終幕
ちーちゃんにキスされてしまった。しかも好きって言われてない。
恋人になってしまった。でも好きって言われてない。
急展開すぎる何これ。頭がついていけなくて脳みそパンクした。
しかもどういうわけか手を繋いで一緒に帰ってるし。ちーちゃんの手ぇ柔らかいいいい!とか考えてる場合じゃない!
たかが一時間と少しで数えられないくらいキスしてしまった。
まだ唇にはキスの余韻が残ってる。気持ちよかった。いい匂いした。
心臓ばくばくして死ぬかと思った。ていうか途中から夢じゃないかとすら疑ったけど現実だった。まさに事実は小説より奇なり。
「りょうちゃん」
「なぁに?」
「…えへへ、何でもない」
つまり呼んだだけなのね。あーもー可愛いっ! 可愛すぎるっ!
さっきは不覚をとってキスされまくって押されっぱなしでこのまま最後までされてしまうのかと思ったけれど、そんなことはなくて普通にキスだけだった。
後半唾は飲まされたけど、まだだ。つまりここから私が盛り返せば今後の関係において私がリードする立場になれる、はず。
いや、ちーちゃんなら確かにされるのも悪くないとかされてる時は思ったけど、本来私って押し倒す側だし。純粋無垢なちーちゃんに手取り足取り教えてあげたい。
「りょうちゃん、ちょっとちょっと」
「ん? どうかした?」
ちーちゃんが私を引っ張って行くので素直に道の端に寄る。元々狭い道なのにどうしたのだろう。
「りょうちゃん、ん」
「んっ」
「えへへ、びっくりした?」
「…びっくりしたわ」
大胆にも道端でキスされてしまった。電信柱の横に来て隠れたつもりか。他に通行人いないけど。
「行こっ」
また歩きだす。
軽く背伸びしてキスして来たちーちゃんを思い出すだけて鼻血出そう。なんでこんなに無防備にキスしてくるんだ。
ただのキスなのに私の頭の中を占領しちゃうなんてさすがちーちゃん、と言いたいけどこれじゃダメだ。
……いや、ダメでもないかも? キスだけで幸せだし、しばらく慣れるまでキスだけの純情カップルも悪くないかも?
「……」
こうやって手を繋いでると触りたい願望が出てくるけど、きゅっと力をいれて握られるだけでテンションというか快楽というか幸福値?が最高頂になって、満足してしまう。
キスさえしてなくてもにやけてしまうのに、キスはこれでもかとしてくれてキャパシティオーバーしちゃうレベル。
このままではちーちゃんに主導権を握られてしまう。
「ちーちゃん」
「なにー?」
「…なんでもない」
……ちーちゃん可愛いし、幸せだしまあしばらくはいいか。
○
「ちーちゃん?」
「……」
バス停についても動かないちーちゃんに疑問形で話し掛けると、黙って私の手を強く握ってきた。しばらくしてバスは発車した。
「今から、お邪魔していい?」
「それはまあ、いいけど…」
「よかった」
にこっと笑うちーちゃんに微笑み返す。家に来ること自体は大歓迎だ。
でもずいぶん唐突だ。今思い付いたのだろうか。あ、わかった。きっとバスを下りるとなった段階で私と離れがたくなったのだろう。ちーちゃんは可愛いなぁ。
ということで、連れてきた。
「りょうちゃん家、マンションなんだ。なんか凄いね」
「変なこというのね。一軒家の方がいいんじゃないの?」
「マンションの方が高いよ」
「高いの好き?」
「うん」
「ならよかった。うち、最上階だから」
もし高所が苦手ならちょっと困ることになるところだった。部屋はカーテン閉めればいいとして、エレベーターにも大きめの窓がついてるのよね。このあたりでは一番高いから苦手な人はびびっちゃうかも知れないとちょっと心配だったのだ。
「ご両親は?」
「父は単身赴任。母は普通に仕事だから、誰もいないわ」
「りょうちゃんがいるから十分だよ」
「…ありがとう」
そう返されるとは。
ともかくちーちゃんを連れて帰宅。
「あれ、ただいまって言わないの?」
「誰もいないし」
「私がいるよ」
「…ただいま?」
「お帰りなさい。お邪魔します」
ちょっと意味がわからないけど新婚さんごっこみたいだしよしとする。
部屋に連れて行くと少し驚かれた。確かにちーちゃんの部屋より大きいが、単に私が一番長く家にいるからと一番大きな部屋を与えられただけだ。
「あ、レモンの匂い…」
「嫌い?」
「ううん。りょうちゃんっぽい。部屋の匂いだったんだ…」
「ん? もしかして私からも匂いしてた」
「あ、うん、まあ」
当然ながら家ではだいたい自室なので、私自身にレモンの匂いが染み付いているのかと思ったが曖昧な返事が帰ってきた。
「飲み物とってくるから、座ってて」
鞄を勉強机の横にかけて、興味津々にキョロキョロしてるちーちゃんに苦笑しながら私は部屋を出る。
冷蔵庫を開ける。我が家では母がコーヒーを飲むが、ブラック派なのでミルクがない。私はもっぱら麦茶や番茶だ。ジュース…カルピスの原液まだあるけどあったかい飲み物の方がいいかしら………あ、ココアの粉。これでいいか。
冷蔵庫の隅にあった。そういえば、この前母がもらってきていた。
ココアをいれて、戻る。
ちーちゃんはそわそわしながらベットに座っていた。そういえば、引っ越す前と違ってまだ誰も招待してないからクッションなんかもしまったままで、ベット以外に座るところがない。丸テーブルも出してないし。
「ごめんなさい。座るところがなかったわね。今クッション出すわね」
ベットの下から折り畳みの丸テーブルを出し、クッションを押し入れから出した。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとう」
お盆に乗せてきたココアを机に置き、ちーちゃんに進める。
移動したちーちゃんはそっとカップを手にとった。私も向かいに座る。
「ココアだ。いい匂い」
「好き?」
「うん、好きぃ」
甘ったるい言い方で『好き』というちーちゃんだ。聞いてるだけででれでれになるけど、まだ私言われてないのに、ココアが先に言われてしまった。
「そんなに好きなら、部室でも飲めばいいのに」
言いながら私も一口。うわ、めちゃくちゃ甘い。そういえば母は一口で捨てていた。元々砂糖入りのやつだから私が失敗したわけじゃない。お母さんほどじゃないけど、あまり甘いものは好きじゃないのよね。
「んー、だってココアが好きって子供っぽくない?」
「そんなことないわよ。可愛いわ」
ちーちゃんがココア好きというのはピッタリで可愛い。だいたい、コーヒーだってあれだけ甘くしてるのだからかわらないだろう。
甘いものが好きというのは女の子らしいし、ちーちゃんに限らず、ココアくらいで子供っぽいとは思わない。
「そう…かな。へへ…じゃあ、今度部室に置こうかな」
「ああ、なんならうちに余ってるから持って行くわ」
「え、いいの?」
「貰い物で、余ってるから」
一缶だけとは言え、我が家では消費できそうにないしね。
「ありがとう、りょうちゃん」
この笑顔が見れるなら安すぎるくらいだ。
ちーちゃんは可愛いなぁ。
「ねぇりょうちゃん」
「なに?」
「隣行っていい?」
「もちろん」
ちーちゃんがえへへと可愛く照れ笑いしながら私の隣にくる。
私に近づくだけでほっぺた真っ赤にしちゃって可愛くてたまらない。
「キスしていい?」
「え、ええ」
しまった。また先手をとられた、と思ったけどとりあえず顔を寄せた。目を閉じるとちゅ、と軽く唇が合わせられる。
かぁと頬が熱を持つのを感じる。ちーちゃんとキスしてる。触れている唇がとろけそうに柔らかくて気持ち良くて、ドキドキする。
「ふふ、りょうちゃん」
唇が離れたから目を開けたら、妖しく笑む真っ赤なちーちゃんの顔がすぐ傍にあった。
「ちーちゃ、んぅ」
名前を呼ぼうとしたら、またキスされた。しかも舌を入れられた。ちょ、お。
「ぁっ、んぅ」
ちーちゃんの腕が私の首にまわりつく。
熱い舌。ちーちゃんの唾はココアの味がして甘いのに、もっと欲しいくらいだ。
どろどろと湯煎されたチョコレートのような唾が私の口に流れこむ。ちーちゃんのだと思えば全く嫌悪がない。むしろ、快楽の原液のようでめちゃくちゃ気持ちいい。
「ん、ん、ん、はあ…ぁ…りょうちゃん」
「く、んぅ…」
「こぼさないで、ん」
べろと顎から舐められ、またキスをして舌をいれられた。ぬめぬめしたちーちゃんの舌が私の口内を蹂躙し、私は息つく隙もない。
唇を甘噛みされ、歯を隅まで舐められ、私の唾液を吸われ、唾を送られ、私の舌を甘噛みされて吸われて舐められる。
「はっ、はぁぁ、あ…はあ…」
全身が快楽に支配される。ちーちゃんを今すぐ押し倒したい。
「ちー」
「りょうちゃん、好きだよ」
「っ!!?」
体が震えた。至近距離で瞳を合わせて囁くように言われたちーちゃんの一言で、私の毛先から爪先までが痺れるほどの快楽と幸福に満たされる。
初めて、好きと言われた。言われただけで、絶頂を迎えた。今まで感じたことがない強烈なエクスタシィに、私の視界は点滅し、涙まで出た。
「私も…好き」
荒れた息の隙間から言葉を返す。
もう、押し倒したいとか思えない。全身がすでに快楽の余韻に痺れていて、何も考えられない。
ただ目の前のちーちゃんを好きでたまらないとだけ感じてる。
「うん、知ってる」
キスをされた。どんどん後からさらにさらにと追加される幸福と快楽の嵐に、私は降参する。
今までがどうかなんてもはや関係がない。私とちーちゃんにはこれが適切で最高の関係なのだ。
私は変に抵抗することはやめて、素直にちーちゃんに身を任せた。
○
おしまい。
過剰反応していただけに好きとわかったらもはや歯止めが効かなくなる、という設定。
途中でキャラが変わった気がしないでもない。会話文が少ないから、性格とからしさを表現しきれてない気がする。
最後まで読んでくれてありがとうございました。