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虚偽呼び出し

十二歳、初夏。


透歌は、もう何もしないと決めている。


抗わない。


否定しない。


選ばない。


――選択肢の外に出る。


それが、宵と出した結論だった。


けれど。


「……また、か」


昼休み。廊下のざわめきが、波のように広がっていく。


「萌乃様、また医務室ですって」 「最近、体調が優れないみたいね……」 「透歌様に何か言われたらしいわ」


透歌は立ち止まらない。


振り返らない。


“何もしていない”のに。


視線が刺さる。


評価が、音もなく下がっていく。

まるで、見えない数値が操作されているかのように。


「……やはり、発動しています」


隣を歩く宵は、冷静だった。


「強制イベント。萌乃の“同情ルート”です」


透歌は静かに息を吐く。


「私は、話しかけてもいない」


「ええ。ですが“物語”は進行します」


廊下の向こう。

千隼が萌乃の肩を支えながら歩いていく。

優しく。


守るように。


透歌の胸が、ほんの少しだけ軋んだ。

それでも、彼女は立ち止まらない。


――選ばない。


その夜。


透歌は手帳を開く。


四年間、観測してきた記録。


八歳の頃から、少しずつ。


・特定の曜日に必ず萌乃が転ぶ

・雨の日は千隼と必ず同じ傘

・透歌が何もしなくても誤解が発生

・恋愛イベントは季節と比例


ページはびっしりと埋まっている。


「この世界は、選択肢で動いている」


呟きは、確信に近い。


「透歌様」


窓辺に立つ宵が振り返る。


「本日の観測結果。三年連続で同じ日付に同じ流れが発生しています」


透歌はペンを置く。


「なら……変えられないの?」


「いえ」


宵の目が、静かに光る。


「変えられないのは“イベント”。ですが、“解釈”は変えられる」


透歌は顔を上げた。


「物語は強制的に進みます。しかし」


宵はゆっくりと歩み寄る。


「登場人物が、その役割を受け入れる必要はありません」


透歌の胸が、少しだけ軽くなる。


「……私は、悪役令嬢なんでしょう?」


「ええ」


迷いなく肯定する。


「ですが透歌様は、脚本通りの悪役ではありません」


一瞬、沈黙。


「ならば」


透歌の瞳が揺れる。


「私は、“悪役を演じない悪役”になる」


宵は微かに微笑む。


「それが、選択肢の外です」


そのとき。


コン、と小さな音が響いた。


透歌の机の上。


見覚えのない白い封筒。


二人は同時に視線を落とす。


透歌は触れない。


宵が代わりに手袋をはめ、慎重に開く。


中には、一枚の紙。


『放課後、屋上へ。

 話がある。

 ――千隼』


空気が、わずかに変わる。


透歌は目を細める。


「これは……」


「確定イベントです」


宵の声は冷静だ。


「十二歳時点、恋愛分岐前の重要分岐」


透歌は、ゆっくりと立ち上がる。


「行くわ」


宵が目を伏せる。


「承知しました」


「でも」


透歌は振り返る。


「私は、選ばない」


宵は静かに頷いた。


「ならば、私は隣で観測します」


夕焼けに染まる校舎。

屋上の扉の前。

透歌の鼓動は、静かだった。


恐怖ではない。

諦めでもない。


これは、確認。


この世界がどこまで強制してくるのか。


扉を開ける。


そこに立っていたのは、千隼。


そして――

萌乃も、いた。


透歌の瞳が、わずかに細くなる。


「……そう」


宵が小さく呟く。


「三者対面。好感度加速型イベント」


萌乃が潤んだ目で透歌を見る。


「透歌様……私、何かしてしまいました

か……?」


風が吹く。

空が赤く染まる。


世界が、決まった流れへと収束していく。


けれど。


透歌は、微笑んだ。


「いいえ」


それは、物語に存在しない笑み。


「あなたは、何も悪くないわ」


萌乃の目が、わずかに揺れる。

千隼も、困惑する。


宵が、透歌を見る。

“脚本にない台詞”。


風が止まる。


世界が、ほんの一瞬だけ――


静止した。


屋上にいた三人の呼吸だけが、やけに鮮明に響く。


萌乃の潤んだ瞳が、わずかに揺れた。


「……え?」


台本にはない返答。

責められるはずだった。


冷たい言葉を浴びせられるはずだった。

だからこそ、萌乃は一瞬だけ言葉を失う。

千隼も眉を寄せる。


「透歌……どういうことだ?」


透歌は微笑みを崩さない。


「あなたが何かした、なんて思っていないわ」


静かに、淡々と。

責めない。

否定しない。


奪わない。


――選ばない。


宵は一歩後ろで観測している。


目は冷静に、空気の変化を測る。


(数値が……揺れている)


いつもなら、この瞬間に流れが固定される。

萌乃が震え、千隼が庇い、透歌が悪役へ収束する。


だが今。


世界は、迷っている。


萌乃は小さく唇を噛む。


「でも……私、みなさんに迷惑ばかりで……」


声は震えている。


けれど、その震えの奥に“期待”がある。


“守ってほしい”という無意識の願い。


透歌はそれを知っている。


この世界は、萌乃を中心に回る構造。


彼女が“かわいそうなヒロイン”を演じる限り、物語は安定する。


だからこそ。


「迷惑?」


透歌は首をかしげる。


「そんなこと、誰が言ったの?」


萌乃の呼吸が止まる。

千隼が透歌を見る。


「噂は……」


「噂は、噂よ」


透歌は遮った。


声は柔らかい。

だが、一切の隙がない。


「私は、あなたを責めない」


また、台本外の言葉。


その瞬間。


世界が、わずかに軋んだ。

視界の端が、揺らぐ。


屋上のフェンスが一瞬だけ歪み、空がノイズのように瞬いた。


宵の瞳が鋭くなる。


(負荷がかかっている……)


萌乃がふらりと一歩よろめく。


「あ……」


千隼が咄嗟に支える。

ここまでは、想定通り。

だが次の瞬間。


萌乃の手が、千隼の制服を強く掴んだ。

その目が、ほんの一瞬だけ冷たく光る。


「透歌様は……やっぱり、お優しいですね」


柔らかい声。


けれど、その奥にあるのは焦り。


“物語が進まない”。


ヒロインの直感が、危機を察している。

透歌は静かに見つめ返す。


「あなたも、十分優しいわ」


その言葉は刃だった。


優しさの仮面を、そっとなぞるような。

萌乃の指先が震える。


千隼が戸惑う。


「……透歌、今日はそれだけか?」


問いかけ。


本来なら、ここで嫉妬が生まれる。


だが。


「ええ」


透歌は微笑む。


「呼び出されたから来ただけよ」 


千隼の目が見開く。


「呼び出し……?」


透歌は首を傾ける。


「あなたじゃないの?」


沈黙。

風が、また動き出す。

千隼はポケットに触れる。


封筒のことを知らない。

萌乃の瞳が、わずかに泳ぐ。


宵が一歩前へ出る。


「本日の屋上集合は、第三者の意図による可能性が高い」


淡々と告げる。


千隼は戸惑いを隠せない。


「……俺は、呼んでない」


空気が変わる。

透歌はゆっくりと萌乃を見る。


責めない。

問い詰めない。


ただ、静かに。

萌乃の喉が鳴る。


「………あらそう。なら、今日は解散ね」


「宵」


短く呼び、宵と共に歩き出す。


「今回の呼び出し。あの犯人は───」

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