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一目惚れ  作者: 川木
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「りょ、りょうちゃん、おはよう…っ」

「へっ…え? お、おはよう? あれ?」


 どのタイミングで声をかけるのがいいか、やっぱり逃げられないよう放課後に部室がいいか、なんて考えていると、ちーちゃんから声をかけられた。

 昨日はあえてバスを早くしたらちーちゃんもいるし、今日はいつも通りにして不意にちーちゃんと会うのを防いだのに、何故いるし。


 慌てながら挨拶を返すと、ちーちゃんは頬を赤くしながら私の隣に来て、黙って吊り革に手を伸ばした。

 ちょっと俯いた横顔が可愛くて、夢でも見ているのかと思ってこっそり手の甲をつねった。痛い。


「……あの、ちーちゃん」


 やばい。ちょっと一日距離開けただけなのに、隣にちーちゃんがいるってだけで嬉しすぎてドキドキしてやばい。


「ごめん」

「え?」

「土曜、ごめん」

「い、いいのよ、別に」


 ちーちゃんは照れているのか気まずく思っているのか、こっちを見ようともせずに口をつむんでいる。

 それが拗ねた子供みたいで、可愛い。ちーちゃん以外ならそれが謝る態度かよって腹立つレベルだけど、ちーちゃんだし許す。


 唐突で意味わからないし、何が彼女を心変わりさせたのかはわからない。謝ったってことは、少なくとも私とまた友達(仮)をするつもりなんだ。

 つまり私を嫌いじゃない! ていうか私を好きなんだ! 違いない! ぃやったああああああ! 私は間違ってなかった!


 く、くふふふふふふふふふふふふ。今度こそ、気をつけてちゃんとちーちゃんに私を好きって気づかせる! 燃えてきた!


 さて、まずはどう声をかけるか。

 こっちからぐいぐい行くと逃げられる可能性がある。押しに弱いちーちゃんは押され過ぎると逃げてしまうというのは学習したので、前回の二の舞になるつもりはない。

 とりあえずちーちゃんが落ち着いて、話かけてきてくれてからかな。


「……」

「……」

「……」

「……」


 あの…もしもーし? ……まあ、いいか。可愛いからしばらく眺めておこう。このままのテンションでまた変なこと言ったら嫌だし。


「……」


 あー、にしてもちーちゃん本当に可愛いなー。

 ちょっとバス揺れたらちーちゃんの肩にぶつかりそうな距離だ。ほんのりぬくもりまで感じそうなほど近い。気のせいだけど。


 ちーちゃんのふっくらした頬や、柔らかな髪の真ん中にあるつむじが見える。ほお擦りしたい。髪の毛触りたい。きっといい匂いがするんだろうなぁ。

 くるっとした髪を指に絡ませてくるくるしたい。頭撫でたい。でも我慢だ我慢。頬っぺた指でつつきたいなぁ。


 そこまで考えてふと気づいた。ちーちゃんはこんな風には思わないのかな。もし私みたいに触りたいとか考えたら、好きなんだってすぐにわかりそうなものだ。

 気づかないどころか、嫌いと勘違いするなんて、どういう理屈だろう。


 …ちーちゃん、ねぇ、私のこと……好き、よね? 気づいてないだけよね? ねえ……私は、好きよ。だから早く、気づいて。


 何だか、ちーちゃんが関わると私は情緒不安定になる。自信もすぐ崩落してしまう。さっき有頂天になったのに、すでに不安になってしまってる。

 どうしたらちーちゃんは気づいてくれるんだろう。どうしたら、私を好きになってくれるんだろう。全然わかんない。なんでさっきは自信満々だったのかしら。


 私は気づかれないようため息をついた。









 ちーちゃんが話かけてきてくれたら、全力で会話しよう。

 と思って待ち構えているのに、ちーちゃんは謝ったっきり声も出さず、私を見ようともしない。


「じゃ…」

「ま、また後で」


 結局ちーちゃんは教室に着くまで何も言わず、ドアをくぐって別れた。


「おはよう」

「おはよう、涼子さん」


 隣の席の子に挨拶しながら一番前の席に座る。


「今日は一緒だね。仲直りしたの?」

「ええ…まあ、多分」

「曖昧ー。でもよかったね」

「ありがと」


 返事をしながらも、仲直りしたのか自信がなくなってきた。だって、あれきりちーちゃん何も言わないし。

 何となく気まずいから謝っただけで、もしかして元の関係に戻るつもりはないとか? ……ありうる気がしてきた。ちーちゃんだし。

 あーー、どうしよう。ほんと、どうやったらちーちゃんを攻略できるのか誰か教えてほしい。


 ぐだぐた思考のまま授業に突入したので、気を紛らわせるために勉強をする。勉強をしてるとちょっと楽だ。何も考えなくて済む。


 授業が終わってからも、ちーちゃんが話かけてくれなきゃ私からは言えない。逃げられたら困るし、何より、まだ少し、勇気がでない。


 授業合間の休み時間にはちーちゃんは来てくれなかった。だから私はちーちゃんの方を見ることすらできない。


「りょうちゃん」

「え、あ…」


 お昼休みになって、ちーちゃんがやってきた。お弁当持ってる。


「いい?」

「ど、どうぞ?」

「智佳子さん、私向こう行くから私の椅子使って」

「あ、ありがと」

「なんのなんの。はい、涼子さんの向かいね」

「う、うん」


 隣の子のナイスアシストによりちーちゃんは私と膝がぶつかりそうな近距離で向かい合う。

 私の机にちーちゃんは可愛らしいいつも使ってるパンダのかかれたお弁当袋を置く。


「いただきます」

「い、いただきます」


 私も慌ててお弁当を鞄から出し、手を合わせて開けた。


「……」


 もくもくと食べだすちーちゃん。睫毛がぱちぱち瞬きに合わせて揺れていて、リスがご飯を食べるようにぱくぱくと多めに口に入れて頬を膨らますちーちゃん。

 私も食べながらじっと見つめていると、はっと気づいたように一瞬だけ私を見て、耳まで真っ赤にしてお弁当に視線を戻した。


「……」


 それでもまだ黙々と話さずに、お弁当を食べている。何を考えているんだろう。


「…ん、ごちそうさま」


 食べ終わったちーちゃんはお弁当に蓋をし、箸箱も一緒にして袋に入れて紐を結んで手を膝に下ろし、俯き気味に上目遣いでじっと私を見た。


「な…なにかしら?」

「食べないの?」

「た、食べます」


 促されるまま食べる。ちーちゃんはさっきとは打って変わりじっと私を見ていて、食べにくいことこの上ない。

 お弁当に視線を降ろして口に運んで、ちらっとちーちゃんを見る。ちーちゃんは私をガン見してる。


 1、2…

 駄目だっ。気恥ずかしくって3秒以上見つめ返せない! だってこんなに真っ正面からちーちゃんと目を合わせるなんて初めてなんだもの!

 うう、ちーちゃんやっぱ可愛すぎ! 真っ正面からでもプリチーとか! とかね! もうね! 可愛いわ!


「……」


 こんなに可愛いちーちゃんを、ずっと見つめることすらできないなんて、私はなんて意気地無しなんだろう。でも、だって、仕方ないじゃない。

 近くにちーちゃんがいて、私を見つめているというだけで、ドキドキして言葉も出せられないんだから。


 ちーちゃんがよそ見をしていた時は、こっちを見てほしくていくらでも話し掛けられたのに、ちーちゃんが自分からずっと私を見てくるのは初めてで、どうしたらいいのかわからない。


「……」


 結局、私たちはろくに会話もせずに昼食を終えた。









 放課後になると、ちーちゃんが誘いにきてくれた。


「部活…行く?」


 伺うようなちーちゃんの遠慮がちな態度が可愛らしく、私は一も二もなく頷いた。


「ええ、ちーちゃんがいいなら是非」


 ちーちゃんはほっとしたように唇を緩めて、それからきゅっと引き締めた。


「話、あるから」

「ん? うん? わかったわ」


 何かしら。………だ、大丈夫よね。悪いことじゃないわよね? 改めてお友達ーってことよね?


 私はちょっぴり戦々恐々としながらも無言のちーちゃんについて、黙って部室に向かった。


 昨日開けれなかったドアはちーちゃんが開けてくれて、私はたった一日来なかっただけなのに懐かしい気さえした。


「座って、入れるから」

「あ、ありがとう」


 ちーちゃんがコーヒーを入れてくれて、私は先に席についた。渡された私のカップを受け取り一口。

 とても甘い。ちーちゃん用の味付けだ。最初に飲んだ時は甘すぎて、少し嫌になったのに、何故か今は胸が暖かくなった。甘味はちーちゃんの味だ。ちーちゃんのように甘い。

 お砂糖のように甘いちーちゃんが好きな甘いコーヒーは、私をとても安心させた。


「りょうちゃん」

「なにかしら?」


 向かいに座った彼女はコーヒーを一口飲むと、真剣な顔を私に向けた。私は何だか照れ臭くて少し俯いてしまうのだけれど、よそ見をするのも不誠実なので頑張ってちーちゃんを見返した。


「…ちょっと、隣いい?」

「え? 隣って?」

「だから、隣、座っていい?」

「へ……い、いい、けど?」


 どうしたというのだろう。今日のちーちゃんは嫌に積極的だ。言葉は少ないけど私を見つめてあげくに自分から距離を詰めるなんて、今まででは考えられない。

 隣の椅子にクッションまで持ってきて、ちーちゃんは椅子を私のにぴったりくっつけて座った。

 当然、私とちーちゃんの体の側面もぴったりくっついている。暖かいっていうかむしろ熱いくらいで、脳みそが沸騰しそう。

 ていうかいきなり密着とかどういう状態よ!? 服越しなのに柔らかいし髪の毛からいい匂いするしちょうドキドキしてあああああなにがどうしてこうなったか知らないけど夢みたい! あああ鼻息荒いとか思われてないかとか不安になるのに息が荒くなるのとめられないし発汗とまらないしヤバいぃ!


「りょうちゃん」


 ちーちゃんは俯き気味で、前髪の隙間から鼻先が見えるくらいだけど、耳と首筋が真っ赤で、見なくてもどんな顔かはわかった。

 ここに来るまでの不安なんてもはや微塵もない。ちーちゃんは私を好きだ。私の妄想なんかじゃない。事実だ。これ以上ない真実だ。

 ちーちゃんは私が大好きなんだ。


「……」


 何か言わなきゃならない。そうだ、告白するなら今だ。今こそ面目躍如だ。と思うのに、私の口は中途半端に『い行』の口のまま固まってしまって、『ちーちゃん』という呼びかけすら出てこない。


「あの、さ…変なこと聞いていい?」

「も、ももちろん。何でも聞いて?」


 やや裏声になってしまったが、ちーちゃんは怪しまなかったらしく顔をあげ真っ赤な顔を隠さず、まっすぐ私を見た。

 なんて美しいんだろう。決意を秘めたような凛々しい眼差しも、力強い眉も、一文字に引かれた唇も、美しい。可愛い彼女の真剣な顔は、こんなにも素敵で綺麗なものだったのか。

 また新たな一面を知って、私はますます彼女にのぼせ上がってしまう。ああ、彼女が好き。ちーちゃんが好きで好きで、大好きだ。


「私のこと好き?」

「大好き……え?」


 素で答えてから質問の意味を理解して、その突飛さに驚いてちーちゃんをまじまじと見る。

 ちーちゃんはにこーと笑った。


 可愛いッ!!


 初めて向けられたちーちゃんの屈託ない満面の笑顔に思わず思考停止して見とれた。


 ちーちゃんの可愛さは留まることを知らず、私はもはや何も言うことができず、動くこともできなかった。











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