週間も経たないうちに、陸上競技大会は行われる。



 その日、明日音は少しやることがあると、俺の家の弁当に置いてそうそうに登校してしまっていた。



「フラれた?」



 とにやにやしている母さんと、



「晴彦、明日音ちゃんと何かあったのか?」



 と空気を読まず本気で心配する父さんを朝から宥め、なんとか俺も登校する。今度、父さんは寒くなってきたらオーロラを取りに行くのだとか。



 明日音の用事というのは十中八九料理研究会絡みだろう。廊下を通り過ぎただけだが、昨日の家庭科室の中は、まるでレストランの厨房のように忙しそうだった。



 一人で歩く通学路の風は冷たかった。衣替えは競技会が終わってからになる。



 土曜の通学路には、サラリーマンの姿が見えず、閑散としていた。それが更に寂しさを増長させた。



 秋が深まる、という言葉通り、街路樹も遠くに見える山々も赤く染まっている。



 学校に近づけば近づくほど、その寂しさは薄れていく。



 意気揚々と制服姿で校舎内に入っていく生徒たち。



「おはよーっす!」



 威勢のいい声。



「おす。朝から元気いいな」



 佐々木裕翔は、いつも以上にハイテンションだった。無理もない。こいつには今日、どうしても活躍しなければならない理由がある。



「そりゃお前、今日佐絵さんにいいところを見せて、いい感じになんだからよ!」



 ハイテンション、というより盛ったネコのように俺を突っつく裕翔を何とかなだめる。



 こいつが今日をどれだけ待ちわびていたか。



 二人して、校門をくぐる。皆、更衣室や部室で体育着に着替えてから教室に向かうため、生徒は下駄箱からまばらに散っていく。今日の教室はただの荷物置き場である。



 見慣れたバスケ部の部室で着替える。



 ちなみにこの恋愛話ではあるが、裕翔が嶋村先輩にまっさきに相談しようとしたのを、俺が止めた。



 当然ながら『なんでだよ?』と裕翔は聞いたが、『利用されそうだから』とは言えなかった。



 決して嶋村先輩が信用できないわけではないのだけれど、あの人は少しサディスティックな所がある。多大な対価を払うかもしれない。そんなことを考えてしまった。


 ゆえに、知っているのは本当にひと握りのメンツになる。



 我が校指定の運動着は、淡い青色のハーフパンツに、白いシャツ。冬になれば重い青色の上下になる。



 制服はともかく、運動着というのは総じてダサいものだ。イケてる女子も、イケてない男子も皆、ダサい運動着に身を包む。



 女子はどう思っているのか知らないが、男子にとっては女子と体育をする唯一の機会。



 何かと異性が気にかかる年頃。男子の気合の入り用は尋常ではない。



 男子も女子も、きゃあきゃあと、落ち着きがなく教室や廊下を飛び回っている。



 皆浮かれている。どこかで何かが起こるのを期待しているような、祭りの前日の空気が各階を彷徨っていた。



「お」



 明日音の教室前の廊下では、いつもの三人が屯っていた。向こうも俺たちに気づく。



「晴彦、お弁当持ってきた?」



 いつもは一緒に登校するため、いらぬ心配をされた。その真剣な眼差しに風華が苦笑する。



「持ってるって。そんな心配すんなよ」



「彼女っていうより母親ね」



 風華の体操着姿を見るのは初めてだ。



 百五十あるかないかの身長、凹凸の少ない身体には、男子顔負けの身体能力が秘められている。いつも本ばかり読んでいて色白でもあるのに、一体全体どういうことだろうか。



「今日弁当忘れると悲惨なことになるからなー」



 豊満な肢体を惜しげもなく晒す茉莉。陸上部ゆえに、綺麗に日焼けした脚。高校一年にしては育った胸。



 北川茉莉を狙っている男子はその実少なくはない。というより、茉莉は告白、数回されているはずだ。全て断っているらしい。好みではないのかなんなのか。特に事情は聞いていないし、茉莉も突っ込んで欲しそうではない。



「部活の方は大丈夫だったのか?」



 そして早川明日音。明日音が変わったことといえば、無表情な時間が少なくなった時だろう。



「うん、なんとか」



 軽く微笑んで俺を見る。



 以前の明日音は、表情に変化がなく。そもそも余り笑う方ではなかった。それが今は、表情筋が忙しなく動いて感情を示している。無表情、という動きを忘れてしまったかのよう。



 体操着姿は見慣れたもの。全てが特に平均的だ、というのは俺が見慣れたからだろう。まあ、運動は得意ではないのも承知である。



 担任の教師が来るまで、皆鎖から解き放たれたようだ。今日ははしゃいでも怒られない。生徒たちによる生徒のための祭りである。取るのは出席だけだ。



「佐絵さんは?」



 教育実習生も自前の運動着を着用する。



「まだ来てないわよ、この猿」



 風華が嫌悪的な目つきをした。明日音は笑っていたが、茉莉は笑いきれてなかった。何かやったのだろうか。まあ、どちらにせよ良い知らせではなさそうだ。



「猿とはなんだ!健全な男子たるもの、女に興味を持つもんだ!」



 正論である。



 例えそれが結婚していようと、彼女がいようと。男は、男が持つ心は、女性を追いかける。



 男っていうのはそういうものだし、それは女も違わないだろう。



「朱に交われば赤くなるっていうし、これを機に友人関係見直してみれば?」



 風華が俺に薄笑いを浮かべながら視線を送る。



「んだとぅ?晴彦だって男だぞ!?明日音ちゃんという彼女がいようが、女子がパンチラしたら見るもんなんだよ!」



 無駄に力説する裕翔が、いつも以上に子どものようで笑える。こいつもこいつで、浮かれているのだろう。



「そーゆーもんなのか?」



 茉莉が純朴な瞳で俺を覗き込む。制服でも思うが、体操着だと尚更胸がでかい。



「そうだな。男なら仕方ない」



 俺も笑って返す。



 男の病気、女子に例えれば生理のようなものだろう。男の身体の、不可思議な仕組みの一つだ。



 明日音は微妙に不機嫌そうな視線を送ってはいたが、これを上手く宥めているうちに教師が来る。無論、教師も運動着だ。



 今日は敵同士だ、容赦しねえぞ、と裕翔が啖呵を切り、教室に戻って出席を取れば、直ぐにグラウンドへ移動する。



 グラウンドは陸上部が使うであろう一周数百メートルの楕円とサッカー部の練習エリアの長方形の線が混ざり合って、割とごちゃごちゃしている。



 野球部とソフト部は奥の方にまたスペースがある。



 今日は陸上競技がメインなのでサッカー部や野球部のものは端に置かれているが、放課後はまさに敷地の奪い合いである。



 さほど広くはないグラウンドで、四つの部活が活動権を奪い合う。無論、大会で成果を出している方が優先されるので、野球、サッカー、ソフト、陸上はうちの学校でも屈指の厳しさだ。しかしながら、一番成績がいいのはテニスコートのあるテニス部だったりするのが悲しいところである。



 クラス毎の待機場所は、事前にプリントで示されていた。校舎や樹木の影など、日陰になるところだ。



 中央には、本部と思われるテントが建っていて、様々なコード類がそちらに集中している。



『えー、あ、来た来た。じゃあ皆さん、指定の場所に集まってくださいねー』



『もうちょっと言葉に気をつけたらどうだ?一応学校行事だぞ』



『五月蝿いわね。そういう硬いこと抜きなのが受けてんでしょ?』



 何やら愉快な会話が響いている。



 お転婆そうな女性の声と、それを宥めすかす男の落ち着いた声だった。



「なんだぁ?やたら軽いな」



 裕翔、というより一年全員が、このおちゃらけた感じに拍子抜けしていた。



「あれも生徒会なのか?」



 三年生は慣れているのか軽く笑っているだけだが、二年生は明らかに盛り上がっている。どうやらあの二人は二年生らしい。



 全クラスが集合場所に集まったのを確認して、女性は話す。



『えー、一年の皆さんは驚いているかもしれませんが、陸上競技会は終始こんな感じで進みます。準備体操はしますが、堅苦しい開会宣言も、校長先生の話もなし!』



『五月蝿いと言われても黙りませんし黙れません。こいつはしゃべり続けないと死ぬんです』



 女性が思いっきり男性の足を踏みつけ、マイクにノイズが入る。それは男性の叫びのようでもあった。



『司会進行は生徒会書記のこの私。長谷川美紅と』



『生徒会雑用。町田光陽でお送りします……』



 大きな拍手が巻き起こる。特に拍手が大きい二年生が、はやし立てるように何かを言っている声が聞こえた。



『えー、それじゃあ早速準備運動から。筋肉痛になるようなおっさんおばさんはいないと思うけど、怪我したら大変だからね!』



『養護の尾崎先生ももちろん居るけど、怒られたくなかったら念入りに準備体操することだね』



 今度は教師陣からも笑いが漏れる。生徒会というのは、まあお決まりの模範生の集まりのよう。だからこそ、完全性と主導のイベントも許されているのだとか。



 体育の時に行う準備運動は全学年共通で、滞りなく進んだ。



『じゃ、次は選手宣誓。三年の金田俊明さんおねがいシマース』



 次は三年から雄叫びのような声が上がる。見せ場を待っていたのだろうか。



 さて、その先輩が気持ちのいい宣誓をし、いよいよ陸上競技会が始まる。



『えー、最初の種目は男子百メートル、次の女子百メートルの人も準備しておいてねー』



「よっしゃ、やるか!」



 一年三組の士気は、裕翔を筆頭に最高潮になろうとしていた。



 言ってしまえば、この競技会は次の文化祭への布石である。要するに、男子はかっこいいとこを見せて彼女がほしい。女子はどうなのか俺にはわからないけど。



 方法には二種類ある。



 この大会で活躍するか、それともヒールを気取って不貞腐れているか。だが、後者はこの学校には全体数が少ない上、所詮『不良気取り』であり、本物とはかけ離れているので人気はない。



 更に言えば、ご覧のとおりこの大会自体悪ふざけの司会進行ということもあり、生徒たちは進んで真面目に巫山戯つつ、その他色々な思惑を抱えながらこの競技会に参加する。余談ではあるが、二年に上がる時のクラス分けにも影響しているらしい。

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