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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
八話目
101/159

私のクラスが変わっていく理由Ⅳ



「楽しかったなー」


 

 茉莉が頭の後ろで腕を組む。佐々木くんの件のことを抜きにしても、確かにそれなりに楽しい時間だった。



「ファミレスで長話ってのも、そう言えばあまりやったことないよね」



 私たち三人の付き合いは、長い時間をかけて男の子のことを話したり、女子の悪口をいうような集まりじゃない。



 言ってしまえば少しだけ、他のクラスの女子とは毛並みが違う。



「人の視線が気になったのはあるけど、まあこういうのもいいでしょ」



 風華も満更ではなさそうだ。歳の近く、まだ熟成してない大人と話せたのが楽しかったのだろう。


「だけど、もうちょっと裕翔のことをよく売り込めなかったのか?」



 あれじゃ、告白が成功する見込みはないぞ、と茉莉が言う。



「どうせ今のままじゃ成功しないからいいのよ」



 風華はどこか、確信を持って言った。



 夕日が一番背の小さな風華を照らす。茉莉には夕日が似合うのに、何故か風華には夕日が似合わない。風華も鬱陶しそうに茜色に目を細めた。



「大人に恋するってのは、結構大変なことよ」



 風華は持論を語る。



「大人は確かに、色々な都合がある。就職だってそうだし、試験だってそう」



「でも、それは本人の心意気しだいでなんとかなるものじゃないのか?」



「何とかなると彼女が思ってるなら、多分裕翔の告白は上手くいくわね」


 でも、彼女は言ったのだ。



『私には、彼のことまで考えるキャパシティがない』



「自分のことだもの。冷静に考えればわかるわ」




 佐絵さんも、きっと悩まなかったわけではないと思う。



「だから、私が何を言おうと、どう裕翔を持ち上げようと。結局、彼女が首を縦にする可能性はほぼゼロ」



 現時点ではね、と風華は付け加える。



「じゃあ、将来的には有り得る?」



 私が聞くと、当然、という風に風華は頷く。



「立場が対等になれば、断る理由もないってこと。まあ、それまで裕翔が一途に彼女を思い続けるとは思わないけど」



 それはあと何年後?一体幾ら一歩を積み重ねればいいのだろう。未来はあまりに遠すぎて、歩くことさえ疲れてしまいそうになる。



「今回の件であいつも知るんじゃない?自分が外見だけで持ってる、ってこと」



 いい切っ掛けだわ、と風華が伸びをする。柄にもないことをした、と身体が言っているかのようだ。



 一等賞のポケットティッシュ。


 

 風華は佐々木くんをそう揶揄した。そしてそれは、なんとなくわかる。



「ボックスティッシュ位にはなるかもな」



 茉莉が楽しそうに道の上の石を蹴り飛ばす。



「中身は変わらないけど、容量は数倍ね。大した成長じゃない」



「それは酷いよ」



 くすくす笑いながら、私たち三人は何気ない帰路を進む。



 風変わりな三人ではあるけれど、やっぱり私たちも女子高生に違いないのだった。

 



 茉莉が先に別れ、風華と二人の帰り道。



 会話は少ないけれど、別に気まずいわけじゃない。むしろ、私たちは小鳥の掛け合いのように囀る女子たちが苦手だった。その口の周りの早さもあるが、話題が流れる早さも一級品。鳥頭とは言わないが、三回口を開けばもう話題が違う。その速さについて行けない。



「そういえば、風華も晴彦のこと、特別だとか、そう思ってたんだね」



 私が思い出したように口を開くと、風華は苦々しげな表情を見せた。



「まあね」



 私の表情を伺うようにこちらをちらりと見た。



「私もね、なんとなく、そう思ってた」



 今までの私は、晴彦と一緒で、私自身も特別なのだと思っていた。だが、料理研究部の合宿で、そうではないと気づいた。



「あれはね、才能の一種よ」



 風華が口を開ける。



「人との距離って、天秤の測りみたいなものだと思わない?」



 天秤の測り。片方にモノが乗れば、もう片方が浮く。



「人は皆大抵、うまく釣り合うよう距離を変えるものだけど。まあ、傾いた状態がいい人間も少なからずいるわね」



 私たちの重さはまちまち。だから皆、離れたり近づいたりして自分たちに都合のいい距離を測る。それが釣り合った状態なのか、やや傾いた状態なのか。取り敢えず、双方が測りに乗ってさえいれば、繋がりはあるということなのだろう。



「でも難しい。自分でさえ、どの位置が心地良いのか、猫のようには判断できない。でも、晴彦は自然と、その位置を探り当てる、いえ、違うわね。いつの間にかそこに当然のようにいるのよ」



「なんとなくだけど、わかる」



 気まぐれな人間を猫のようというが、晴彦は「相手を猫にする」のである。



『相手の心地いい居場所を察して、その立ち位置に居る』ということに長けているのだ。



 私たちは自分の知らない居心地のいい場所で、飼い猫のように振る舞える。撫でて欲しい時に撫でてもらい、放っておいてもらいたい時にはそうさせてくれる。傍若無人でも許される存在に。



 無論、晴彦が私を猫のように扱っているわけではないし、本人はそんなこと思いもしないだろうけれど。



「恐ろしい才能よね」



 風華も覚えがあるのだろうか。その瞳はその片鱗を味わって揺れているように思えた。



 あれは何と言うか、居場所がなくて迷っているような女性には致命的に刺さるのだ。



 美しいのに我が儘が過ぎた早川小夜という猫が、自分の居場所を見つけたように。



「彼女の明日音としては困ったもんじゃない?」



 風華がそう私に笑いかける。彼女が恋愛話をするのは、非常に珍しいのだ。



「そうかも。でも、私も知ってるから」



 もしも今、以前のままの、晴彦の隣にいる努力をしない私であったのなら。私は今、晴彦と釣り合ってはいないのだろう。



 晴彦にとっては、隣にいるのは本当に私でなくてもいい。その未来は、今は容易く見える。



「佐々木くんと同じだよ。気付いて、努力してる」



 そう言い切ってから、少し自信をなくしてきた。



「……気がする」



 と付け加えた。



「ま、それなら大丈夫でしょ」



 風華は他人事のように、しかし力強く言った。私も特に口を挟もうとは思わなかった。



「私から言えば、風華も十分特別だけどね」



 言うと、自嘲気味に風華は笑う。



「私は普通よ。ちょっと成績が良いだけ」



 特別っていうのはね、と風華が続ける。



「案外気付かないものなのよ。いわば『特殊能力』みたいなものね」



 特殊能力。なんともわかり易い例えだった。



「晴彦は欠点もない代わりに、突出したものもないから、どうしても目立たないのよね。だけど実際、好みのタイプを聞いて、『じゃあ高瀬だ』って返すと、大抵『悪くはないけど』って返ってくるわよ」



 悪くはない、けど。



 私の気持ちも考えず、風華が可笑しそうに笑う。



 けど、の後にはきっと、『でもなんかパッとしないよね』だとか、そんな意味合いの言葉が入るに違いない。



 女子高生というのは、なんとも特別、というよりは、人より何かが突出した人物に惹かれる習性でもあるのだろうか。女子の間で人気なのは、まあそう言った男子たちである。



「ま、晴彦には明日音がいるって皆知ってるからかもしれないけれど」



 高校生のお付き合いというのは、刹那的なものだ。



 大半が大学受験を受ける。大学が一緒であるとは限らない。その先もそう。



 将来を見据えて恋人を選ぶ人は、まだいないだろう。高校三年間の中の、いい思い出の一つ。今が楽しければそれでいいや。それくらいの軽さがある。



 佐々木くんの思いも、佐絵さんにはこの程度に捉えられているのかもしれなかった。



「じゃあさ、風華はどんな男の人がいいの?」



 珍しく饒舌な風華に尋ねる。普段ならこんな話のテンションにならない。いつもなら『馬鹿なこと聞くんじゃないわよ』なんて言われて有耶無耶になる流れだ。



「私?どうかしら。そういうこと考えたことはないし、男子といい感じになったこともないしね」



 茉莉と風華は、どちらも美人だが、男子との絡みは意外に少ない。



 付き合って半年ほどだが、二人のことは色々とわかってきた。



 意外なことに、茉莉は同年代の男子が余り得意ではないようだ。話しかけられ対応することはあれど、自分から話しかけることはない。



 恐らく、家での『お姉さん』な自分と、クラスでの自分との間に差異を感じているのだろう。そういう意味では、男子を意識しているとも言える。



 風華は男子に話しかけられない。未だにクラスの女子でさえ敬語の人がいるくらいだ。



 色々な面で優秀すぎるので、引け目に感じるのだろう。風華も、自分の欠点を見せないように立ち回っているので、正直クラスに馴染めているとは言えない。



「じゃあ、晴彦と図書館で、二人っきりでいるときは?」



 私が意地悪く言うと、風華も流石に動揺する。



「……別に明日音が訝しむようなことはないわよ?」



「わかってるけど。ほら、それが風華には居心地よかったんでしょ?」



 私の言葉に、参ったと言わんばかりに風華は顔を歪める。



「明日音、あんた夏休みで変わったわね」



 風華が話題を逸らすでもなく、しみじみと言葉にした。



「そりゃあ、女だって戦う時は戦わなきゃね」



 地獄の料理対決を生き抜いた私は、確かに多少強くなっていたのかもしれない。何が、とは言えないが、少なくとも友人と晴彦の関係を疑わないくらいには、私は強くなった。



「戦うって、何で戦うのよ」



「そりゃもちろん、料理で」



 勝てるわけないでしょ、と風華が言うと同時、秋風が私たちの間を抜ける。日が落ちかけると、夏服では少し寒い。



 秋は少しだけ、人肌恋しくなる。もう長いこと、晴彦と話していないような気がした。実際はそうでもないけれど。



「秋だね」



 吹き抜ける寒さに、両腕でカバンを胸の前で抱える。暖かさのないカバンは、寒さを凌ぐには向いてない。



「夏が終わってせいせいしたわ。暑いのは嫌いなのよ」



 波乱もなにもない陸上競技会が、秋の訪れを告げるようだった。



「秋といえば?」



 私の問に、風華は即答する。



「柿ね」



「私は梨かなぁ」



 季節はすぐに移り変わる。私も刹那的に、今日一日を楽しんだ。

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