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月光に触れる剣  作者: 水色蛍
永劫の凪と救済の深淵
1/22

月は嗤っている

※本作品は既に「カクヨム」で連載し、完結した物語となります。

 月は契約した。民は応じた。

 ――終わりを、手放した。


 肉は朽ちず。ただ、歪む。


 再生は続く。

 祈りも、悲鳴も、やがて同じ音になる。


 ゆえに剣がある。

 終わらせぬために。

 壊れきらぬように。


 盲の剣士は、見ることなく、斬り続ける。


 ある日――

 刃は触れてしまった。


“在るはずのないもの”に。


 それは、静寂。それは、冷たさ。

 それは――終わり。


 ひとつ、止まった。完全に。


 月は、何を覆った。誰が、それを望んだ。


 剣は、もう知っている。


 ならば行け。霧の外へ。

 終わりを思い出せ。


 ――それでも、月は嗤っている。


 ✴︎


 エヴァリアの夜は常に霧のざわめきと共にあった 。


 視界という概念を奪われたこの地において、世界を形作るのは、足裏を伝う土の脈動と、大気に溶け込んだ冷たい湿り気だけだ 。


 アイリスは、愛剣の柄に指を添えた。

 彼女の一族にのみ許されたその「鉄の杖」は、相手を屠るための牙ではない 。

 それは、逸脱した生をあるべき場所へ留めるための、静かな儀式に等しかった 。


 目の前には、かつて人間であった「それ」がいる。

 繰り返される過剰な再生により、肉体は本来の姿を忘れ歪な塊へと変質していた。


 本来なら、刃を突き立てれば押し返すような「生の圧力」が返ってくるはずだった。

 月光に守られたこの国では、肉体は時間に抗い、瞬時に傷を塞ごうとするからだ。


 だが。


「……軽い」


 アイリスが放った一閃が、その歪な肉を断った瞬間、彼女の掌に届いたのは空虚だった。 いつもなら感じるはずの、粘りつくような再生の抵抗が一切ない 。


 刃が触れたのは、肉ではなく、ただの「静寂」だった。


 崩れ落ちた相手の気配が、霧の中に霧散していく。

 それは再生の放棄。

 この国が太古に女神と交わした「死の不在」という契約を、彼女の剣がわずかに切り裂いてしまった瞬間だった 。


「私は、終わらせたのではない」


 彼女は、見えない瞳を虚空に向け、呟いた。


「終わりを……邪魔しなかっただけなのだ」


 その日、アイリスの内に小さな亀裂が走った。 生とは、終わらないことと同義なのか。あるいは、終わりを受け入れる器こそが、命と呼ばれるものなのか 。


 霧の向こうで、月の女神が冷たく笑った気がした。

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