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好感イベント略奪

桜が、咲いた。


 学寮の門をくぐった瞬間、淡い花弁が風に乗って舞い落ちる。


 《聖桜学寮》。


 前世で何度も見た背景。


 攻略対象たちとの出会いの舞台。


 そして――断罪が行われる場所。


「……来ましたね」


 小紫透歌は小さく息を吐いた。


 隣には、同じ制服に身を包んだ楼來宵。


 黒の詰襟に銀の徽章。学内では、彼は公爵家の“従者候補”として共に学ぶ立場だ。


「緊張なさっていますか、透歌様」


 静かで整った声。


 学内では必ず敬称を付ける。それが宵の決まりだった。


「いいえ」


 透歌は微笑む。


「ここからが本番ですもの」


 入学式の壇上では、朝霧千隼が挨拶を述べている。


 凛とした声。堂々とした佇まい。


 視線が、ほんの一瞬だけ透歌へ向いた。

 前回の茶会以降、千隼の態度はわずかに変化している。


 警戒と、関心。


 悪役令嬢としてではなく、婚約者として“見ている”目。


(順調)


 だが。


 ざわ、と空気が揺れた。

 人垣の向こうから現れる、柔らかな光のような存在。


 白鷺萌乃。


 新入生用の白い制服が、彼女の無垢さを際立たせる。


「あの……ここで合っていますか?」


 戸惑いの声。


 数名の令息がすぐに反応する。


「大丈夫ですよ」「こちらです」


 自然に人が集まる。


 イベント発生。


 “迷子の聖女”。


 前世では、透歌はこれを遠巻きに見ていた。


 内心で苛立ちを覚えながら。


 そして後日、「冷たい」と陰口を叩かれた。


(ならば)


 透歌は宵を一瞥する。

 彼は小さく頷いた。

 透歌は歩み寄る。


「白鷺様」


 萌乃が振り向く。


 その一瞬の、計算する目。


「透歌様……」


 柔らかな笑み。


「お困りでしたら、案内いたしますわ」


 周囲が意外そうな顔をする。


 悪役令嬢は、助けないはず。


 その“物語期待”を裏切る。


「ありがとうございます……!」


 萌乃は嬉しそうに微笑む。


 だが透歌は、その指先の震えを見逃さない。


 ――想定外。

 ◇

 教室へ向かう廊下。


 萌乃は小さな声で言う。


「透歌様は、お優しいのですね」


「当然のことをしたまでですわ」


 透歌は淡々と返す。


 その後ろを、宵が静かに歩く。


「透歌様、段差です」


「ありがとう、宵」


 自然なやり取り。


 学内では、あくまで忠実な従者。

 だが萌乃の視線が、宵へと向く。


「楼來様は、透歌様のことを大切になさっているのですね」


「主ですので」


 簡潔な返答。


 感情を乗せない声。


 萌乃は微笑むが、その目は鋭い。


 ――宵は、未知数。


 前世のゲームには存在しなかった予測不能の駒。

 ◇

 放課後。


 中庭では早速、小さな騒ぎが起きていた。


「わたし、そんなつもりじゃ……」


 萌乃の震える声。

 割れた花瓶。

 責める視線。


 典型的な“事故イベント”。


 前世ではここで、透歌が冷ややかな視線を向けたことで印象が悪化した。


 今回は。


「怪我はありませんか?」


 透歌は即座に萌乃の手を取る。

 周囲が息を呑む。


「花瓶は物です。人より重くありません」


 はっきりとした声。

 責める空気を断ち切る。

 千隼が駆け寄る。


「透歌……」


「殿下、医務室へ」


 指示は的確。


 感情ではなく、行動。


 萌乃の好感度イベントを、透歌が“奪う”。

 宵は一歩下がった位置から見ていた。


(物語の中心を、横取りしている)


 断罪ルート、さらに低下。


 だが。


 萌乃が医務室へ向かう直前、ほんの一瞬だけ振り返る。


 その瞳は、冷たい。


(対抗策を練る)


 完全悪は、簡単には退かない。

 ◇

 夕暮れ。


 寮のテラスで、透歌は桜を見上げる。


「どうかしら、宵」


「断罪確率、さらに微減」


「微減ばかりね」


「物語は粘る」


 透歌はくすりと笑う。


「なら、粘り勝ちを狙うまで」


 宵は少しだけ沈黙する。


「……透歌様」


「なに?」


「あなたは、本当に悪役ではないのですね」


 透歌は空を見上げたまま答える。


「悪役なんて、立場の問題よ」


 花弁が一枚、肩に落ちる。


「わたくしは、ただ幸せになるだけ」


 宵はその横顔を見つめる。


 観測者ではなく、同じ学寮に通う少年として。


「その時まで、隣におります」


 透歌は振り向き、微笑んだ。


「当然でしょう?」


 桜は、満開へと近づいている。

 だが花は、散るために咲く。


 その運命すら、書き換えられるか。


 悪役令嬢は、静かに次の一手を考えていた。

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