大好き。
と、余裕を持って部室を出た私だけど、どうにも落ち着かない。
当たり前なんだけど、いくらちーちゃんと親しい坂之上さんと言え、絶対とは言えない。いくら屋上がお気に入りでも、毎回そこに行くとは限らない。
ミスをしないよう気持ちを落ち着けるためにゆっくりと部室を出たのに、また急に心配になってきた。
「ちーちゃん!」
「っ」
途中から駆け足になって階段を上がった私は勢いよく屋上へ続くドアを開けた。そして私はベンチに座るちーちゃんの姿を見て、ほっと安堵の息をついた。
「ごめんなさい」
「…え?」
近づくと戸惑いながらも私の名前を口にするちーちゃんに、何かを言われる前に謝った。彼女はきょとんと首を傾げた。
可愛い、と思わず緩みそうな頬を固めて、あがった息を整えながら私は彼女に先程の狼藉を謝罪する。
「私…こそ、ごめん」
目をそらしながら彼女もまた私に謝罪してくれた。よかった、これで仲直りね。
「隣、いいかしら。少し話さない?」
「…ん」
俯いたまま私を促すちーちゃんの隣に座る。思いきって密着しようか、なんて下心もあったけどいざ座るとなると照れてしまって結局少し間をあけて座った。
それでもちょっと動けばすぐ隣にちーちゃんがいるのだと思うとドキドキして、じんわりと汗が吹き出てくる。
「ねぇ、ちーちゃん」
「なに?」
名前を呼ぶとこちらを見て、でもすぐに視線を泳がすちーちゃんは顔が真っ赤でとても可愛くて、キスしたくなった。
好きだ。好き、好きと伝えたくて仕方ない。こんなに自分が堪え性のない人だとは知らなかった。
「さっきはあなたを怒らせてしまったし、こんなことを言ってまたあなたの気分を害さないか不安なのだけど…」
「な、なに? 怒らないから言ってよ」
ちら、ちらと私を見てくるちーちゃん。僅かずつ顔が私からそらされる。
真正面もいいけれど、斜めから見るのもまたいい。ちーちゃんの長い睫毛や低めの鼻の筋がよく見える。
瞬きに揺れる睫毛と瞳に見とれてから、慌てて彼女に言葉を伝えるため、顔をひきしめる。
私から真面目な雰囲気を見てとったのか、ちーちゃんはよそ見をするのをやめて目を丸くして私を見つめ返した。
見つめ返されたのは、最初ぶりだ。それだけで私の体は勝手に緊張して、喉がかわく。彼女に触れてすらいないのに、視線が向けられるだけで犯されてるかのように興奮する。
「さっきの…あなたが好きと言ったのは本当よ。私はあなたと仲良くなりたいわ。あなたは、私をどう思っているの?」
「っ…」
言った。はっきりと言った。彼女はもう逃げない。だから聞かせてほしい。態度でなく、言葉で、あなたの気持ちを。
「りょうちゃん…私は、あなたが、嫌いなの」
「…え」
言われた言葉がわからなかった。真っ赤にして、強張った顔で、固く高くなった声で、告白をする乙女のような体で、彼女は私を嫌いと言った。
私が混乱していると彼女は私のどこが駄目ではなくて何故か最初からずっと嫌いなのだと言った。
「あなたを見るとイライラしたり息苦しくなったりして落ち着かなくて、生理的に駄目なの」
いや…それは、どう考えても、恋、でしょう? 私が知らない間に恋の定義が代わったのかと勘繰りたくなる。だいたい、彼女の態度もまた、私を嫌っているものじゃない。
「…いくつか、聞いてもいいかしら」
「どうぞ」
「見るだけで苦しいとか…それって、世間一般的に、恋って言わないかしら?」
「…は…いや、何言ってんの? 私たち、女同士じゃない。有り得ないわ」
思いきって尋ねると呆れたように明快な答えが返ってきた。
「…そ、そうね」
何とか返事をして質問しながら頭の中で整理する。
つまり、彼女は私が思う通りに私に一目惚れをしてる。だけど恋愛は男女がするものだという強固な思い込みから、恋の症状を嫌悪によるものだと思ってる、と。
ううん、どうしようかしら。これは想定外だ。確実に両想いのはずなのに、私を嫌いと思い込んでいるとは。
正直面倒だけど、しかし私も確かに、苦しいくらいに彼女が好きだ。勘違いを直すだけで彼女と恋人になってあんなことやこんなことが出来るなら、なんだってする。
よし。
「私のどこがどう嫌いか教えてもらっていい?」
「え」
戸惑うちーちゃん。それはそうだ。こんな質問をしたのは私も初めてだ。とりあえず口八丁で丸め込んで言わせる。
ちーちゃんは視線をそらして言いづらそうに、私をどんなに嫌いかと言った。
うん、聞けば聞くほど彼女は私を好きだ。というか、聞いていてむず痒いくらいだ。嫌いだと思ってるからこそちーちゃんは照れもせずに言えるのだろうけど、私が照れる。
「真っ正面から顔を見ると気が遠くなるレベルでりょうちゃんが嫌いなの。…そういうことだから、友達になるのは諦めて。ごめんね」
「あ…いや、待って、結論を出すのはまだ早いわよ」
「え?」
今にもさようなら、と言い出しそうなちーちゃんを止める。危うく彼女の声に聴き入るあまり聞き流すところだった。
「これから私の内面を知れば嫌いでなくなるかも知れないじゃない」
実際には好きなのだから、嫌いでないと気づく、というのが正しいのだけど。
いきなり、本当はあなたは私が好きなのよ!と言ってもきっと頭のおかしい人と思われるでしょうし、何よりやはり、本人に自力で気づいてほしい。
「しばらくは友達(仮)ということでいいかしら」
なので言葉を並べたててとりあえずお友達から始めましょうと提案する。
「でも…」
躊躇うちーちゃん。ここで断られたら私の恋が終わってしまう。距離をつめて気持ちが伝わるように、間近で愛をこめて見つめた。
ちーちゃんは真っ赤な顔でぽーっとなった。今、私に見とれてるのだろう。かくいう私も見とれて見惚れてキスするのを我慢するのに一苦労だ。
突然、私の左目に目潰しするかのように私に指先を向けてきた。反射で瞼を閉じたから瞼ごしにそっと押された。
「っ…えっ、な、なに?」
「あっ…ごめっ、ごめんっ」
はっとしたようにちーちゃんは手を下ろした。無意識だったらしい。無意識に目潰しってどういうこと?と思ったけど本人も戸惑っているので追求しないことにする。
「えっと…返事はYes、ということでいいのかしら?」
「……うん、Yesで、お願いします」
改めて聞くとちーちゃんは頷いた。心の中でガッツポーズ。
何故か私に敬語使ってくるけれど、多分照れ隠しなのでよしとする。
「慣れるまでにしてよ? そうじゃなきゃ、まるで私があなたに意地悪しているみたいじゃない」
「は…はい、頑張り、ます」
「ふふ」
彼女の緊張した態度が可愛くて思わず笑みがもれると、ちーちゃんは恥ずかしいのか肩を縮こませた。ますます可愛い。
「ほら、行きましょう」
「ひゃ」
立ち上がりながら思いきって彼女の腕をひいたら、ちーちゃんはこれまた可愛い声をあげるものだから少し意地悪な気持ちになって、思わずからかいの言葉が口からでた。
「ずいぶん可愛らしい声ね」
くすくすと笑っているとちーちゃんは腰を浮かしかけた状態のままで。ついにはぷるぷる震えだした。
「っはぁっ、はー」
日本語が不自由になるレベルまで緊張しているようなので手を離した。また腰をおろして大きく深呼吸する彼女に少し罪悪感が顔をだす。
「だ、大丈夫?」
「だい、じょ、ぶ…はー………りょうちゃん、あのねぇ…」
「ごめんなさい。大丈夫だった? 私、あなたに触らないほうがいい?」
「…大丈夫、です」
触らないでと言われそうだったので先手をとるとOKが出た。やはりちーちゃんは押しに弱いタイプのようだ。事前情報からわかってはいたけど今確信した。
「そう? じゃあ、行きましょうか」
「っ」
立たせる名目で今度は手を握ってひいた。ちーちゃんは目を見開きながら立ち上がる。
柔らかい手。すべすべぷにぷにで気持ちいい。手とはいえ夢にまで見た彼女の地肌に触れているのだ。興奮で息があがりそう。
「急ぎましょう」
「っ…」
緊張してるのだろう。固い表情で反応の薄い彼女を促すように手を握ったまま屋上から出る。
「……」
ちーちゃんの手に触れている。それだけで死にそうなくらい心臓は高鳴り、鼻血が出そうなほど興奮する。可愛い。ちーちゃん可愛いわ、本当に可愛い。
今思い付いたのだけど、手を繋いでいるということは皮膚繋がりで、もう服の下を触っているようなものじゃないかしら。少なくともお腹くらいならもう触ったも同然な気がする。ああ、そう考えたらますます興奮する。
放課後、学校の誰もいない廊下で彼女に触れている。う、…はぁ…駄目、本気で濡れてきた。
「っ、」
と、靴箱につく手前でちーちゃんが、ずっと力なく握られていただけだった手で、私の手を握り返した。
驚いてちーちゃんを見ると、怯えた目をしていた。ちーちゃんは恐いんだ。好きとわからないまま、恋の症状の意味がわからなくて恐いまま、勇気をだして、私の手を握り返した。
それだけで、凄く嬉しかった。
「ふふ」
「!」
さらに強く握り返す。これ以上ないくらい真っ赤なまま、びくっと肩を揺らしてちーちゃんは俯いた。
なんて可愛いのか。もう、彼女を前にしたら私、可愛いしか言ってない気がする。
こんなに面倒な子、初めてなのに、全然嫌じゃない。むしろ愛おしい。
もう、敵わないわ。ちーちゃんには、敵わない。全面降伏だ。
この子が好きだ。この子のためならなんでもできる。いくらでも待てる。彼女のためなら、死ぬまで待てる。最後の一瞬だけでも報われるなら、一生一人でもいい。
彼女を崇めろと言われても躊躇しない。彼女は私の神様だ。私の中の恋を具現化した、幻想の生き物だ。
それくらい、信じられないくらい、神懸かり的なまでに、彼女が好き。
ちーちゃんが、大好き。
○
最初はここまでで完結予定でしたが、再開しました。これ以降は多少書き方変わります。