【掌篇】唇ピッキング
彼女が私に許すのは、唇だけだ。それも二人きりの時に限られる。キスではない。私が彼女の柔らかな桜色に触れて良いのは、指のみである。
十本の(下半身にはもう十本あるが、それが許されるか訊く度胸はなかった)指のどれをどのように触れさせても良いが、そこまで。それ以外は、意図的には手も握れない。無理に触れると、それはそれは恐ろしい罰が待っている。
唇と口内にも、彼女が決めた明確な線引きがある。彼女の白く硬い歯に決して触れてはいけない。それは口内を侵したことになり、私はとてもとても恐ろしい罰を受ける。
この定義は実際の所欠陥品で、皆さんも自分で試せば分かるが、唇を上下に引っ張ったり、或いは無理矢理笑わせるように横に引いて生じた隙間に指を突っ込めば、口内としか考えられない濡れた場所を探ることができるのだ。おお、禁断の地への冒険よ!
私が自分に触れてそれを発見した時は大いに興奮し、翌日、姑息にルールの穴をついたことを彼女が怒り出さないか、指が滑って歯に触れないかビクビクしながら可憐な唇を変形させた。果たして、彼女は唇の歪み以外にはほとんど表情も変えず、私の蹂躙を受け入れた。彼女のぬめりと熱といったら! ただしこれにはこれで問題があり、唇を引き伸ばされている彼女の顔は、歯科医の治療めいて些か類稀なる端正さを失うのだった。何かの間違いで歯に触れる恐れもあり、私は以降このチートを、まあ、それほどは行なっていない。
こんな彼女を奇妙だとは思う。でも、私は彼女がとても好きだ。この先のことに想いを馳せたりもする。流石に、その内手くらいは握らせてくれると思う。それ以上のことは、ちょっと分からない。私はどこまで、この風変わりな愛しい人に近付けているのだろう? 唇に触れさせてもキスを許さないのは、心を委ねていませんよという当てつけなのかと落ち込んだりもする。でも、良いのだ。彼女が手帳に私と撮った写真だけを貼ってくれていたりするものだから、それだけで私はやっていける。
それに、と私は考える。私の技が磨かれたのか、最近彼女に触れていると、頬が染まり眼が潤んでいる、気がする。彼女も肉体を持ち神経の通った人間である。もっと精進すれば唇から彼女の中に侵入できるかもしれないと、私は今日も彼女の唇を奪うのである。
お読みいただきありがとうございました。新種の萌えを作りたくて、唇だけスゲーいじられる美少女、というのを考えてみましたがよく分からなくなりました。




