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檻で作る経済体制

透歌が築いたものは、単なる“有能な補佐体制”ではなかった。


それは、物語の干渉を受けにくい構造そのものだった。


「完成しました」


宵が差し出したのは、分厚い製本。

表紙には簡潔な題が刻まれている。


――学園運営統合規程・改訂版。


透歌は静かに頁をめくる。


第一章。財務透明化条項。

第二章。寄付金用途限定規定。

第三章。緊急意思決定プロトコル。

第四章。監査独立機構の設置。


「“例外”を消しました」


宵が淡々と説明する。


これまでの運営は曖昧だった。


理事長裁量。特例承認。口約束の優遇。


そこに感情が入り込む余地があった。


だが今は違う。


寄付金は用途指定型へ。

用途外使用は自動的に凍結。

支出は三段階承認制。

記録は全て二重保存。 


さらに。


「監査権限を、公爵家ではなく“独立委員会”へ移しました」


「うん。私が握らない」


透歌は微笑む。


力を握らないことが、最大の強化だ。

もし透歌が排除されても、制度は残る。


「強制イベントによる資金誘導は困難になります」


宵の声は静かだ。

恋愛騒動で予算が動くことはない。


感情的な糾弾で地位が揺らぐこともない。

なぜなら。


評価ではなく、条文で判断するから。

***

それだけではない。


透歌は“利害調整表”を作った。

各貴族家の投資額、研究支援枠、後継者の成績、将来的な政治的影響力。


それらを全て数値化し、相互依存の網を編んだ。


A家はB家の研究資金に依存。

B家はC家の領地輸送網に依存。

C家はA家の人材輩出枠に依存。


単独では動けない構造。


誰か一人を排除すれば、連鎖的に損をする。


「透歌様を切れば、五家が同時に不利益を被ります」


「私じゃなくて、“制度”ね」


透歌は訂正する。彼女個人ではない。彼女が設計した均衡。


物語が悪役を断罪しようとしても、断罪は経済損失に直結する。世界は感情で動く。


だが国家は損得で動く。


透歌は、後者を握った。

***

さらに。


千隼の公務補佐。


外交文書は全てテンプレート化。危機対応は三段階分岐式。


会議資料は事前に想定問答付き。


千隼がどんな選択をしても、大きく外れない。


「選択肢を、狭めた」


宵が呟く。


「うん」


透歌は微笑む。世界が選択肢で動くなら。選択肢そのものを設計する。


千隼が“感情的判断”を下せば、自動的に補正案が提示される。


萌乃に傾こうが、透歌を疑おうが、政治的失点にはならない。


透歌は感情を切り離し機構を整えた。

***

その頃。


萌乃は笑っていた。


中庭。


春の光。


「やっぱり、千隼様は分かってくださるんです」


取り巻きが頷く。

透歌の評判は未だに回復していない。

噂は消えない。


悪役像は固定されたまま。

萌乃はそれを“物語の正しさ”だと信じている。


「だって、悪いことをしたら報いを受けるでしょう?」


柔らかな声。世界は自分に味方している。イベントは自然に起こる。千隼は守ってくれる。


その確信。


彼女は知らない。


自分が立っている舞台の床下に、冷たい鉄骨が張り巡らされていることを。


物語は、確かに萌乃の思う通りに進んでいる。


恋愛は。


感情は。


だが。


政治は。


制度は。


既に透歌の設計図の上にある。

***

夜。


執務室。


「干渉率は?」


透歌が問う。


「恋愛軸七割維持。政治軸一割未満」


宵が答える。


「世界は、まだ萌乃様側を主軸にしています」


「うん。でも」


透歌は静かに息を吐く。


「主軸が感情なら、土台は理性にする」


宵は透歌を見る。

頬は少し痩せた。

目の下に淡い影。


睡眠は相変わらず短い。


「透歌様」


「なに?」


「これは防衛ですか」


透歌は一瞬だけ沈黙する。


それから。


「いいえ」


静かに言う。


「これは、檻」


「檻」


「物語を閉じ込める檻」


恋愛で動く世界を、損得の鎖で縛る。萌乃は、まだ気づいていない。自分がヒロインだと思っている。選ばれる存在だと信じている。


だが。


選択肢は、もう自由ではない。それを設計したのは。


悪役と呼ばれた、公爵令嬢だった。


そして、透歌の頭の中には一つの計画が組み上がる。


朝霧千隼の婚約者という立場は………いらない。


傍に居たいと願うのは、ひとつだけ。

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