私と彼は幼馴染
「ねえ、ちょっと明日音、聞いてる!?」
「あ、うん。聞いてる聞いてる。何の話だっけ?」
「聞いてないじゃん……」
時は放課後、私はもう何回か続いたこの話題に辟易としていた。
「で、なんの話?」
「あんたと、春彦くんの関係のこと!付き合ってんの?そうじゃないの?」
入学から一ヶ月。早くも容赦もなにもなくなってきたクラスメイトの追求が私を襲う。
「いや、散々言ったような気がするけど。別に、付き合ってないから」
私こと早川明日音と、隣のクラスの高瀬春彦は、幼稚園の頃からの幼馴染。
色々な事情があって、同じ高校に進学した私たちに、中学と同じような洗礼が浴びせられる。
『早川明日音と高瀬春彦は交際しているのか』
まるでそれは数学の命題のように、私たちに付き纏っている。
「別に、付き合ってないけど」
私のはその答えにNOと返す。これは事実でもある。丸をもらえる回答である。
「納得が、いかない」
しかし我が友人たちはこの解にバツを付ける。と言うのも。この解を導く方程式に無理があるというのが彼女らの言い分だ。
ちなみに、納得がいかないと発言したのは夏目風華。読書好きで運動も得意。背が小さいことを気にしている。言葉数は少なく、付き合いが上手い方じゃない。ぶっきらぼうな物言いは、女子には人気だが男子には不人気のようだ。
「そもそも、あれを見せつけられて付き合ってないってのが無理あるよね」
もう一人、私を問い詰める断罪者が赤真茉理。スタイルとルックスは完璧なくせに、勉強も運動もできない極端な奴。けれど、その天然らしい仕草が男子には好評らしい。これは春彦が言ってたことだけど。
この問題の解を得る為の式を、二人は検証しだす。
「まず、二人はいつも一緒に登校してくる。この事実に嘘偽りはありませんね?」
茉理が私にマイクを持っているように見せかけた手で迫る。
「まあ、確かにそうだけど」
私と春彦の家は近所だ。家族ぐるみの付き合いをしている。一緒に学校へ行く必要性はないが、行かないという必要性もない。
だから、私は春彦と毎日学校に来る。
が、これは別に交際しているという事実と相反するものではない。親しい間柄ならば、一緒に行くのが当然ではないか、と反論をする。
「まあ、いいでしょう。次の事案」
「ん。次、昼食」
茉理の司会進行に、風華が答える。
『早川明日音は、毎日高瀬春彦にお弁当を作っている』
これはどうよ?と茉理が挑発的な瞳で私を見た。
「幼馴染とは言え、毎日お弁当。これは異常」
風華も私を睨むように見つめる。まるで私がいけないことをしているように。
「それはまあ、そうかもしれないけど。でもほら、母親代わり、という意味では、恋人ではない、という意図に捉えることもできるんじゃない?」
屁理屈である。
春彦のお母さんは看護師で、確かに夜勤とかはある。けれど、料理も上手いし、私が作らなかったら普通にお弁当を用意するだろう。まあ、それをこの二人に伝える義理はないので伝えない。
「う、母性か。そうきたか」
「確かに、一理はあるかも?」
特に論破した意識はないが、ある程度納得してくれるのは彼女らの優しさなのかどうか。ノリのいい友人たちで、私を困らせようという意図がないことは確か、と思いたい。
「風華書記。次の事案を!」
偉そうに指示を出す茉理は一体何を裁こうというのか。
「次……。放課後も、大抵一緒に帰ること?」
書記のネタが早くも尽きかけてきているようだった。
「登校時は認めよう。だが帰宅まで一緒たぁどういったことかね?部活だってあるだろうよ」
これが動かぬ証拠だというように渋く私に詰め寄る茉理。
「部活っていっても、春彦は帰宅部だし、私の部は週一活動だよ」
「それでも、毎日のように一緒に帰る必要はない」
書記の余計な一言に言葉が詰まる。ちなみに、書記と言っても私の発言を書き写したりはしていない。
「まあ、それはそうだけど」
確かに、春彦と帰る頻度は高い。というより、部活の時以外は殆ど春彦と一緒だ。
なぜ?理由などない。
『幼馴染だから』
それがファイナルアンサーなのだが、この答えは中学でも、高校でも不正解のようだった。
「っていうか、本当に付き合ってないの?付き合ってるっていうんならさ、まだうちらも理解できるよ。幼馴染みだし、二人の世界があるんだなってさ。でも、でもさ、あれだけ見せつけられて『付き合ってない』っていうのはさ、流石に無理があると思うわけよ」
ごっこ遊びをやめた茉理が、真顔で私に迫る。
「見せつけてるつもりはないんだけど……」
私は答えに困る。
私はいつだって事実を言っているだけだ。
私こと、早川明日音と、高瀬春彦は、交際していない。
「明日音、旦那様来てるよ」
クラスメイトがきゃあきゃあという声を上げて私に知らせてくれる。
「あ、うん。じゃ、また明日ね」
私はそう言って席を立つ。準備は既に終えていた。
「あー、はいはい、また明日」
茉理は呆れたように私を見送る。
「お幸せに」
風華は相変わらず、表情からでは機嫌が読み取れない。ひらひらと手を振って送り出してくれる。
まだ慣れない指定カバンを担ぎ、廊下に向かう。その足取りはいつもと変わらず。迷いもない。
「お、帰るか」
「うん」
そこには何時ものように高瀬春彦が立っている。
私の、幼馴染である。