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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
八話目
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私のクラスが変わっていく理由Ⅲ

「でも、どうしてあの日のことを?」



 佐絵さんが力なく顔を上げる。



「私たちもその日プールにいた、っていうのもあるけど。あの時、裕翔とは別にもう一人一緒だったでしょ」



「高瀬晴彦って言って、明日音の彼氏なんだぞ」



「へぇ。早川さんの」



 視線が少し活力を取り戻したように私を見た。



「瞳と真里が、めちゃくちゃ褒めてた。連絡先聞けばよかった、って」



 高校一年でもあんな大人っぽい子いるんだね、とか。友人にも取り敢えず高評価だったらしい。




「学年に一人くらいいるでしょ。無駄に大人っぽい奴って。あれはうちの学年の中でも特別賞。普通のくじを引いても当たんないのよ」



 風華は冷静にそう言い放つ。



 どうやったら当たるのか。それはさておいて、である。



「じゃあ、裕翔は一等賞か?」



「そうねぇ。まあ、見た目だけは一等ね。ただし当たっても嬉しいものが貰えるとは限らないけれど」



「言い得て妙、という奴だな!」



 茉莉が笑う。佐絵さんはよくわからない、という表情をしたので、風華が言い換える。



「裕翔は確かに見た目はいいけど、馬鹿だし、馬鹿だし、おまけに馬鹿よ。正直に言うと、一等を当てて喜んだのも束の間、『商品のポケットテッシュです!』とか言われるくらいの中身しかないわ」



 ボロクソである。テッシュよりはいい商品だと思う。一応、彼の名誉のために。



「それでも、一応友達だし。それなりにあいつも本気なようだから。ちょっと気になるのよ」



 風華がカフェオレを一口。コーヒーは苦手だが、甘いものも苦手なのだ。



「……正直、私もよく分かってないの」



 鎧を脱いだ分、教壇と机の間より、私たちの距離は近く。



「だって、私ってそんなモテる顔じゃないし。急に男子に、それも年下にさ。好意を寄せられてもどうしていいかわからないのよ」



 佐絵さんが頼んだクリームソーダの泡がアイスに消える。



 ストローを目の前にして、それを吸おうかどうか迷っているようにも見えた。



「好意は嬉しい。考えてなかった、ってこともあるけど。私のキャパシティはもう一杯だし、これから先当分空く予定もない」



「それは、佐々木くんが子どもだから?」



 佐絵さんは逡巡しながらも頷いた。彼女の気配が変わった気がした。



「私にはこれから色々なことがある。教員試験だって控えているし、そこからのこともあるのよ」



 恋愛にうつつを抜かしている場合ではないのだ。彼女の疲れた横顔は、たしかにそう語っていた。



 小夜姉さんと違って、彼女は未来をそう楽観視していないようだ。世界は見る人によって色を変える。彼女の未来に夢色はないのだろう。



 でも、と反論をするのは風華だ。



「あいつは馬鹿だけど、顔はいい。人気もまあ、そこそこある。今はガキだけど、数年後はわからない。あなたと付き合ううちに大人になっていくかもしれない」



 高校生というのは、総じてまだ子どもの部分が大きい。大学受験というものを控えて、初めて大人の階段を目の前にするのかもしれなかった。



「そんな奴が、あんたを好きだ、って言ってるのよ?取り敢えず了承しておいて、後は成長を待ってもいいんじゃない?」



 聞いていてなんだが。同じ印象を三人――、私と、茉莉、そして鈴森佐絵さんは同じことを思った。



「……小野さんって、頭はいいって聞いてたけど性格は悪いのね」



 風華の言葉は遠慮がない。とりあえずキープしとけば?と言っているのだから。無論、風華が本気で言っているとは思わないし、そういう考えは私も茉莉もきっと受け入れられない。



「生まれつきなのよ」



 言われ慣れている、という風にその言葉を交わし、カップに口を付ける。そんな仕草もクールだ。



「彼、佐々木くんを心配しているのかどうか知らないけど。その言い方は彼にちょっと失礼じゃない?」



「そうかしら。上手くいけば協力してくれたお礼をせびっても罰は当たらないと思う位には貢献してると思うわ」



 佐々木君では見せることができない良さを、風華は教えてあげたのだから。



 何分、現状では彼女の都合で恋は成就しない。



 それを風華は、打算と妥協と、未来への可能性で説き伏せにかかる。



『あなたにとっても悪い話ではないのよ』という胡散臭い理論。



 私と茉莉は、早々に対話の窓を見守るだけだった。勉強の話ならともかく、小難しい話は私たちに出る幕がない。私たちだって、まだガキの高校一年生なのだから。そういう意味では、小野風華という人物もまた、高瀬晴彦と同じ、『特別な人間』という部類に入るのだろう。



 ただ頭がいいだとか、格好いいとかではなく。



 特別に思慮深いだとか、高校生にはない観点を持っているとか。必要以上に他人に、自分に厳しいとか。そんな特別。



「嫌いじゃないんでしょ?」



 風華が念を押す。もう彼女も、鈴森先生というより、鈴森佐絵に戻っていた。



 いや、風華は彼女を教壇に立っている時でさえ教師だと認識してはいなかっただろう。生意気な子どもだ。大人の事情も知らずに。少しだけ怒気を孕んだ視線が風華に飛んできていた。



「確かに、嫌いじゃないわ。今でも彼は格好良いもの、大人になれば私なんて釣り合わない存在になる」



 そして、と彼女も続ける。



「それでも結局、別れると思う。私と彼では、最初から釣り合っていないもの」



 そう、傍から見れば確かにそうなのだ。が、それで果たしていいのだろうか。私はそう思ってしまう。



「……ま、正直そこまでお節介を焼く理由もないから、強くは言わないけど」



 諦めたのではなく、佐絵さんに理解を示した。私にはそう見えた。



 私たちが口を挟めない理由はそれだ。これは大人と大人の会話だから。



「そうしてくれると助かるわ」



 と言って、佐絵さんは私たちに視線を向けた。



「お二人はよく小野さんと友達やってられるわね」



 その視線は哀れみでもなく侮蔑でもなく、疲労の色をしていた。彼女と話すと、疲れる。



「私たちと居る時は、風華も子どもですから」



 私がそう言うと、風華は私の脇腹を軽くつねった。



「教室では難しい話はしないもんな」



 その事実を、風華が私たちのレベルに合わせている、という風に考えたことは、私も茉莉もきっとない。



 風華は確かに、大人だ。



 でも、絵が下手くそで恥ずかしがったり、若干音痴なのを気にしていたりするのは、今時の高校生と一緒だ。



 私たちは、風華が『大人っぽい』と知っている。しかし、私たちよりより精神的に大人だとしても、まだ私たちと同じ歳なのだと現実は言っている。



 何も変わらない。ただ勉強も運動も得意で、芸術関係は苦手な、私たちの頼れるクラスメイトなのである。



「なるほど。お友達には甘いわけだ」



 佐絵さんが言うと、風華は珍しく恥ずかしそうに視線を逸らした。。



「佐々木くんの件も、もう少しうまく私に言えなかったの?」



 呆れたような、しかし優しい視線が佐絵さんから送られる。



 今までのは、言葉は悪くとも、佐々木裕翔という友人の恋を応援した言葉である。そう受け取ってもらえたのだろうか。



「仕方ないじゃない。アイツ本当に、容姿だけしか取り柄ないんだから」



「ば、バスケも上手なんですよ?」



 私のフォローは、笑いを誘うだけだった。



 ファミレスの会計を、佐絵さんに支払ってもらって彼女とは別れた。



『年下に割り勘にしようなんて言えないっての』



 払えない額ではなかったが、好意に甘えた。二千円で面子を潰すのもどうかと思われた。



 別れ際には、



『明日の授業、小野さんには絶対当てないから』



 そう言って、笑顔で帰っていった。

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