表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一目惚れ  作者: 川木
9/12

困惑

 りょうちゃんから、謝罪のメールが来た。端的で、それだけに本気で謝っているのだと感じた。

 それが余計に、申し訳ない。りょうちゃんは悪くないのに、りょうちゃんに意味もなく八つ当たりをしてしまう自分が嫌だ。辛い。もう友達なんて無理だ。距離を置くなんて悠長なことを言ってられない。


『やっぱり友達は無理』


 だから私も短くメールを返した。

 どんな返事が来るのか、いっそ電話してくるかも知れない。そう思うと緊張して、どう言おうどう言おう、と考えてもよくわからない。

 考えて考えて拒否したはずなのに、いっそやっぱなしと先に謝ろうかという気にさえなってきた。


「……」


 携帯電話を手にうだうだしていた私だけど、しばらくして、日は沈んだのにメールも電話もきていないことに気がついた。


「……もう、こんな時間か」


 きっと、返事はないんだ。

 いくら優しいりょうちゃんでも、いやむしろ優しいからこそ、あれだけ優しくされながらも拒否する自己中な私に傷ついただろう。それに優しいからこそ、私の申し入れを受けて返事をしないという場合もある。

 どちらにせよ、もうこれで終わりだ。りょうちゃんとのお試し友達は終わり。私はもう、彼女に煩わされたり惑わされずにすむ。


 自分が望んだ展開だ。これでいい。問題ない。間違いない。間違いなんかじゃない。

 これで正しいんだ。だから、もうりょうちゃんと会わないと思うと胸が痛いなんて、そんなはずない。こんなのは気のせいだ。


「…ばいばい」


 携帯電話に向かって独り言を言いながら、私は携帯電話のメモリーから『りょうちゃん』を消した。

 少しだけ指が震えたのは、気のせいだ。









 月曜日、学校に行く。私は今まで、学校に行きたくないと思ったことはあんまりない。だけど今日は行きたくないなと思った。

 りょうちゃんの顔を見てしまうのが嫌だった。もし見て、友達でなくなったのにまだ私が反応してしまうならなんの意味もない。

 ただただりょうちゃんを傷つけただけだ。それは最悪だ。それに友達をやめると言ってもクラスメートだし顔が合えば挨拶くらいするべきだし。


「はぁ…」


 無理をすれば休めないことはない。両親は共働きだから、朝さえ具合が悪いふりをすればいい。

 だけどそうしてずる休みをしても、ぼーっとがんこちゃんを見てたりすると猛烈に罪悪感が湧いてきてしまって落ち着かなくなるから、学校に行った方がマシなのだ。


 何だか暗いけど体調悪いなら休んだら?という母の誘惑を蹴り、私は家を出た。りょうちゃんに会いたくなくていつもより一本早いバスに乗った。

 バスに乗ると隆美ちゃんと会った。隆美ちゃんはランダムに家を出るらしくたまに会ったり会わなかったりだ。今日はこの時間だったのか。


 隆美ちゃんと話していると憂鬱な気持ちも少し和らいだ。


 教室に入るとまだりょうちゃんはいない。当たり前だ、と思いながらりょうちゃんの席を無意識にチェックしていたことに驚いた。

 そりゃあ、りょうちゃんの反応は気になるが、気にしすぎだ。これからは関係ないんだから、嫌われたって知るものか。


 席につきながらそう結論付け、そういえばもう嫌われてるかも知れないのかと気づいた。

 それは…嫌だな。

 わがままで酷く自己中だ。あれだけ勝手なことをして距離を置くくせに人に嫌われたくないなんて、我ながら吐き気がするほど最低だ。


 自己嫌悪でため息をつきながら隆美ちゃんにノートを見せたりしていると、いつの間にか視界の端にりょうちゃんの背中が見えた。


 りょうちゃんは姿勢がいいから、とても目立つ。別に他の子の姿勢が悪いわけではないし、りょうちゃんの頭の位置が飛び抜けて高い訳でもないけど、目立つ。

 だからついつい、そちらに意識をとられてしまう。

 いつもなら鐘がなるまで私の隣に来ていたりょうちゃんは着席し、私に背を向けている。斜めだから、本を読んでいるのが見える。

 私が薦めた本かどうかまではわからない。彼女はブックカバーをつける派だから。

「出席をとります。青井さん」

「はい」


 朝のHRが始まり、先生に呼ばれてりょうちゃんが返事をする。

 落ち着いた声は普段通りで、私は彼女を傷つけてないし、そうだとして今日にひきずるほどでもないとわかってほっとした。

 だけど同時に悔しくもあった。私はこんなに気にしているのに。りょうちゃんを気にかけているのに。

 私を好きだと、気に入ってると言いながら、私と友達をやめても平気なんだ。


 自分勝手も過ぎるのはわかってる。

 自分で勝手にやめて、傷つかなければいいと思っていて、矛盾してる。わかってる。ここのところずっと矛盾だらけだ。

 だけどしょうがないじゃない。感情は理性ではどうにもならない。抑えたり我慢はできても、感じないようにはできない。


「武川さん」

「はい」


 私は平静を装えただろうか。自信はない。









 お昼休みもりょうちゃんは私を誘いにはこなかった。わかってる。当たり前だ。

 それでも何度かりょうちゃんを見てしまう。もし振り向いたら、挨拶をしようと思っていたけど、りょうちゃんは振り向かなかった。

 放課後になって、りょうちゃんは立ち上がろうとしない。部活もきっとやめるのだろう。


「っ」


 このままここにいると、変なことを考えてしまいそうで、私は足早に部室へと向かった。


 部室について鞄を置き、窓を開けて、そういえば…もう窓を開ける必要がないのだと気づいた。りょうちゃんはいないのだから、空気の換気は必要ない。

 窓を閉めて、コーヒーを入れる。


「……馬鹿か」


 やってしまった。何故二つもいれるのか。だいたい、りょうちゃんの分をいれたのは一回だけだって言うのに何故間違うのか。

 思わず額に手をあてた。こんなミスをするなんて、変だ。確かに今日は一日いらいらしたりぼーっとしたりして、平常心とは言い難いけど。

 それにしたって、これじゃまるでりょうちゃんに部室にいてほしいみたいだ。


「……」


 …そんな馬鹿な。考えすぎだ。


 私はコーヒーを一杯その場で飲み干し、もう一杯を持って席について本をひろげた。


「…………はぁ」


 りょうちゃんはいないのに、向かいの席が気になってしまう。視線をやっても何もないのに、見てしまう。そしてその度に誰もいないことに、がっかりする。


「……え?」


 がっかり? がっかりってどういうことよ。

 まるでりょうちゃんがいなくて寂しいみたい。これじゃまるで、りょうちゃんに側にいてほしいみたいじゃない。


「……っ」


 何故か、急に体温が上がった。怒りからくる熱なのか、戸惑いか、私には判別がつかなかった。


 りょうちゃん…今、何をしているのだろう。家に帰ってしまったんだろうな。

 って、何でりょうちゃんのことなんか……もう関係ないのに。


 関係ない、と考えた途端、胸がいたくなった。なんだ、これ。

 本を置いて、胸に手をあててじっとりょうちゃんがいつも座る席を見つめる。

 目を閉じると、りょうちゃんが本を読む姿が浮かんできた。


「……」


 目を開けて、りょうちゃんはいない。


 …寂しい、と思った。思ってしまった。あれだけ嫌いだと言って勝手に突き放したくせに。

 私は……もしかすると、りょうちゃんを嫌いなわけではないのかも知れない。

 だって今、りょうちゃんのことをこんなに考えてるけどドキドキしないし息苦しくもない。ただ寂しくて、悲しい。


 まだ出会って一ヶ月もたってないのに、りょうちゃんがいないと寂しいなんて、彼女を好きとしか思えない。

 だけどそれじゃ、苦しくなる理由がつかない。


『見るだけで苦しいとか…それって、世間一般的に、恋って言わないかしら?』


 ふいにりょうちゃんの言葉が思い返された。

 …いや、そんな…だって、女の子同士なのに?


 あの時は違うと即答できたのに、今はできなくなった。


 無意識に口にたまっていた唾を飲み込む。熱い。なんだこれ。もう秋も深まっているのに、どうしてこんなに…。


 恋? そんな……わからない。そもそも、私、恋したことないし。でも本だともっとこう、違う感じだった気がする。


「……」


 ……わかんない。今までずっと嫌いだと思ってたし。

 ずっと嫌いの反応のままだ。それでもりょうちゃんがいないのは……嫌だな。


 私が本当はりょうちゃんをどう思っているのかは、わからない。

 一緒にいると恐いとすら思う。だけど、一緒にいないのは嫌だ。寂しい。一緒にいたい。


 決めた。

 明日、謝ろう。そして、ちゃんと確かめよう。この気持ちが何なのかわかるまで、もう一度だけ友達(仮)を頑張ろう。


「……」


 少しだけ気持ちがすっきりしたのはいいけど、やっぱりりょうちゃんがいないと落ち着かない。

 もう今日は部活をやめて、帰ろう。無理に読んだって意味はない。


「ん?」


 部室のドアを開けると、すぐ前に紙袋があった。


「…あ」


 落とし物かと拾って中を見ると、制服が入っていた。もしやと思い上着のタグを見ると、私の名前があった。


「……」


 りょうちゃん、返しにきたんだ。なのに私と顔もあわさず、声もかけずに帰ってしまった。

 泣きたくなった。友達をやめると言った。言ったけど、なにもこんな、全く顔もあわさない他人みたいにしなくたっていいじゃない。


 そんなに、怒っているのだろうか。もしかしてもう私のことを嫌いになったのだろうか。許してくれないかも知れない。


 私は紙袋を持って、憂鬱な気分のまま家に帰った。









「はぁ」


 貸していた制服をハンガーにかけたところで面倒になって、私はセーターも着たままベッドに転がった。

 天井を意味もなく見つめてから寝返りをうつ。

 ブレザーが目につく。そういえば去年の冬は結局着なかったし、入学してすぐしかブレザー着てないや。

 今年は着ようかな。りょうちゃんは似合っていた。大人っぽくて何だか格好よかった。


 ……着てみようかな。去年はちょっと大きかったけど、身長も3cm伸びたし。


 私は足をあげて反動で起き上がり、ブレザーの元へ。腕を通し、鏡の前に。


「……」


 うん、まあ…ぱっと着た感じでわかってたけどね。腕を降ろしてると手の甲も殆ど隠れちゃってるし。

 そんなにりょうちゃんと身長違うかな? 私が撫で肩気味なのも原因?


「……ん?」


 そういえば、これりょうちゃんが着てたよね……う、うわ、なんか急に恥ずかしくなってきた。

 シャツはアイロンまでかけてあったけど、ブレザーは洗えないし……な、なんでこんな意識してんのよ。私馬鹿じゃないの?

 だいたい自分のだし? こんなの全然普通だし?


「……すん」


 衿を引っ張ってちょっと匂いを嗅いでみた。


「…レモン?」


 僅かにレモンの匂いがした。おかしいな。りょうちゃんからレモンの匂いってしたっけ? ……あ、ファブリーズか何かでレモン系かけたのかな。


「…いい匂い」


 私、あんまり消臭剤はトイレ臭くなるから使ってないけど、これは好きかも。


「………はっ」


 ってなんで嗅いだ私!? 人が着てた服を嗅ぐとか変態か! 匂いフェチか!


「…脱ご」


 はぁ…なにやってるんだろ。ますます自分がわからないよ。

 …明日、仲直りできるかなぁ。












評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ