幸福
明日はなんとデート。
「くふふふふふふ」
デート。ついにデート。これはもう勝ったも同然。10日近く欲望を制し、理性的によき友人を演じた私の努力がついに実ったのだ!
きっと今頃はちーちゃんも私への恋心を自覚しベットで転がっているころだろう。
「…ぐふ」
おっと、いけない。転がるちーちゃんを想像したら思わずはだけた服装で太ももチラチラな姿にしてしまった。
「はぁぁ…ちーちゃん」
彼女の愛称を口にしつつ目を閉じ、頭の中で振り向く彼女を思い浮かべる。
振り向いたちーちゃんは少しだけ肩に力をいれたように縮こまり、肩をすくめたような姿勢でわずかに上目遣いになりながら私を見る。
格好はもちろん私服。どんな格好だろう。制服のスカートの長さを全くいじらない彼女だけど真面目さからでなく、単に興味がないからだ。だからきっと地味系の格好に違いない。しかしそれがいい。ちーちゃんの魅力は私だけがわかっていればいい。もちろんあの小さな小動物みたいな可愛さはふりふりスカートなんてめちゃくちゃ似合うだろうから、付き合うことになったらふたりきりの時に着せるとして。
「…ん?」
はて、そういえばデート、私の服はどうしようか。浮かれて彼女のことばかり考えていたが、よく考えればこれにより私のイメージが改めて固まる一大チャンスだ。
ベットに寝転ぶのをやめて、私は部屋の隅のクローゼットを開けて中に入る。とっておきの服はこの2畳ほどのクローゼットに入れてあるのだ。
さて、今までにもクール系を気取っていたつもりだし、クラシカルワンピースでシックな感じ? いや、ズボンでスマートに?
私はなにげに今まで結構なキャラチェンをした過去を持つので様々な系統の服がある。ゴスロリなんかも1着あるし、パンク系も少しハマったので多少レパートリーがある。
ふむ…ちーちゃんが可愛い系だし、ここはカッコイイ系がやはりベストだろう。あまりはっちゃけてもあれだから大人しめで………うーん、悩むわね。
と、そういえば眼鏡はどうしようか。視力が悪いと言っても両目0.2で、日常生活自体は眼鏡がなくても平気だ。あんまりがり勉とも思われたくないし、目が疲れるので授業中以外はあまりかけていない。
最近はちーちゃんをしっかり見るため、たまに授業中以外もかけているが、ちーちゃんはそれに気づいているだろうか。せっかくのデートだ。ちーちゃんの姿をよりよく見たい。しかし眼鏡をかけるとファッションの幅が……。
あいにくと眼鏡は使い分けるほどは持っていない。慣れた場所で遊ぶ分には眼鏡がなくても困らないから、今までは何も思わなかった。悩む。非常に悩む。
出来れば最初の待ち合わせ時には眼鏡でしっかり私服ちーちゃんを見て、移動中ははずして、肝心な時だけかけたりしたいのだけどそうもいかない。一日中眼鏡は疲れるし、かけたりはずしたりは怪しい。コンタクトレンズは恐いから却下。
「……よし」
やっぱり、いつも通り、というか普段着の中でよさ気のを選ぼう。そして眼鏡はかけよう。
あんまり張り切りまくって、ちーちゃんとの対比で浮いたら恥ずかしい。デートと言ってもきっと彼女にそんなつもりはないだろうし。
それに、ちーちゃんには素の私を見て好きになってもらいたい。うん、我ながら今ちょっと恥ずかしいこと言った。
そうと決まれば、明日の服を決めよう。私はクローゼットから出て、箪笥を開いていくつかベットに放りだす。
ズボンはジーパンで。これで一気に普段着。あとはシャツと上着でシンプルに。
こんなものか。多少男っぽいが、実はこんな格好が一番楽で好きだ。ちーちゃんの好みにあえばいいのだけど。
あれきり繋いでいないから、明日は思い切って手を繋いでみようかな。
「はぁ…楽しみ」
○
「ちー、ちゃん?」
「りょうちゃん?」
「どうして制服なの?」
バスを降りた私を迎えたのはいつもと変わらず制服姿のちーちゃんだった。がっかりしながら尋ねるとちーちゃんは首を傾げた。
「それはこっちの台詞なんだけど…何で私服? 今日学校に行くんだよ?」
「……」
そう、か。いや、もちろんわかっていたが、休日だしデートだし、ちょっと荷物置くだけだから私服かと。学生証は持っているし。
もしかして駄目な学校だったのか。前のとこは進学校のわりにゆるかったし、こっちはお嬢様学校なことを忘れていた。しまったな。一度帰って着替えてくるか。
自分の場違いさに少し恥ずかしくなって、私は頭をかきながら待つように頼−
「仕方ないなぁ。制服貸してあげるから、あがって」
何故かちーちゃんは苦笑すると私を家に招き入れた。
動揺し、言われるまま玄関をくぐり、スリッパにはきかえ、部屋に通された。
部屋はピンクを基調としてぬいぐるみがある可愛いいかにも女の子らしい部屋だった。普段の飾り気のなさからは何となく意外だけど、容姿にはとてつもなく似合っている。
ちーちゃんの部屋はどことなく甘い匂いがする。芳香剤の匂いではない。私の部屋に合う匂いを探すため芳香剤は一通り嗅ぎ回ったので、違うのがわかる。
恐らくちーちゃん自身の体臭が集まって部屋の匂いになってるのだろう。体臭とかマジ興奮する。こっそり胸いっぱいに吸い込むといかに紳士的な私でもちょっと濡れた。
「スカートと、シャツと上着。セーターは替えがないから上着でいいよね」
「え、ええ」
渡された服を受け取りながら、思わずキョドる。え、まさか本当に? 服を貸してくれるの?
「? どうしたの?」
「いや、えと、ありがとう」
う、うわ。これは予想外。まさかちーちゃんの服を着れるなんて。普段ちーちゃんの肌をおおっている布を纏うのは何となく気恥ずかしい、というかエロずかしい。ごめん、意味わからない。ちょっと興奮して馬鹿になってる。
制服を着ると、いまだこの制服のブレザーを着ていないのもあって新鮮で、ちーちゃんに包まれてる気もするので何だかむらむらする。
「りょうちゃんはブレザーも似合うね」
「ありがとう」
褒められた。しかも『も』ってことは普段のセーターも似合ってるってことよね? あー! テンションあがる!
「さ、行こっか」
あ、もう行くの? いや、うん、わかってるけどね。もうちょっとこの部屋にいたいな、なんて。
「?」
あ、うん、何でもないです。
私はいぶかしむちーちゃんに慌てて笑いごまかして、服を渡された紙袋に入れてちーちゃんに続いて部屋を出た。
あー、もうちょっとだけちーちゃんの体臭を堪能したかったのに。まぁいいわ。恋人になれば直接嗅げるものね。
玄関にはさっきは気づかなかったけど紙袋が二つあった。
せっかくだからと言うことで、他にもちーちゃんオススメの本を詰めて二つ用意したらしい。一つ持つ。
うわ、重い。筆より重いものは持てないは言い過ぎにしても乙女の片腕にはきつい。両手で……。
「ちーちゃんって結構力持ち?」
「え? もしかして重い?」
「いやいや、そうじゃないわよ。だけどちーちゃんの様に可愛らしい細腕では持てるのかと心配していたから意外だっただけよ」
「私、運動は苦手だけど腕力とか結構ある方なの」
普段から本を持ち歩いているからだと思う、というちーちゃんは私のと同じだけ入っている紙袋を普通に片手で持っている。
「……」
さすがに、無理してまで全部持ってやるよと格好つけるつもりはさらさらなかった。私女だし腕力自慢してどうするって話だ。
でも、私より小さく可憐なちーちゃんが片手で持っているものに両手をつかえるだろうか? 正解はもちろんNO。いくらなんでも非力とは思われたくない。どちらかといえば頼れるキャラでいたいのだ。
「さ、行きましょうか」
重い……指に紐が食い込んで痛い。我慢だ私。バスの中なら降ろせる。
○
「よし」
ちーちゃんは本を並べてご満悦だ。この無防備に無邪気な満足顔が見られただけで苦労がむくわれると言うものだ。
まさか本棚に収めるために片付けで1時間も使うとは思わなかった。場所がないなら積むとか、本棚は大きいから本の手前にも置けるのに背表紙が一目で一覧できなきゃ嫌らしく、多くの私物を片付けて埃を掃除するのに時間がかかった。
ちーちゃんは本棚は毎日掃除してるくせに、他の子の私物はあんまりしないらしく結構埃がたまってた。一ヶ月に一回はするらしいけど、ついでに掃除したら一週間に一回掃除してるはずの部屋の隅にはたんまり埃がたまっていた。ぱっと見は綺麗だけど見えないところは手をぬいているらしい。
なんて取り繕うのが上手いのかしら。ちーちゃんたらめんどくさがりなとこもあるのね。可愛い。
別に恋故の盲目さじゃないわよ。ちーちゃんって何気にしっかりさんだから、ちょっと駄目さがあった方が、お世話しがいがあるというものだ。私って結構尽くすタイプだから、相性バッチリね。もちろん尽くしたいのはちーちゃんだけによ。
「ちーちゃん、ちーちゃん。そろそろいい時間だからお昼を食べに行きましょうか」
「あ」
「ん?」
「あの……」
「?」
ちーちゃんはもじもじと、私を悶え死にさせるつもりなら大ヒット間違いなしの態度で上目遣いをしてくる。顔は赤くてまさに恋する乙女。
可愛いいいぃ。ああもう抱きしめたい。
「…な、何でもない。お昼行こうか」
「ええ」
よくわからないけど何でもないというならいいか。抱きしめるのはやり過ぎにしても、さりげなく校舎を出るあたりで手を繋いでみた。
「っ」
柔らかく小さい手はぷにぷにしていて、触れているだけで私の体温は急上昇して胸が痛いくらいドキドキする。
その痛みが心地好い。M的な意味じゃなく、苦しいほどちーちゃんが好きなんだと思うと誇らしいくらいだ。
ちーちゃんは真っ赤になっておどおどとしながら私と手を交互に見て、口を半開きにして何かを言おうとしている。
「…駄目?」
「……」
先に尋ねた。先手必勝だ。ずるいなんて思わないでね。だって、ちーちゃんと手を繋いでたいんだもの。
ちーちゃんは、あ、とか、う、とかもごもご言ってから、黙って俯いて、ぎゅっと私の手を握り返した。
ドキドキと心臓がうるさくて、神経の全てがちーちゃんと繋いだ手に集中して他のことはどうでもよくなる。
ふわふわとまるで宙を歩いているかのようだ。こんなに幸せな気持ちになるなんて、本当の恋は素晴らしい。
彼女に出会うまで知らなかった。
彼女に出会うまで、私は真の幸福を知らなかったとさえ言える。
ああ、なんて幸せなんだろう。
○
だいたい話の流れを考えました。順当にいけば10話くらいで終わる予定です。