第一話
「なぁ…本当に覚えてねぇのか?」
「だからっ何を!?」
私は振り向かずに答え、さらに歩調を速める。
すると、後ろからため息が聞こえた。
そのため息に、さらに苛立ちが募る。
ため息をつきたいのはこちらのほうだというのに。
私は深く息を吸うと立ち止まり、勢いよく振り返った。そして、後ろを歩いていた少年をきつく睨みつけ、低く、冷たい声で言った。
「ついてこないで」
私はくるりと向きを変えると、そのまま少年の顔も見ずに、また早足で歩き出した。
どうやら今の一言が効いたらしい。もう、後ろに少年の気配は感じなかった。
はぁ…と、張りつめていた息を吐き出すと、どっと疲れた気がした。
彼女が早足で立ち去る背中を、少年はただじっと見ていた。そして、彼女は顔を見なかったから気がつかなかった。
少年が、その背中を見て寂しそうに笑っているのを。
──小さな呟きを、こぼした事を。
「…今のは、ちょっと痛かったな」
少年はすでに見えなくなった彼女の、自分を睨みつける顔を思い出し、強く拳を握った。
「だって、時間が…ないんだ」
風が、少年を慰めるように吹いた。
「…あぁ、大丈夫だ。必ず、何とかしてみせる」
私はベッドに寝転がって、何をするでもなく天井を眺めていた。
頭では、ずっと同じ事がぐるぐる回っている。
3日前、突然現れた少年。
どこかでみたような民族のように変わった格好、髪は黒だったが、瞳の色は緑色で外国人のようだった。
しかし、初めて会ったとき…
『オレの事、わかる?』
少年はひどく嬉しそうに笑ってそう言った。流暢な日本語で。
もちろん、あんな変わった格好をした外国人に知り合いなんていなかったから、私はわからないと言った。
少年は最初驚いて、本当かどうか聞き返してきた。何度も繰り返し聞いてきたため、何なのだと訝しんでいると、少年は絶望したような、怒ったような顔で
『冗談だろ…』
と言った。
私はそれから三日間、その少年に付きまとわれている。
少年は会う度に「本当に覚えていないか」だの「思い出せ」だのと言ってくる。
はっきり言って、もううんざりだ。
私は天井から目を離して、窓を見た。庭の大きな木に、緑の葉が覆い被さっている。深い、緑色。 それを見ているとあの少年を思いだしてしまって、私はまた苛々してきた。体を半分起こして、思い切りカーテンを閉める。部屋が薄暗くなった。
ばふっと音をたてて、枕に顔をうずめる。少し横を向くと、眠気が襲ってきた。
もう考えるのも面倒になって、そのまま寝ることにした。
…これでは子どものふて寝だ。
眠る直前、朦朧とする意識の奥で、声が聞こえた気がした。
『本当に──』
これだけではわかりませんが、一応ファンタジーです。……たぶん。