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一目惚れ  作者: 川木
7/12

目眩

 どうしてこうなったのだろう。

 何度も何度も頭の中でどうしてと自問しているけど答えはでない。いや、もう出ている、のだろうか。


「ちーちゃん、美味しい?」

「うん」


 美味しい……と思う。

 昨日、りょうちゃんが言っていたとっておきと言うのはクレープ屋のことだった。私の方が地元ではあるけれど、りょうちゃんの家の近所にある小さなクレープ屋らしく知らなかった。

 野菜にこだわったクレープ屋らしく、甘くないクレープが殆どで、昼食にと食べに来たのだ。


 それはいいのだけど…


「あの、手…」

「あ、嫌?」


 校舎を出て勢いで繋がれたまま、私は彼女と手を繋ぎっぱなしだ。私の利き手は右でりょうちゃんは左手で、手を繋いだまま食べられるクレープなのでやめる理由が見つからない。

 なのでやめさせるためには嫌、という感情による否定しか方法はない。方法は簡単だ。嫌だ、と言えばいい。


「い…」

「い?」

「…嫌…じゃ、ない」

「そう、ならいいわよね」


 よくない。全然よくない。

 ……でも、じゃあ、嫌か、という話だ。緊張してご飯の味がわからないし離したいのに、振り払おうとか、そんな風には思えない。

 馴れ馴れしいりょうちゃんをうっとうしいとすら思うのに、りょうちゃんのこと大嫌いなのに………繋がった手から伝わるりょうちゃんの熱さが、嫌いではない。

 ドキドキして目眩がしそうなほどくらくらして、判断が鈍っているのかも知れない。


 りょうちゃんの手、何だか、気持ちいい。ドキドキしてふわふわして、くらくらするのに、その原因のりょうちゃんを拒否すべきなのに、近寄りたいと思っている。


 どうしたんだろう。私は一体どうなってしまったんだ。


 変だ。手を繋いでから変だ。

 いや、違う。もっと前、ちーちゃんと出会ってから、ずっと変だ。


「さて、次どこに行く?」


 帰りたい。だけど強引にとはいえお昼を奢られてしまったし、そんなこと言えない。

 何かお返しをしなければ。


「駅前の百貨店行かない?」

「ん? 何か欲しいものあるの?」

「まぁね。いい?」

「もちろんいいわよ。ささ、レッツゴー」


 テンションの高いりょうちゃんに引っ張られながら、私たちは歩いている。

 なのに地に足がついている気が全くしない。ふわふわして、気持ち悪い。

 誰か私を助けて。









「りょうちゃん」

「ちーちゃん、おかえり」

「ただいま。これ…プレゼント」


 トイレとごまかしてりょうちゃんと一旦別れて、こっそり買ってラッピングしてもらったものを差し出すと、りょうちゃんはきょとんとしている。

 普段大人びていて、余裕げな笑みを浮かべているのが常なりょうちゃんなだけに、そんな表情は可愛くてちょっとだけ笑った。


「え? 私に?」

「他に誰かいる?」

「え? ど、どうして?」

「さっきお昼奢ってくれたから、お礼」

「そんな、いいのに…ありがとう。大切にするわね」


 押しつけるようにするとりょうちゃんは受けとってくれて、微笑んだ。その笑顔に何故か鳥肌がたった。

 慌てて私は視線をそらす。


「まぁ、安物だけどね」


 りょうちゃんに関わるともはや発作のように私の体は異変をきたす。


「安い高いは関係ないわよ。ちーちゃんがプレゼントしてくれたことが重要なんじゃない」

「……ん」


 言いたいことはわかる。物そのものより気持ち、なんてごく一般的なことだ。なのにどうしてか過剰にその言葉をとらえて意識してしまう。どうかしている。


「ねぇちーちゃん、これどこで買ったの? 私からもあなたにプレゼントしたいわ。お揃いにしましょ」

「あ…えと…買ったのは、東出口近くの雑貨屋なんだけど…私は、いいよ」

「え? どうして? 遠慮しなくていいわよ」

「遠慮じゃない。とにかく、いいってば」

「そ? そう?」


 言えるわけがない。本当はりょうちゃんにあげた手の平サイズのテディベアのついたキーホルダー、すでに私とお揃いだなんて。

 別に変な意図なんかなくて、ただお気に入りで手頃だからりょうちゃんへのプレゼントに選んだだけだ。でも勝手にお揃いにしたとか気持ち悪がられても嫌だし、だからって買ってもらうのは悪い。

 慌てて断ったので多少ぶっきらぼうな物言いになってしまったけれど、りょうちゃんは気にした風でもなくキーホルダーを鞄にいれたのでほっとする。


「トイレが嫌に長いと思ったけど、そういうことだったのね。ありがとう」

「え…」


 りょうちゃんの冗談じみた言葉に、私はトイレが長いと認識させることの意味を自覚して、羞恥で頭がいっぱいになった。

 いや、そりゃ、大便しない人なんかいないしそう思われたいわけじゃない。もう誤解もとけた。だけど、さっきまでそうだと思われてた事実は消えないわけで…。

 ああ! りょうちゃんにうんこしてたと思われたとかほんと最悪てかめちゃくちゃ恥ずかしいぃ!!

 ううああぁ…もう! 何でそんなこと言うわけ!? 言われなきゃそんな風に思われてるって気づかなかったのにりょうちゃんの馬鹿! デリカシーなさすぎ!


「ち、ちーちゃん? ごめんなさい、そんなに恥ずかしい? あの…いい意味だから、ね?」


 いい意味とかどんなよ! あれか!? うんこしてるってことは今日も元気なんだとか!? 全然よくないしむしろ恥ずかしい!!


「ごめんなさい。反省してるから…許してくれないかしら?」


 と言いながらりょうちゃんは私の頭を撫でた。


「ばっ…」


 頭を触られるなんてもう何年もない。しかも相手が大嫌いなりょうちゃんとあって私は完全にパニックになってしまった。


「あ、あ、あ…」

「え?」

「や、やめ…うう、うー! りょうちゃんの馬鹿!」


 何が何だかわからなくて、子供扱いされているのが何故か悲しくて、私は彼女の手を振り払って走り出した。


「ちーちゃん!?」


 ううぅあああああもうやだぁぁ!!









 途中ですっぽかすなんて初めてで、バスを待つ間とか何度かやっぱり戻って謝ろうか悩んだ。だけどどんな顔をしていいのかわからなくて、結局帰ってきてしまった。

 部屋に入って、鞄を机にほっぽりだし、セーターとスカートを脱いで、皺にならないように床に優しく投げてベッドに転がった。

 シャツは皺になるが、今日で洗濯してアイロンあてるから問題ない。


「はぁぁ…」


 ため息をついて目を閉じる。自然と今日のことが思い返される。

 ちーちゃんの私服、意外だったけれど似合っていた。男の子みたいで結構カッコよかった。美人は何でも似合うんだなと思ったものだ。

 片付けまで手伝ってもらっちゃって、ちゃんとお礼言いたかったのに、先にお昼と話題を変えられてしまって言いづらくなった。

 りょうちゃんはさっぱりあっさりした性格らしく、私が多少態度悪くても全然気にしないでニコニコしてる。

 そんなりょうちゃんだから余計に、お礼すら言えない自分に自己嫌悪してしまう。軽口は言えるのに、大事なことを、気持ちを伝えようとすると何故か恥ずかしいような、妙ないたたまれなさで何も言えなくなってしまうのだ。


 そして、手を繋いだ。


 「……ーっ」


 寝返りをうって膝をかかえるように丸まって、私は繋いでいた手をぎゅっと抱きしめた。

 ドキドキと、心臓が痛いくらい脈打っている。りょうちゃんの手の柔らかさや熱さを思い返しただけなのに、手が震える。

 苦しい。息が詰まる。優しげなりょうちゃんの笑顔が瞼に焼き付いて離れない。


「はっ…ぅ」


 苦しい。苦しい。何だこれ。

 怒り? 悲しみ? わからない。そもそも私は何がそんなに嫌なんだ。何が気に食わない? …わからない。


 胸が痛い。

 何故か、涙が出てきた。りょうちゃんが嫌いだとして、どうして私は泣いているの?


 自分で自分がわからない。

 大嫌いなはずなのに、りょうちゃんと手を繋ぐのに嫌悪しなかった。じゃあ、嫌いじゃないなら、いったいなんなんだ。

 他にどんな感情を持っていると仮定すれば、こんなめちゃくちゃな情緒不安定な私に説明がつくというのだ。

 憤り? 恐怖? 憧れ? 嫉妬?

 今の自分が何を感じているのかすらわからない。頭の中が無茶苦茶だ。りょうちゃんのことしか考えてないのに、頭の中はりょうちゃんでいっぱいなのに、それに対する感情の名前すらわからない。


「う、ううっ」


 ボロボロと涙が出る。これはなんだ。私は泣き虫じゃない。涙なんて何年ぶりだ。なのにどうして、涙の訳がわからない?

 わからない。なにもわからない。もう嫌だ。


 りょうちゃんと出会わなければ、こんな訳のわからない気持ちにならずにすんだのに。

 こんなのは私じゃない。何もわからずに苦しんで八つ当たりして泣いて、こんなの変だ。自分で自分が気持ち悪い。

 もううんざりだ。りょうちゃんの存在に掻き乱されてふりまわされて、そんなのもううんざりだ。もう疲れた。


 りょうちゃんが嫌いだとか、そうじゃないとか、もうどうでもいい。全部やめよう。

 こんな思いはたくさんだ。もうりょうちゃんには関わらない。元の私に戻るんだ。

 土台無理な話だったんだ。りょうちゃんと友達になるなんて。一緒にいて相手を意識しすぎてしまうのに、友達になんてなれるはずがない。自然に振る舞えないのに、友達なんて言えるはずない。


 ごめん、りょうちゃん。だけど私には、りょうちゃんの友達でいるなんて我慢できない。


 明日から、距離をとろう。











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