恋と呼ぶには程遠く
深々と切られた腹部から留め処なく血が溢れ出す。
ドクリ、ドクリ。心臓が脈打つ度に、体の熱が冷めていく。
「死にたくない。」
勇者として戦いの中に生きてきた自分がそう願った事に驚いた。けれど仕方のないことだろう。死がこんなにも恐ろしい物だとは思わなかった。
「…ア…ン様!…!」
遠くから誰かの叫び声が聞こえたが、それも幾ばくもなく掻き消された。周辺には仲間と魔王の近衛兵であった何かが溢れかえっており、どこを見ても地獄絵図だ。
「痛い、痛い。嫌だ。」
唯一魔王に対抗する手段、聖剣は砕けた。
勇者に奇跡をもたらすと言い伝えられてきたかの聖剣を失い、最早歴代最強とも名高いかの魔王に打ち勝つ算段は無い。逃げる手立ても傷を癒す手段も無い。それでも瓦礫の下で必死に足掻き続きる。
「まだ息があったか。…だが、その傷では長く持つまい。」
物音に気付いた魔王が振り返る。奴は疲弊した様子さえ見せているものの、こちらと比べれば相当余裕があるようだ。魔王は見覚えのあるボロ切れを興味なさげに放り捨てると口を開く。
「お前には少し興味がある。どうだ、私の物にならないか。」
ガチリガチリと歯が擦れ、酸素不足の脳は悲鳴を上げる。
「俺は、俺は……。」
まだ夕日が差し込む寝台の上、俺はハッと目を覚ます。
柔らかな寝具に身を預け、いつの間にか眠りに就いていたようだ。
「お目覚めですか、アリシア様。うなされておりましたがお加減はいかがですか。」
「…ありがとう、私は大丈夫です。日が沈むまでもう少し休みます。」
扉の向こうで心配する侍女にそう返すと、俺は力無く横たわった。汗ばんだ長い髪が灰がかった肌に纏わりつく。
魔王の寵姫アリシア、それが俺の新しい名前だ。魔王と結んだ血の契約で姿形を変え、勇者討伐後突如城に現れた謎の魔人の娘。その存在に戸惑いを見せる者は少なくない。
夢見が悪かったせいか、妙に疲れている。シーツを頭まで被り重い瞼を閉じる。それから少し時間が経った頃だろうか。
「アリシア様、魔王様がおいでになりました。」
侍女の慌てた声で身を起こす。
魔王は定期的に部屋を訪ねてくる。俺が寵姫という立場にある以上、彼なりに辻褄を合わせているのだろうか。
「どうぞ、お入りになって。こんばんは、魔王様。今日はどんなご要件でしょうか?」
「要件が無ければ会いに来てはいけないか?」
「いえ、そんな事はありません。ただその、少し驚いたというか。」
頬に張り付く髪を手で払いながらそう答える。
「すまない、2人きりにしてくれ。」魔王が命ずると、侍女達は足早に部屋を立ち去る。
「…随分と可愛らしく振る舞えるようになったものだな。」
「えぇ本当に、何処かの誰かのお陰様で。」
「いい、普段通りにしろ。」
魔王は可笑しそうに笑うと、疲れた様子で椅子に腰掛ける。
「それじゃあ、魔王様の仰せの通りに。それで?その顔を見るに、本当に何の用件も無いって訳じゃないだろう。」
「…来月か再来月に、新しく妃を迎える事が決まった。」
「いいじゃないか。子を残すのも王の務めだ。」
「随分と軽いな。お前にも関わりのある話だというのに。」
「別に?俺は宮中の政治には興味も無いし、お世継ぎ争いにも加わらない。あんたに見捨てられない限りは適当にやるさ。」
「子孫ならお前も儲けられるぞ?」
「あんたとは嫌だね!」
当たり前かのように言い放たれたその言葉に、顔から火が吹き出す。
「何事かと焦って損した。今日も泊まっていくのか?もう時間は無いが、少しは休めるだろう。」
「なら、そうさせてもらう。お前も眠っていた途中だろう。夜までもう少し休め。」
「…あぁ。」
先程までは広く感じた寝台が、2人並ぶと窮屈に感じる。元はと言えば殺されないために始めた仲良しごっこだったが、いつの間にか慣れてしまった。
「どうした、眠れないのなら子守唄でも歌ってやろうか?」
「そっちこそ、頭でも撫でてやろうか。」
「あぁ、そうしてくれ。」
「はぁ?」と間抜けな声が出るが、自分で言ってしまった以上嫌々ではあるが魔王の頭に手を伸ばす。魔王は素直にそれを受け入れ、うつらうつらと船を漕ぐ。今日は酷く疲れていたようだ、魔王も王には違いなく俺には分からない苦労もあるのだろうか。
(今なら殺せる。)
…魔王がこれだけ油断していれば、不可能ではないだろう。可能にするには聖剣、もしくはそれに類する何かが必要だがそれさえあればこの細腕でも魔王を仕留め損なうことは無い。
名を捨て、姿を捨て、国を裏切った身ではあるが俺は勇者だ。魔王は戦争の情勢を話さない。勇者なき今どれだけの人間が生き残っているかは分からないが、魔族に殺された仲間の無念を魔族の恐怖に震える人々を忘れることはできない。けれど。
(殺したくない。)
どうして彼に生かされているかは分からない。理由は分からないけれど彼と言い合って、笑って。そんな時間が何故か無性に愛おしく感じてしまっている自分がいる。
(俺は勇者失格だ。)
日が沈み辺りに涼し気な風が吹く。日が暮れると少し肌寒く、窓を閉めようと立ち上がると月明かりに照らされた城下では、鐘の合図に合わせて門が開かれる所だった。
侍女が起こしに来るもう少しの間だけでも休めますように。穏やかな寝息を立てる彼に俺はそっとシーツをかけ直した。
***
「リリアン様がお会いになりたいそうです。」
まさか他の妃と会うことになるとは思わなかった。会いたいとは思わないが、断るための口実もない。俺が苦渋の表情で承諾すると、壁一面ズラリと並んだドレスルームから真新しいドレスが運ばれ、髪を結い上げる。普段以上に気合が入っている侍女達に口出しすることもできず、まるで着せ替え人形にでもなったようだ。
念のために「何かあれば」と以前魔王から手渡された小さなベルも懐に忍ばせるが、出番が無いことを祈るばかりだ。
「リリアン様が到着されました。後でお茶をお持ちします。」
今までに感じたことのない類の緊張感。
一度大きく息を吸い、吐き出す。
「リリアン様、わざわざご足労いただき申し訳ありません。お初にお目にかかります、アリシアと申します。」
「ご挨拶頂き光栄に存じますわアリシア様、お会いできるのを楽しみにしておりました。」
背中にコウモリのような羽根を生やした魔人の少女。妃として選ばれるだけのことはあり顔立ちはもちろんの事、その所作一つ一つが目を奪われる程に美しい。
「魔王様からどうお聞きになっているかは分かりませんが、私は妃ではありません。どうぞ楽にされて下さい。」
「いえ、アリシア様は魔王様に始めて選ばれたお方。城に居られる期間も私よりもずっと長いのですから、敬意を払わせて下さい。」
あわあわと。俺が思いあぐねていると。
「ふふ、アリシア様は人間のような事を仰るのね。」
リリアンの妖艶な芳香が蛇のように絡みつく。耳元で囁く彼女の言葉にサッと血の気が引いていくのが分かる。
「魔境国において魔王様は絶対。魔族は皆、謙遜であっても魔王様の仰る事を否定しませんわ。」
思わず懐に手を伸ばすが、リリアンはそれを見逃さない。彼女は俺の手を引き止め「魔王様には内緒」とでも言うかのように、彼女はそっと口元に指を当てた。
「失礼。私、別に貴方が人間だなんて疑ってはいませんのよ?人間は皆、魔族を憎んでいますもの。魔族の長たる魔王様の言いなりになんてならないはずでしょう?」
「そう、ですね。」
彼女は侍女を呼ぶ素振りもなく、外も静かなままだ。どうやら今すぐに始末するつもりはないらしい。であれば…。
「…もし人間ならばどうなさるおつもりですか?」
一か八か。彼女の思惑に乗る。
「…。」
「え?」
「聖剣の破片を差し上げても良くってよ。あれは魔族では迂闊に触れる事すら叶わぬ一品ですから、すぐに、とはいきませんけれども。」
リリアンは扇子で口元を隠しながら、小さく囁く。
「それは、どういう。」
「魔王様を憎んでいるのは、人間だけでは無いという事ですわ。」
予想外の言葉に息が詰まる。破れてしまいそうな程に心臓が激しく脈打つ。
『コンコン。』
張り詰めた空気の中に、扉をノックする音が響く。
「お茶をお持ちしました。」
どうやら侍女が温かい紅茶を用意し戻ってきたようだ。
リリアンはパタン、と扇子を閉じると「そういえば、私おすすめのお茶菓子を用意して参りましたの。ぜひアリシア様にも召し上がって頂きたいわ。」と屈託なく笑う。
湯気を立てる温かなお茶に、宝石のように輝く焼き菓子。そのどちらを口にしても味はさっぱり分からなかった。
***
リリアンとの密談後。
就寝の支度が済んだ頃、魔王が寝室へとやってきた。
「今日はリリアンと会っていたようだが、大丈夫だったか?」
「俺が女性同士の駆け引きなんてやったことあるように見えるか?」
グラスの酒を飲み下す。喉が焼けたように熱くなり、頭はぼんやりと意識が遠のく。魔王にはリリアンとの一件を、「お世継ぎ争いに巻き込まれそうになった」と誤魔化した。勇者として魔王を殺すべきか、寵姫としてリリアンを魔王に差し出すべきか。心が未だ定まらない。
「そもそもあんたが俺をこんな姿にしなければ良かっただけの話じゃないか?魔族なら男の姿でも良かっただろう。」
「勇者の姿から程遠く、手元で隠しておくには妙案だと思ったんだがな。」
俺は人間相手に剣は振るえない、学も無い。魔境国で1人の魔族として生きていくだけの能力は持ち合わせていなかった。だからって…。
「こんなに目立って、どこが隠れているんだか。」
連日宮中は魔王の妃と寵姫の噂で持ちきりだ。呆れが通り越して、つい吹き出してしまう。
「あんたは、俺を生かしてどうしたいんだ。」
ずっと聞けずにいた。
今夜は疲れが溜まっていたせいか、酒を飲みすぎたのか。ふと思い出したように俺はその言葉を口にした。
「成すべきことが終わったら、私を殺してほしい。」
時計の針が止まった。そう勘違いするようだった。
「リリアンは聖剣の破片を持っていたか?あれは人間の区別が付かないからな。聖剣は人間であれば誰でも使えると勘違いしている。」
「魔王。」
「聖剣を使えるのは勇者だけ。魔王を殺せるのは勇者だけだ。」
「おい、話を聞けよ。魔王!」
魔王が片手に持ったグラスを机に置いた。彼に近づくと珍しくアルコールの匂いを漂わせている。
「少し、疲れた。」
彼の姿にいつかの自分を思い出した。
産声を上げたその日から勇者として多くの命を1人で背負い続けた。その役目に代わりはおらず、守り、奪い、最善を選び、間違え。言い訳を飲み込み、何度心が折れようと歩んだ。魔王と戦ったあの日まで。
「これで、勇者を辞められる。」
魔王に一太刀浴びせた後、雑念に剣先が鈍った。
「…。」
窓際で微睡む魔王に肩を貸しどうにか寝台まで運ぶ。
「…寝るなら寝台で寝ろよ。」
***
魔王が遠征に出かけてからひと月ほどが過ぎた。出立の朝、彼に何と声をかければいいのか分からず、俺は魔王の顔を直視できなかった。外はどんよりとした曇り空で、雲は途切れなくどこまでも続く。
「心ここにあらず、ですわね。そんなに魔王様の事が心配でして?」
テーブルの向こうでリリアンが拗ねたように口を尖らせる。彼女は繰り返し部屋を訪ねてくる。俺の心が変わっていない事を確かめるためか、…城で暇を持て余しているだけかは分からないが。
「いえ、魔王様でしたら問題無いでしょう。あの方に敵う者などおりませんもの。」
「ふふ、そうね。貴方の言う通り。戦いにおいては魔王様に勝る者などいはしないわ。」
リリアンが目配せすると、彼女のドレスと似た黒紫色のエプロンを身につけた侍女が何か運んでくる。
それは長方形の箱状で、両手で受け取るとずしりとした重みがある。
「アリシア様へ私からの贈り物です。心を込めてご用意致しました。気に入っていただけると嬉しいのですけれど。」
「ありがとうございます。大切に使わせていただきます。」
リリアンは嬉しそうに目を細め、カップに唇を付けた。
「王国の陥落は目前、来週にでも魔王様は大陸の統一を成し遂げられるでしょう。さぞお疲れでしょうから私達でたっぷりと労って差し上げましょうね。」
「はい。リリアン様。…これから魔境国はどうなるのでしょうか。」
「まずは国内における戦後の復興、そして新たに得た領地の管理体制構築が急務でしょうね。あとはそろそろ、次のお世継ぎも決めなければ。考えたくも無いことですけれど、いつまでもお世継ぎ不在のままでは何かあった時に大変でしょう?」
継承権を持った魔王の縁者の多くは、戦場に将として散っていった。次の魔王を決めるとなれば一筋縄では行かないだろう。
「あぁ、どうかそんな不安そうな顔をしないで。後の事は私に任せて下さればいいもの。温かい飲み物でも用意させましょうか?たっぷりと蜂蜜を入れたミルクをお飲みになったら、きっと心が落ち着きますわ。」
「お気づかいはありがたいのですが、結構です。今はそんな気分ではなくて。」
「それは失礼をしました。差し出がましいようですが最近お食事は取られていますか?少し痩せられたのでは?」
「そうでしょうか。」
リリアンの見透かすような口ぶりから逃れるために、話を逸らす。
「リリアン様は本当にお優しい方ですわね。まるで姉ができたようです。」
「そう仰って頂けて嬉しいですわ。弟からはいつもお節介を焼きすぎだと小言を言われてばかりでしたの。」
彼女が始めて柔らかな笑みを零した。
「ご兄弟のこと、大切にされているんですね。」
「えぇ、私の一番大切な家族です。」
リリアンの弟が魔王の近衛兵であり、勇者との決戦で命を落とした事を知ったのは翌日の朝の出来事であった。
***
魔王が帰投した。城下では華やかな凱旋が行われ、寂しい北の大地には珍しく賑やかな声が満ち溢れた。
リリアンと2人、城で魔王を出迎える。
彼は出立の朝の出来事を怒っているだろうか、それともついに成し遂げられた魔族の悲願に胸を打ち震わせているのだろうか。
「遅くなった。」
「はい、お帰りなさいませ。」
ただひと言だった。彼の抑揚の無い声に怒っている様子は無い、高揚している訳でもない。それなら一体。通り過ぎた彼の背中を追いかける。
「いい機会だ、民に新たな妃を紹介しよう。」
立ち止まった彼が振り返る。
「リリアン。」
「かしこまりました。」
リリアンはそう答えるとドレスの裾を引きながら、彼の横に並ぶ。2人が歓声を上げる大衆の中に消えていく。俺は1人、柱の影から外を見ていた。心が真っ白に染まってしまったようだった。あそこに立ちたかった、だなんて思ってはいない。彼に好意など抱いてはいない。だって俺は勇者だから。胸の奥底で繰り返しそう呟く。
(なのに、どうしてこんなにも苦しいのだろう。)
俺は侍女に差し出されたハンカチを断り、夜の帳が明けるまで瞼の裏に焼け付いた彼の晴れ姿から目を逸らせずにいた。
***
5日後。ネグリジェに着替え、髪をとかし始めたころだった。何時ぶりかも覚えていない彼の足音に胸がざわめく。
「アリシア。」
彼の声が聞こえる。優しい口調で名を呼ばれ、不覚にも心が弾む。
「お久しぶりです、魔王様。今夜はリリアン妃の元に行かれなくてもよろしいのですか。」
冷静であれ、と仮面を被る。声色を抑え、何食わぬ顔で彼を出迎える。
「アリシア。」
彼がもう一度俺の名を呼ぶ。一体どういうつもりなのだ、と痺れを切らし顔を上げる。
「遠征中、お前を想わなかった日は一度もない。」
彼は真っ直ぐに俺を見ていた。
俺は「そうですか。」、とだけ小さく答える。
「お前はどうだ。」
「これだけ好き放題されて、忘れられる理由がないでしょう。」
ぶっきらぼうにそっぽを向く。魔王はただ「そうか。」と満足げに口元を綻ばせ、寝台に腰掛けた私の元へ歩み寄る。彼との距離が縮まり、胸が鳴る。
「あれは用意できているか。」
その問いに間違えるはずも無い。寝台の裏に隠していたそれを取り出し、覆っていた布を解く。
聖剣の破片から打たれた1本の短剣。姿形は変われども、短剣は勇者に呼応し力を宿す。
「お前も勇者の宿願を果たすといい。」
短剣を握った俺の手に魔王がそっと手を添える。刃先が魔王の首筋に当たり、プツリ、と嫌な音を1つ立て真っ赤な血が滲み出る。魔族になり五感が優れたせいだろうか。ビーズのように零れ落ちる血液からは鉄錆が付いた果実のような嗅ぎ覚えのある懐かしい香りが立ち登り、より明瞭に鼻を突く。
彼が背中に手を回し、ギュッと俺の体を抱き寄せる。
短剣は魔王の首筋を滑り…、カラリと床に落ちた。
「遠慮する必要はない。」
「遠慮なんかしていない、昔あんたを殺してやりたいぐらいに憎んでいた事も事実だ。」
「それならばどうして。」
「どうせ死ぬなら、俺のために死んでくれ。」
俺は覚悟を決め、魔王に言い放つ。
「俺たちのために、死んでくれ。」
魔王の視線が下へと、俺の腹部に移る。
「随分な我儘を言う。」
「我儘の1つも言うさ、俺は勇者じゃない。魔王の寵姫、アリシアだからな。」
魔王は諦めたように溜息をつく。
その腕のなかで、寵姫アリシアは勝ち誇ったように笑った。
***
よく晴れた満月の夜。石畳を歩く2人の少女の影が並ぶ。
2人は目深にフードを被っており、その表情は伺いしれない。
「少し待ってくれ。こうも踵が高いと上手く歩け、…うわぁっ!」
背の低い少女が靴先を石畳の隙間に取られ、尻もちをつく。その拍子にフードが取れ、隠した彼女の姿が露わになる。丸い耳に角の無い頭、彼女は今となっては数少ない人間であった。
「また盛大に転んだな、大丈夫か?」
「…アリシア、起こしてくれ。」
「はいはい。」
少女は見た目にそぐわぬ威圧的な口調でアリシアと呼ばれる少女に手を伸ばす。アリシアは慣れた手つきで少女の手を取り、地面から起こした。
「ようやく俺の苦労が分かったか?長い裾に高い靴、身体はコルセットで締め上げて…城ではそんな物じゃ済まなかったんだぞ。」
「私が魔王ではなく姫君として産まれていたらと思うとゾッとするよ。」
「今は魔王じゃないだろう、ティナ。」
「あぁ、そうだった。…それにしても小さな物とは、素晴らしい名前を付けてくれたものだな。」
「今のあんたをよく現した名前だろう?あんたが元魔王だなんて、皆夢にも思わないさ。」
ティナが恨めしそうにアリシアを睨んだが、アリシアはお返しだと言わんばかりにほくそ笑む。
「リリアンは大丈夫かな。」
遠くに霞む魔王城に思いを馳せる。
「無事だろう。彼女は魔王の暗殺を企てる程の女性だ。あれほど強かな女性ならば、簡単にやられる器でもあるまい。前の街でこんな張り紙も見つけたしな。」
ペラリと、懐から取り出された1枚の紙が差し出される。
『魔王と寵姫アリアナが失踪。
部屋には聖剣の破片と思しき凶器が残されており、西部に残る人間の残党の犯行と思われる。
目撃情報なとがあれば近くの詰所まで…。』
「そういう事は早く言えよ!俺もどうにか姿を変えるべきかな。」
「必要ならば不可能ではないが…、お前の顔は私好みに作ったから少し惜しいな。」
「…ならいいよ。あんたも慣れない身体で無理はしない方がいいだろ。」
聖剣はついに奇跡をもたらした。
聖剣は魔王を少女の姿に変え、2人を城の外に導くと役目を終えたかのように眠りに就いた。
「お前も無理はするなよ。」
「あんたのお陰で少しは休めたさ。さぁ、次の街に向かおう。」
「あぁ。」
「…次の街に着くまでに、もう少し女性らしく振る舞えるようにしないか。せめて言葉遣いとか。」
「善処しよう。」
「もう1回。」
「わかった…?」
「よくできました。」
少女は2人、歩く。明るい未来と安寧の大地を目指して。
【おまけ】
魔王様が姿を消した、アリシア様と共に。
魔王様の暗殺は成功したのだろうか。アリシア様は何処に消えてしまったのだろうか。どうしようもなく、心が不安一色に塗りつぶされてしまいそうだ。
けれど私に動揺する暇は無い。
あの子が守ったこの国には今も苦しむ民がいる。戦争で母を失い嘆く子供、畑を焼かれ飢える者達。皆、皆私が助けてみせる。愛してみせる。そうでもしないと私、生きていけないから。
最愛の弟を失った。
弟の生きるこの国の未来がより良い物となりますように。
その一心でただ走り続けた。厳しい妃教育も苦痛に感じた事は無かった。なのに、これから私どう生きればいいの?
弟の仇は既にこの世におらず、復讐に心を突き動かされる事も叶わない。私は空っぽになってしまった。何か、何でもいい。生きるための理由が欲しい。どうして?魔王様は戻られたのに。あの子はどうして?
ずっと目を瞑って泣いていた。1人部屋の隅で泣いていた。
でも、それも今日でおしまい。
「あの子に誇れる国を造りましょう。」
魔王様暗殺の成否に関わらず、後のシナリオはできている。時期魔王として有力な候補へは既に根回し済みだ。
あとは…、
「待っていてください、アリシア様。私だって、貴方のこと妹のように思っていましたのよ?」
おしまい。
最後までお読みいただきありがとうございました。




